町工場から大企業、そして派遣社員も経験した現役派遣社員の壮絶体験

ホワイトな大手企業へ転職!その89 進まない仕事探し。。。

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デブ社長の衝撃発言から数日後、最後の晩餐の企画が持ち上がった。そういえば飲み会なんかはあまり参加したことがなかったなぁ。なんて思いながら参加に〇をする。最後の晩餐だからかもしれないが、全員が参加であった。こういう連帯感が職場でもあったらな。。満員状態の休憩室で誰がここの工場に残るかって話が湧いてきた。私の部署で残れる人はたしか3人だったと思う。副責任者の宮崎先輩、この先輩は私より二週間くらい先に入社した2歳年上の先輩だ。次に水沢君、彼も中途入社で私より一つ年下だ。そして最後は須藤君、彼は新卒入社で私よりも4歳若い。40〜50人の職場で3人だけがここに残ることになったのだ。あとは関西に転勤組、そして退職組の二組だ。私は退職組。閉鎖寸前の休憩室は居残り組、転勤組、退職組の三種類になったのだが、そんな確執などはまったくなく相変わらず和気あいあいとしていた。

しかし、一番忙しいのは退職組だ。次の仕事を探さないといけないんだからね。私も履歴書をなんとか作ったのだが、どこに応募とかそんなことまったく考えていなかった。だって辞めたくて辞めるわけじゃないから次の仕事のことなんて考えていないんだもん。退職組はみんなそうだ。休憩室にあるパソコンでいろいろと探すのだが、よくわからない。私がこの職場に転職してきたのは14年前、そのときはパソコンもインターネットもない時代だ。それがこの職場に居る間に世界は急速にITが広まっていたんだよね。ワード、エクセル、ロータス、一太郎、このときに初めて聞いた。そして今は小さな子供までが親指一つで世界を覗ける時代にまでなったんだよ。こうしてみると科学って凄い、話を戻すがそんなやり方で仕事を探す退職組はみんなやる気がない。もちろん私もだ。

なんとかなるだろうなんて考えもない。糸の切れた凧とでも言うのかな。だから私は直接職業安定所に仕事を探しに行くことにした。現在でこそパソコンで一人ずつ職探しができる環境だが、当時の職安はパソコンなんて職員しか使用していなかったので私たち失業者は棚に職種別で陳列されている紙の資料を片っ端から調べるのだ。当然、同じ職種を複数の失業者が選ぶこともある。要するに早い者勝ちなのだ。今の職安はパソコンで簡単に探せるので同じ職種の情報を複数の失業者が同時に閲覧することが出来る。これがデジタルとアナログのメリット、デメリットなのだが、最後はやはり同じで早く見つけた者が応募する権利を得るということですね。要するに行動力が試される。

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