テストエンジニア時代の悲喜こもごもが今のわたしを作った

小説 冬の終わり 「退け、もの悲しき影よ」

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 「自分はプログラマに向いていない」――。そう思った瞬間から、自分が何をすればいいのか、どうしたいのかが見えなくなった。暗く冷たい冬の底にいるように、心は冷えていくばかり。心の調子を崩したプログラマが、テストエンジニアとして再生するまでの物語。

 ⇒第1回 第2回 第3回 第4回

◇◇◇

■最終話:退け、もの悲しき影よ

 開発業務から離れて4カ月たった頃、あれは6月の初めくらいだったかしら。わたしは部長に呼び出された。部長はわたしにこう言ったの。

 「来月から評価部署を一新する。今まで評価部署というのはバグを見つけるだけだった。けど、これからは要件定義や設計の段階から評価の人間が関わって、バグを減らすようにしたい。そのためには、開発経験がある人、開発の事情がわかる人が必要なんだ。そこで、小川さんに異動してもらいたいんだけど、どうかな」

 プログラミングができなくなった以上、いつまでも開発部署にはいられないだろうと思っていたから、この話を聞いたときは「これってある意味左遷だよね?でも、しょうがないか」と思ったの。だけど、一方で「もしかしたら、これはチャンスかも」とも思ったの。

 というのも、この頃には補佐の仕事も悪くないし、むしろこちらのほうが向いているんじゃないかと思っていたから。こう言っては何だけど、そのとき所属していたプロジェクトって、メンバー全員が開発業務でいっぱいいっぱいになっていて、ドキュメント整備とか、そういうのが後回しになっていたのよ。そんなときにわたしがこの辺りのことを始めて、プロマネや他のメンバーから「助かるよ、ありがとう」なんて声をかけられるようになったの。

 別に何てことない一言かもしれないけど、そのときはとても嬉しかった。小さな仕事だけど、わたしも役に立っている、感謝してもらえるということを初めて実感できたような気がしたの。

 部長の話にはその場で同意して、すぐに今の評価部署に異動することが決まったの。そこからわたしはテストエンジニアとして本格的に働き始めたわけだけど、正直言って毎日驚きの連続だったわ。

 今だから言うけれど、わたしは評価の仕事って、もっと簡単なものだと思っていたのね。だって、開発は何もないところから新しいプログラムを作るけど、評価はすでに完成したプログラムを、仕様書見ながら動かすだけなんだから、誰でもできることだと思っていた。

 だけど、最初にアサインされたテストチームで初めてチェックリストを作ったとき、リーダーがちょっと手直しをしただけで、チェックリストが格段に見やすくなったのよ。あれは軽く衝撃だったわ。テストって、誰でもできる単純な仕事じゃないってことを思い知らされたわね。それがわかってからは、どんどんテストの仕事の奥深さにのめり込んでいった。

 評価部署に異動してしばらく経った頃に、わたしを振った人が「好きな人」と婚約したという話を風の噂で聞いた。そのときは失恋の痛手からは立ち直っていたけど、さすがにちょっとショックだった。会社の飲み会で、何の気なしにその話をするとみんないろいろと声をかけてくれた。上司は「それは誰だってショックだよ。そう思うのは当たり前だよ」と言ってくれたし、後輩のひとりは「小川先輩はいろいろな経験していますね、やっぱり大人だなあ」と言ってくれたわ。

 ああ、こういうときにショックだと思うのは当たり前で、気に病む必要はないんだと安心したわ。それに、わたしのことを「大人」と言ってくれた後輩の気持ちも嬉しかった。他にもいろいろな話をしているうちに、少し気が楽になったわ。「こんなつまらない話を聞いてくれて、ありがたいな」と思ったの。

