敬意が足りないと面白味のないモノしか作れない
ヒトはいつも、「今」よりも一層の便利さ、快適さを願って止まない。しかし便利さや快適さは時に、大切なことを見えなくしてしまう。
■最近、写真が下手になったかも
いきなり個人的な話で申し訳ないが、少しお付き合い願いたい。写真を撮るのが好きな私は、今でもフィルムカメラを使うことがある。先日も旅先でフィルムを1本撮った。当然のことだが、デジカメと違って撮ったその場で画像を確認することはできないので、帰って写真店で現像をしてもらうまで結果はお預けだ。1週間後、出来上がった写真を受け取って、私は愕然とした。
「俺、こんなに写真ヘタだったかな?」
なんというか、驚くほど、まったく面白味のない写真ばかりだったのだ。
■ひょっとして、化粧でごまかしてたのか?
そこで最近の写真の撮り方を振り返ってみた。今はほとんどスマホで撮っている。スマホには、複数のカメラアプリや画像加工アプリが入っていて、ほとんど無意識のうちに、それらを組み合わせて「いい感じ」にトリミングし、加工している。オリジナルの写真など、加工前の素材でしかないので、あまり気にしなくなってしまったのだ。振り返るのは加工後の写真ばかりで、加工前のすっぴんの写真はほとんど見直すこともない。
それに対して、フィルムカメラで撮って店でプリントしてもらうと、基本的にトリミングも加工もしていない、すっぴんの写真をじっくりと見ることになる。そこでやっと、加工前の本当の写真の実力に気づくのだ。なるほど、どうやら私は、コッテリと化粧を塗りたくるのに夢中で、すっぴんの状態を気にしなくなっていたようだ。
■お手軽だけど、なんか違う
これは多分、被写体に対する敬意が足りないのだ。以前は、もっとシャッターを押す前に被写体をじっくり観察していたものだ。例えば人や動物を撮るなら、その人や動物の表情やしぐさをじっくりと観察したし、建物を撮るなら、その建物がもっとも栄える構図を求めて、気の済むまで歩き回ったものだ。
しかし今は、そういうことよりも、「取りあえず目の前の情景のスナップショットを撮って、アプリでそれっぽく加工すればいいや」という安易な方向に流れがちな自分がここにいる。そして、残念なことに、すっぴんで面白味のない写真というものは、後でどんなにトリミングしても加工しても、あまり面白味のある写真にはならないものなのだ。
ここで私は写真系のアプリを批判しているわけではない。問題は、私の被写体に対する態度なのだ。便利さ、快適さに流されて、写真を撮るのにもっとも大切な被写体に対する敬意を忘れてしまった私の問題なのだ。
■エンジニアも敬意を忘れちゃダメだ
ところで、被写体をクライアントやユーザーに置き換えても、まったく同じことが言えるのではないだろうか。業務用システムの場合は面白味がどうのというのはちょっと違うかも知れないが、それでもやっぱり敬意を払って相手を知るという本質的な部分は共通すると思う。
システム開発の現場では、用途に応じた様々なフレームワークが百花繚乱で、それらはデザインの適用も以前に比べると非常に簡単になってきている。そして世の中には、そのようなフレームワークを利用して、見た目がよくて、いい感じに仕上がっているシステムが溢れている。しかし、たくさんあるはずの選択肢の中から、ユーザーに選ばれて使われるものは、実際には数少ない。
この、使われるシステムとそうでないシステムとの最大の違いは、利用者に対する敬意の差ではないかと私は感じている。
簡単に、短期間でそれなりのシステムが作れてしまう。それは、時代がそのようなスピードを要求し、その要求に応えるために、進歩しているからだ。しかし、ベンダーもクライアントも、お互いにそのスピード感に満足してしまっていないだろうか? 実際にそれを使う人々に対する敬意が失われていないだろうか?
スピード感を持って仕事をこなすことばかり考えていて、いちばん大切なことを忘れてしまってはいないだろうか?
敬意が足りないと、表面的にはキレイだけれど、あまり面白味のないモノしかできなくなるに違いない。
コメント
Anubis
あー、書きたいと思ったこと、先に書かれちゃったな。という感がある。
敬意を表して一言。このコラムは素晴らしい。
賞賛させて頂きます。
onoT
Anubisさん、恐縮です!
私も常々モヤモヤしていたことが、自分の写真の仕上がりを見て「!」となったので、一気に書きなぐってみました。
onoT
abekkanさん、ありがとうございます。
引用はご自由にどうぞ(^^)
Anubis
それに便乗して、内容を参考にさせて頂きコラムを書きました。
ありがとうございます。
onoT
こちらこそありがとうございます。
Anubisさんのハイペースの秘密をチラリと垣間見ることが出来ました!