イノウーの選択 (7) すれ違う評価
「では簡単に自己紹介をお願いします」
テーブルの向こう側に座った、ぼくと同年代の男性は軽く会釈すると、やや緊張した声で話し始めた。
「はい。鉾岩ヒロトと申します。31 才になります。現在、派遣として都内の証券会社で勤務して......」
ぼくは自己紹介を聞きながら、ノートPC の画面に表示されている履歴書と職務経歴書をスクロールした。ほこいわ、というちょっと珍しい名字を除けば、良くも悪くも目立ったところのない経歴の持ち主だ。大学卒業後、都内に本社を持つシステム会社に就職したが、3 年で退職。その後は人材派遣会社に登録し、派遣社員として、1、2 年毎にユーザ企業や中規模システム会社で開発業務に携わってきている。
主にJava やPHP を使ってきたようで、職務経歴書に並んだ業務履歴には、Struts、Seasar2、Spring、Play などの単語が並んでいる。ただ、プログラマとして実際にコーディングをしたのか、それとも別の立場で参加したのかは記載されていない。
隣に座るマリをちらりと見ると、やはりノートPC の画面を注視している。一見するとビジネスライクな顔だが、長い時間そばで過ごしてきたぼくには、不機嫌の一歩手前の表情だとわかる。記載内容に満足していないのだ。
戸室課長、浅海さんと話をしてから二週間。もう少し時間がかかると予想していた採用プロセス改革は、うちの会社にしては驚くようなスピードで完了した。元々、面接3 回というルールは、特に社則などに明記されたものではなく、単なる慣習で続けられてきたにすぎなかったようだ。結果としてリモート面接は廃止され、一次面接は人事課、採用部門長、採用部門担当者――つまりぼくとマリのことだ――で行われることになった。役員による最終面接は現状維持だが、そもそもよほどの失態でもない限り、採用部門での面接を通った応募者が最終面接で落とされることはない。つまり、実質的にぼくが参加する一次面接が最終面接なのだ。
ただし、工程が一つ減ったため、書類選考はかなり厳格になった。こちらの希望要件にマッチしていない応募者は問答無用ではねられ、残った10 名ほどの中から、さらに絞り込んだ結果、3 名が通過となった。
「いったんこの段階で」選考結果を伝えてくれた浅海さんは言った。「新規の応募受付を停止しました。この3 名に対して面接を行い、最終面接に進む1 名を決めてもらうことになります」
「もし3 人とも、その、不合格になったら?」
「そのときは、また受付を再開します。でも、イノウーさん的には早めに人員補充したいんですよね」
「それはもちろんですが」
「まあ、実質的に決定するのはイノウーさんなので判断はお任せしますが、人事としても早めに決まった方が助かります」
早速、3 名に対して一次面接のオファーがなされ、面接の日程が決まった。鉾岩さんは最初の一人だ。ぼくにとって面接官デビューの相手でもある。
鉾岩さんは1 分弱で自己紹介を終えた。練習を重ねてきたのか、それとも、何社も面接を受けてきて慣れているのか、簡にして要を得た内容だった。逆に言えば個性が感じられない。
「では、茅森課長お願いします」
浅海さんの言葉に従い、茅森課長が質問を始めた。質問項目はあらかじめ共有されている。転職活動をしている理由や、過去の転職の経緯、入社したらやりたいこと、といったありきたりなものだ。
「派遣社員ですと、どうしても収入が安定しないので、正社員として働きたいと考え......」
「人間関係が少しうまくいかないところがありまして......」
「採用していただけましたら、これまでの経験を生かして社内SE として貢献したいと......」
受け答えはスムーズで、噛むようなこともない。しっかり面接を想定した練習をしてきたのだろう。
茅森課長の質問が終わると、戸室課長が希望年収や通勤方法、健康面などの質問を簡単に行った。鉾岩さんは、どの質問にもあらかじめ答えが用意してあったようで、すらすらと答えている。