 そして、気が付いたのよ。

 縁もゆかりもない土地にやってきて、誰にも頼らずに1人で生きてきたつもりだったけど、わたしのことを心配してくれて、支えてくれる人がたくさんいたってことに。

 だけど、一方でこうも思った。

 わたしに対して気遣いしてくれる人たちに、わたしは今まで何か気遣いをしてきただろうか。彼らの力になるようなことをしてきただろうか、と。

 そこではじめて、今までのわたしには、周りの人に対する感謝とか、人のために何かをするとか、そういう気持ちが足りていなかったことに気がついたの。

 それからは、仕事をするとき「誰かのために」という気持ちを持つようになったの。不思議なもので、自分だけのために仕事をしていたときは迷ってばかりで、なかなか自分のスキルが伸びなくて行き詰ってしまったのに、誰かのために仕事をするようになってからは迷うこともなくなっていったの。まあ実際のところは、新しい仕事を始めたから、目の前の仕事をこなすのに精一杯で、余計なことを考える暇がなくなったというのもあるかもしれないけど。

 そうしているうちに、抗うつ剤は飲まなくてもよくなったの。心療内科の先生とも相談して、通院も必要ないってことになったわ。最初に心療内科に行ってから9カ月が経っていた。予想していたよりは早く回復したと自分では思っている。

 テストチームに移ったことは偶然だったかもしれないけど、ここでようやく、わたしの進むべき道が見えたような気がしたの。今はとにかく、この道に賭けてみるつもりよ。もちろん、支えてくれる人への感謝の気持ち、自分のためではなく「誰かのために」という気持ちを持ってね。

◇◇◇

 これで、わたしの話はおしまい。

 今になってあの時期を振り返ってみると、確かに人生最悪の時期だったけど、自分自身を振り返るきっかけになったと思う。

 心の調子を崩したからこそ、周りの人に支えられていることも実感できたし、自分が本当にやりたいと思える仕事に出会うことができたから、あそこで立ち止まったのはいい経験だったのかもね。

 まあ、さすがにもう二度とやりたくないけど。

 さあ、休み時間も終わったことだし、仕事に戻るわよ。今メール見たら修正確認の依頼が入っていたわ。まったく、あのプロジェクトはいつも急なんだから……でも信頼されて任せてもらっているわけだし、とっとと片付けるわよ!

―Fin―

Comment(6)

コメント

小川さんに、お疲れ様と申し伝えておいてください。この先、二度、三度と倒されそうになるかも知れない。でも、笑顔を出して踏ん張って見せてくださいと、申し伝えてください。

そういえば、大丸を退社したうちの母親は、京都市中京区に嫁いで、小川郁子だった時期が約1年ありました。何があったのかは、多くを語ろうとしないものなのですが、思い出すのもつらいのかも知れませんね。

山口百恵(さだまさし)の「秋桜」(コスモス)を聴いてみてください。笑い話に時が変えるよ、心配要らないと、笑ったと。では~。

第3バイオリン

田所さん

>小川さんに、お疲れ様と申し伝えておいてください。この先、二度、三度と倒されそうになるかも知れない。でも、笑顔を出して踏ん張って見せてくださいと、申し伝えてください。

はい、確かに伝えておきます。
テストエンジニアになったとしても、別の試練が待ち受けていることと思います。
でも、小川さんは挫折を経験して、自分の身の丈もわかったはずなので、
うまく立ち回れると期待しています。

最後まで、小川さんを見守ってくださってありがとうございます。

第3バイオリン

【第5話の解説】
上司と後輩の言葉が、本当に嬉しかったですね。
知り合いのいない街にやってきて、「私はひとりだ」とずっと思っていましたが、
そんな私のことを受け入れてくれる、心配してくれる人がいるということ、
それに気がつくことができて良かったです。

心の調子を崩したことは、それ自体は不幸なことだったかもしれませんが、
そのおかげで大切なことに気がつくことができました。
もしそういう機会がなければ、私は周りに感謝もしない、傲慢な人間になっていたと思います。

まあ、でも小川さんも言ってるとおり、もう二度とはやりたくないです。
本当は一度もやらないのがベストかもしれませんが。

第5話のタイトルはバッハのカンタータ第202番から拝借しました。
この曲は別名「結婚カンタータ」とも呼ばれ、春の訪れの喜びとともに結婚のお祝いを歌っています。
長い冬の終わり、ハッピーエンドにふさわしいと思い、使わせてもらいました。

ここまでで気がついたと思いますが、各話のタイトルはすべてバッハのカンタータに由来しています。
ちなみにバッハ(Bach)とはドイツ語で「小川」という意味があります。
主人公の名前はここから取りました。

