組織が変化できない本当の理由
■ヒトの基本戦略は、恐怖を避けること
強靭な意志を持つヒトであれば、恐怖に直面しても微動だにせず立ち向かうことができるのかも知れない。しかし我々のような一般小市民は、恐怖に出合えばしっぽを巻いて一目散に逃げるのが常だ。ほかのすべてに優先して、恐怖を取り除くために全力で逃亡する。崇高な理念を実現するための願望があったとしても、そんなものは恐怖の前では雲散霧消してしまう。それが我々というものだ。
■変化は恐怖を呼ぶ
ヒトが変化を嫌うのは、慣れ親しんだ状態を失うことへの恐怖だ。「今までと違うやり方を覚えなければならない」「これまでの経験が無駄になる。」「当然いままでより時間がかかるだろう」「また仕事を増やそうとしやがって」「ていうか、ひょっとして自分の仕事がなくなるんじゃないか」
■しかし、恐怖は変化の引き金にもなる
それほどまでにヒトの行動に影響を及ぼす恐怖は、実は変化を引き起こすトリガーにもなる。つまり諸刃の剣というヤツだ。個人であれば「このままでは他のヒトに取り残されてしまう。」「時代に取り残されたこんな職場で、このまま一生、働いていていいのか?」と奮起して、勉強したり転職したりするし、組織であれば「今のやり方では限界だ、時間と人手がかかりすぎる。何か手を打たなければ」「この業界には先がない。一刻も早く新規事業を立ち上げなければ」と改革に乗り出す。これらもすべて、恐怖のなせる業なのだ。
■恐怖が我々の行動を左右する
結局のところ我々はいつも、さまざまな恐怖の重さをはかりにかけて生きている。たとえば、「こんな会社にいたら自分はダメになる」という恐怖と「会社を辞めたら一家が路頭に迷うかも」という恐怖の重さを比べて、転職を思いとどまったりする。最終的には、自分が一番重いと感じた恐怖を解消するための行動を選択することになるのだ。
■変化できない組織とは
このように考えると、組織が変化できない理由が見えてくる。「変化しないとヤバいぞ!」という恐怖をメンバーに与えられないこと。これが、組織を変化から遠ざける元凶だ。ある意味ヌルいのだ。「こうあるべき」という理想は示せてもそこへ至る道筋は示せず、現状維持派のメンバーが抵抗すると簡単に諦めてしまう。「こうあるべき」といっている方にしてみても、切迫した恐怖からではなく単なる願望を述べているにすぎないので説得力もなければ、覚悟も見えない。
■変化のパワーは自分の中にある
「メンバーに恐怖を与える」というと、パワハラめいた状況を思い浮かべてしまうかも知れないが、そういうことではない。ヒトは、外圧では変わらないものだ。変化のきっかけは、常に自分の中から湧いてくる。エンジニアならみんな分かっているはずだ。なぜ勉強し続けるのか。なぜ最新情報をウォッチし続けるのか。なぜ現状に満足しないで、その先へ行こうとするのか。もちろん「楽しいから」という面があることは否めない。そこにエンジニアの度しがたさを垣間見ることもできる。しかし、自分の心の奥底を静かに観察してみれば、そこに恐怖の影が潜んでいることにも気づくはずだ。
■その先へ進むために、心に恐怖の種を植え続けるのだ
変化できるヒトは、恐怖の種を自分の心に植え続けているのだ。だから、そういうヒトが自分の属する組織を変化させたいと思うなら、自分自身にしているように、メンバーにも恐怖の種を植えてみてはどうだろう。植物に水や肥料を与えるように、メンバーに適切なタイミングで適切な情報を与えよう。植物を日当たりや風通しのいい場所に置くように、メンバーを社外のセミナーや勉強会に連れ出そう。
さぁ、みんなで一緒に恐怖を抱擁しようではないか! そうすれば、きっと変化は訪れる。