やがて戸室課長が質問項目を全て消化して浅海さんに頷いた。鉾岩さんの顔に小さな安堵が浮かぶ。これで山場はクリアできた、とでも考えたのだろう。実際はこれからが本番なのだが。
「それでは、採用部門の担当者からの質問に移ります。井上さん、お願いします」
浅海さんの言葉に、弛緩しかけていた鉾岩さんの表情が引き締まった。
「はい」ぼくは咳払いして質問を始めた。「Java とPHP を経験されてきた、ということですが、比率としてはどちらが多いんでしょう?」
「比率ですか」鉾岩さんは少し考えた。「だいたい、7 割ぐらいはJava だったと思います」
「Java のバージョンは?」
「バージョンですか」そんな質問が来るとは想像していなかったらしく、驚きの表情がよぎった。「えーと、現在の現場では8 です」
「17 以降は使ったことないですか?」
「ないです。すいません」謝ってから、まずかったと感じたのか、言い足した。「でも、教えていただければ使いこなす自信はあります」
教えていただければ、か。ちょっと引っ掛かるものを感じながら、ぼくは質問を続けた。
「8 までしか使ったことがないのは、派遣先の制限によるものですか?」
「はい、そうなんです」鉾岩さんは勢いよく頷いた。「何年も前から動いているようなシステムの機能追加や改修ばかりで。そのようなシステムだと、Java のバージョン上げて不具合出るのが怖くて、誰もバージョンアップしようと言い出さなかったんです」
「鉾岩さん自身の意見としてはどうでしょう? バージョンアップすべきだとは思いましたか」
「思ったことはあります」
「それを提案したことはありますか?」
「いえ。派遣なので提案とかはちょっと......後から責任問われるのも怖いですし。基本、プロパー社員の指示に従うだけなので」
「まあ、そうですよね」
「あ、でも、正社員として採用していただけたら、責任持ってバージョンアップ等やっていきたいと思っています」
「なるほど......もう少し細かくやってきた内容を訊きたいんですが、現在でも過去でもいいんですが、プロジェクトにはどんな立場で参加されていたことが多かったですか?」
「どんな立場......そうですね、プログラマとしてです」
「それはつまり要件定義や設計ではなく、プログラミングのみを行ってきた?」
「ほとんどそうですね」
「仕様書や設計書を与えられて作る、というやり方ですか?」
「はい、ほとんど」
「その設計書は、どんなレベルまで書かれていたんでしょう」
「どんなレベル......うーん、派遣先によって様々ですが、だいたい項目の一覧があって、必須項目やバリデーション、初期値なんかが書いてあるような感じですかね」
「その項目を画面にどう配置するかは、任されていたわけですか?」
「いえ、そういうこともあったんですが、全部がそうではなくて......」
隣でマリが苛立ったように鼻を鳴らした。ぼくは急いで訊いた。
「現在の派遣先だとどうでしょう?」
「現在だと、だいたいの画面のパターンが決まっていて、プロパーの方から何パターンかを指示されるので、それに従っています」
「うちのような社内の開発チームだと、明確な要件定義書などはなくて、こんな仕組みが欲しい、というレベルで案件が発生します。もちろん詳細な設計書などを作るようなことはありません。また、人が少ないので、一人が要件定義、設計、実装、テストを全部担当する必要があります。フロント部分だけは、切り離すこともありますが。そういう仕事の進め方でやっていく自信はありますか?」
鉾岩さんは、答える前に数秒間の沈黙を挟んだ。
「......はい、大丈夫だと思います。やり方を教えていただければ対応する自信はあります」
その声は確かに自信に満ちていたので、茅森課長が感心したように頷いた。
「これまで主に使ってきたIDE は何ですか?」
「IDE ですか?」
「つまり開発ツールです」
「ああ。はい、ほぼEclipse かNetBeans です」
「それは自分で一からセットアップや環境構築等できますか?」
「やったことはないですが、教えていただければできると思います」
どうも教えていただければ、という答えが気になる。