第3バイオリン

【あとがきに代えて】
この小説で小川さんが話したことは、コラムニスト 第3バイオリンの
出生の秘密にも関わることなので、いつかはきちんとお話しなくてはならないとずっと考えていました。

しかし、コラムという形にするには、あまりにもいろいろな感情が混ざりすぎて
冷静に書くことができるかどうか・・・と悩んでいました。
そんな折、他のコラムニストさんが小説を書いているのを見て、
「小説という形であれば、私の気持ちや、伝えたいことを全部伝えることができるかもしれない」と思い、初めて小説を書く決心をしました。

しかし、ただでさえ普段のコラムとは文体や話の組み立てが異なるうえに、
私にとっては辛いことを書くものですから、何度も書いては消してを繰り返し、
ひとつの作品にまとめ上げるのに苦労しました。

まとめた後も「こんな重いストーリーの小説、果たして受け入れてもらえるのか」と心配していましたが、
メールやTwitterでいろいろな方から励ましの言葉や率直な感想をいただくことができたので、今では書いて良かったと思っています。

最後に、この小説のために素敵なバナーを作ってくださった編集部の金武さんに、
この場を借りてお礼を申し上げたいと思います。
それから、この小説を読んでくださったすべての読者の皆さんにも感謝します。

この後もコメント欄は開放していますので、
ご意見、ご感想などありましたら、お気軽にどうぞ。

sunset

自分の内面と向き合うことは、非常にパワーが必要です。
心が折れて、どうでもいいやと思ってしまうこともあります。
小川さんは、周りの人たちの支えもありましたが、何よりも本人の強い精神力があって、悩んで学んで、回り道しながらも、戻ってこられたのだと思います。
小川さんに「よくがんばったね」って、お伝えくださいm(__)m

>でも、小川さんは挫折を経験して、自分の身の丈もわかったはずなので、

出来ないことを出来るようにすることだけが、仕事ではないと思います。
(小川さんだったら、プログラミングでしょうか

自分の出来る範囲で、人に何かを提供して、対価をもらう。
その対価は、個人的には、お金であったり、感謝の心であったり、自分のキャリアであったり。
だから、会社っていう、いろんな個性の集合体が成立するんじゃないかな~と。
みんながみんな、仕事で関わるいろんな個性に、お互いに感謝しながら暮らしているのかなと。

ちなみに私も、人から感謝されることが、一番の対価だと考えています。
私も文系草食系男子のため、技術的にも出来ることが限られているのでorz、なおさらそう思います。

乱筆乱文、失礼しました。

第3バイオリン

sunsetさん

コメントありがとうございます。

>小川さんは、周りの人たちの支えもありましたが、何よりも本人の強い精神力があって、悩んで学んで、回り道しながらも、戻ってこられたのだと思います。

そうですね。
「周りの人に支えられている」ということに気づき、
それを自分の力に変えることができたのが良かったのかもしれませんね。

>小川さんに「よくがんばったね」って、お伝えくださいm(__)m

はい、確かに伝えておきます。

>出来ないことを出来るようにすることだけが、仕事ではないと思います。
>自分の出来る範囲で、人に何かを提供して、対価をもらう。

人はそれぞれ個性があって、得意なこと、苦手なことがあります。
得意なことを増やして苦手なことを減らすに越したことはありませんが、
ひとりができることには限界があります。
(逆に、みんながみんな全く同じスキルになってしまったら、それはそれで気持ち悪いと思います)

会社やプロジェクトのメンバーそれぞれがお互いの特技を生かして、誰かの苦手な部分をカバーする。
自分の力だけでうまくできそうにないところは人に上手に頼ればいいし、
逆に誰かが困っているときには自分から手伝いに行く。
私の場合、それがわかるようになるまで時間がかかってしまいました。
しかし、それがわかるようになった今では、ひとりで頑張りすぎなくてもいいと
楽な気持ちで動けるようになったと思います。

>ちなみに私も、人から感謝されることが、一番の対価だと考えています。

自分の仕事が誰かの役に立っている、自分の仕事で笑顔になる人がいることが
一番うれしいことですよね。

最後まで小川さんを見守ってくださって、ありがとうございました。

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