私たちはデジタル世界で生きる準備ができているのか?
今、私は出張でシアトルにいます。
いつもとは違う場所に身を置き、違う文化に触れていると、ふと考えます。
私たちは、本当にデジタル世界で生きる準備ができているのでしょうか?
新しい国を訪れるとき、多くの人は事前に準備をします。その国について調べ、文化や習慣を学び、どのように振る舞えばよいのかを考えます。
それでも、実際に生活してみると、分からないことがたくさんあります。周りを見て、失敗して、少しずつ慣れていく。ときにはカルチャーショックもあります。
新しい環境で生活するには、時間が必要です。学ぶことも、練習することも必要です。
では、デジタル世界はどうでしょうか?
私たちは、デジタル世界に入る前に、その文化について学んだことがあるでしょうか?
そこでどう振る舞えばよいのか、教わったでしょうか?
物理的な世界とデジタル世界は違います。それなのに、子どもから大人まで、私たちは毎日、ほとんど準備をしないままデジタル世界に入っていきます。
そこがどのような場所なのか。
自分の行動がどのような結果につながるのか。
自分や他の人をどう守ればよいのか。
よく分からないまま使い始めている人も多いのではないでしょうか。
これは、非常に速く走る車の鍵を、いきなり渡すようなものです。
エンジンをかけることは簡単です。でも、車を動かせることと、安全に運転できることは同じではありません。
交通ルールを学ぶ必要があります。危険を予測し、周りを見て、適切に判断する練習も必要です。
デジタル技術も同じだと思います。
今、私たちは、とても強力な道具を人々に渡しています。そして、ほとんど一瞬で、未知の世界に入れるようにしています。
でも、「アクセスできること」と「そこで生きる準備ができていること」は違います。
人間中心のサイバーセキュリティという視点で考えると、この責任を個人だけに負わせることはできません。
「気をつけて使ってください」と言うだけで、本当によいのでしょうか?
デジタルシステムそのものが、今どのような状況にいるのかを、もっと分かりやすく伝える必要があります。次に何が起きるのかを予測できることも大切です。
そして、もし間違えても、やり直せること。使いながら、安全で健全な関わり方を学べること。
そこまで考えて、デジタル環境をつくる必要があるのではないでしょうか。
子どもも大人も、毎日デジタル世界に入っています。しかし私たちは、そこで生きるために、文化を学び、準備し、練習する必要があるとは、あまり考えてきませんでした。
だから、シアトルにいる今、あらためて問いかけたいと思います。
私たちは、本当にデジタル世界で生きる準備ができているのでしょうか?
それとも、まだ何も教わらないまま、ただ鍵を渡されただけなのでしょうか?
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