「Linux を触ったことはありますか?」
「簡単なコマンド程度ならあります」
「Linux 環境で、Java のバッチプログラムを動かさなければならないとして、クラスパス等を考慮してシェルスクリプトを書くことはできますか?」
「はい、教えていただければできると思います」
またか。できません、と答えたくないから、こちらにボールを丸投げしているのか、本当に教えてもらえば何とかなると思っているのかどちらなんだろう。
「もし入社したら、こういうことをやってみたい、とかありますか? 試してみたい技術とか言語とか」
「そうですね。まずは御社のやり方に慣れ、戦力となることが最重要だと考えておりますので、教えていただけることをしっかり身につけることに注力したいと思います」
「わかりました」ぼくは浅海さんに頷いた。「ぼくからは以上です」
「ありがとうございました」浅海さんはマリを見た。「では、次に笠掛さん、どうぞ」
マリが頷くと、鉾岩さんの顔に小さな驚きが浮かんだ。面接官の一人だとは思っていなかったらしい。
「では、私からいくつか」マリはノートPC をちらりと見た。「フロント関係でお訊きします。いわゆるフロントのフレームワークを何か使った経験はありますか?」
「フロントのフレームワークですか?」
「たとえばReact とかVue とか」
「ああ、いえ、使う機会はありませんでした」
「JavaScript を書くことはありました?」
「それは、はい、ありました」
「たとえばどんな場面でしょう?」
「API でデータをやり取りするような場合ですね」
「それは、Ajax ですか? Axios でしょうか? それともFetch API?」
鉾岩さんは面食らったようにマリの顔を見た。
「すいません。それはわからないです」
「さきほど」マリが懸命に苛立ちを抑えているのがわかる。「API でデータをやり取りすると仰っていましたが、具体的にはどうやってやり取りしていたんでしょう?」
「そういう部分は共通関数として提供されていたので、それを使っていました」
「なるほど」マリは頷いた。「TypeScript を書いたことはありますか?」
「いえ、ありません」
「css のフレームワークは何か使っていましたか?」
「BootStrap なら使っていました」
「他には?」
「ないです」
「モジュールバンドラーを使ったことはありますか?」
明らかに鉾岩さんの辞書に、モジュールバンドラ―という単語はないようだった。反射的に片手がスーツの内ポケットに伸びて、急ブレーキをかけた。スマートフォンで検索をしようとしたのだろう。
「ありません」
「わかりました」マリは小さくため息をついた。「私からは以上です」
「ありがとうございました」浅海さんは鉾岩さんに向き直った。「それでは、鉾岩さんの方から、何か訊いておきたいことなどありますか?」
「はい、いくつかお訊きしたいことがあります。よろしいでしょうか?」
開発業務の進め方などの質問を想定して身構えたぼくに、鉾岩さんは肩透かしを食らわせた。
「iDeCo について教えていただきたいんですが......」
その後も、鉾岩さんは質問を発したが、いずれも福利厚生に関することばかりだった。開発よりも、そちらに大いなる関心があるようだ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「なかなか良さそうじゃないか」
浅海さんに案内されて鉾岩さんが退出した後、茅森課長が満足そうな声で言った。戸室課長も同意した。
「そうですね。受け答えもしっかりしていたし」
「経験もそれなりに積んでいるようだったな」
「そう思いました」
浅海さんが戻ってきて元の席に座ると、面接の参加者を見回した。
「さてと。鉾岩さん、どうでしょうか」
「私としては」茅森課長が言った。「問題なさそうに思えるね。性格も良さそうだ」
「うん」戸室課長も頷いた。「やる気もありそうだと思ったよ」
「なるほど」浅海さんは、ぼくとマリの方を見た。「お二人はどうですか?」
「どちらかと言うとNG ですね」ぼくは答えた。「少なくとも積極的に採りたいとは思いません」
二人の課長は当てが外れた、という顔を見合わせた。
「何が気に入らないんだね」
「一番の理由は、面接中に、教えていただければ、と何度も言っていたことです」
「それのどこが悪いんだね。誰だって、最初は会社のやり方やルールを教えてもらうものだろうが」
「ぼくたちが採用しようとしているのは、即戦力になるプログラマですよ」ぼくは思い出させた。「教えていただければやる、というのは、逆に言えば、教えてもらわなければ何もできない、ということじゃないですか」
「......」
「それに、最後に質問してきたのも、福利厚生関係ばかりで、肝心の仕事の内容など一言も触れていませんでした。とにかく正社員になれればなんでもいい、という考えがあからさまですよ」
「ごく普通の考えだろう」戸室課長が反論した。「衣食足りて礼節を知る、というじゃないか。まず、経済的な心配をすることなく、仕事に集中したい、ということだと思うね」
「JDK についての提案を、派遣社員だから、という理由でしなかった、と言っていました」ぼくは指摘した。「ああいうタイプは、正社員になったらなったで、別のやらない理由を見つけるだけですよ」
「君の偏見じゃないのか?」
「はい」ぼくは首肯した。「それは認めます。ぼくは単に、採用してみて、やっぱり使えなかった、という可能性を極力排除したいだけです」
「......」
戸室課長は沈黙し、茅森課長も腕を組んでテーブルの上を見つめた。
「笠掛さんはどうですか?」浅海さんが訊いた。
「少なくとも」マリは迷うことなく答えた。「フロント系の経験はあまりないようでしたから、そっちの方では即戦力にはなり得ない、ということだけはわかりました」
「つまりNG?」
「フロントは、あったらいいな、ぐらいのレベルなので、それだけではNG とは言えないです。ただ、あたしも他力本願なところはちょっと気になりました」
「うーん」戸室課長は諦めきれないように唸った。「人当たりも良さそうだし、真面目に仕事をやるタイプだと思ったんだが」
「前にも言いましたけど、オタクの陰キャでも構わないんですよ。全く人と話ができない、というのでは困りますが。何よりも重要なのはスキルです。それもすぐに使えるレベルのスキルです」
戸室課長はもう一度唸ると、テーブルの表面を指でコツコツと叩きながら考え込んだ。もしかすると人事課長の権限を行使して、最終面接に進めることを決定すべきか、というよからぬ考えをもてあそんでいたのかもしれない。今回の採用計画は、人事課にしてみれば、いきなり割り込んで来たスポット案件にすぎない。あまり時間を費やしたくはないのが本音だろう。もし、夏目さん経由でなければ、ここで終わっていたかもしれない。
「まあ、システム開発室の採用人員だからな」渋々ながら、戸室課長は判断した。「イノウーたちがNG というなら、そうなんだろうな。わかった。浅海さん、彼はD2 で」
頷いた浅海さんは、さっそくノートPC で入力をすませた。
「では、本日はここまでです。おつかれさまでした」浅海さんはノートPC を閉じながら言った。「次回の面接は、来週の月曜日、10 時です」
「誰だったかな」
上司の問いに、浅海さんはもう一度ノートPC を開いて確認した。
「おびなたさんです」
「ああ」戸室課長の顔が明るくなった。「イノウー、今度は期待していいと思うぞ。かなり優秀な経歴の持ち主だ」
「最新の資料は後でお送りします」浅海さんはぼくとマリに言った。
「どういう字を書くんですか?」
マリが好奇心を浮かべて訊いた。事前に共有されている資料に載っていたのは、イニシャルだけなのだ。
「しっぽの尾に、日向と書きます。尾日向アキトさんです」
「へえ、初めて聞きます。今日の人もそうでしたけど、珍しい名前が続きますね」
「珍しい名字だから書類選考通したわけではないですよ」
次の面接が楽しみ、などと言いながら、二人の女性は笑った。
ぼくも楽しみだった。もちろん名字の希少性ではなく、スキル面に関してだ。戸室課長が言ったように、次の候補者は、確かに優秀そうだったからだ。
(続)