テストエンジニア時代の悲喜こもごもが今のわたしを作った

【書評】エンジニアになりたい女の子にオススメの絵本3選

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 こんにちは、第3バイオリンです。

 ちょっと前に、エンジニアライフで書評が流行っていましたね。わたしはエンジニアを引退して3歳と1歳の子どもの育児中なので、読む本といえばもっぱら絵本ばかりになってしまいました。

 子どもたちはふたりとも絵本が大好きで、お気に入りの絵本を一日に何度も「読んで」と催促します。かわいい子どもたちのためなら、同じ絵本を何度も読むことになっても苦ではありません(嘘です、たまにキツいです。一時期ノンタンは見るのも嫌になったことがあります。今は慣れました)。

 そういうわけなので、本屋さんに行くと必ず絵本のコーナーに立ち寄ります。絵本のコーナーには、「はらぺこあおむし」「からすのパンやさん」など、わたしが子どものころに読んだ定番の絵本もあれば、ボタンを押すと音が鳴る絵本、仕掛け絵本、外国の絵本など色々あって、なかなか楽しいものです。

 そのなかに、エンジニアが主人公の絵本がいくつかありました。わたしは女の子の母親なので、そのなかでも女性エンジニアが主人公の絵本に惹かれるものを感じました。というわけで、このコラムでは女性エンジニアの絵本を3冊、紹介したいと思います。

 コラムのタイトルには「エンジニアになりたい女の子」と書きましたが、もちろん男の子が読んでも、大人が読んでも楽しめる絵本だと思います。

■世界でさいしょのプログラマー――エイダ・ラブレスのものがたり

 エンジニアであれば、「世界初のプログラマは女性だった」という小ネタを耳にしたことがあると思います。その女性がエイダ・ラブレスという名前であることを知っている、という方も多いと思います。

 しかし、そのエイダ・ラブレスがどのような人生を歩んだのか、何をきっかけにプログラマになったのかを知っている人は意外と少ないのではないでしょうか。

 「世界でさいしょのプログラマー――エイダ・ラブレスのものがたり」(フィオナ・ロビンソン作、評論社)は、世界初のプログラマとなったエイダ・ラブレスの生涯が描かれています。

 エイダ・ラブレスは、1815年のイギリスに、詩人バイロンと数学者アン・イザベラ・ミルバンクの娘として生まれました。しかし、エイダが生まれてわずか1ヶ月で両親は離婚、エイダの母アンは彼女を連れて家を飛び出し、二度とバイロンに会うことはありませんでした。

 数学者であったアンは、幼いエイダに数学をみっちりと勉強させました。当時、イギリスでは産業革命が興り、上流階級の子女のあいだで工場見学が一大ブームとなりました。エイダも、母に連れられて工場を見学するうちに、機械にも興味を持つようになってきました。

 そしてエイダが17歳になったとき、転機が訪れます。発明家のチャールズ・バベッジに出会い、彼の発明品のひとつである「階差機関(ディファレンス・エンジン)」の試作品を見せてもらったのです。これは複雑な計算を人間よりも早く正確に行うことができる計算機でした。

 バベッジは階差機関をさらに発展させて、「解析機関(アナリティカル・エンジン)」の開発に取り掛かりました。これは機械に穴の空いたパンチカードを読み込ませて、計算結果を印刷できるという現代のコンピュータの原型ともなるものでした。このときラブレス伯爵と結婚して3児の母となっていたエイダは、パンチカードに書き込む計算式や、その解説書の作成に取り組みました。エイダが「世界初のプログラマ」となった瞬間でした。

 しかし、残念ながらバベッジの解析機関は世間の無理解と予算不足のため未完成に終わり、エイダも36歳の若さで世を去ってしまいました。世界初のコンピュータが作られて、エイダのプログラマとしての能力が認められるようになるのはそれから約100年後のことです。

 わたしはエイダ・ラブレスの名前はうっすらと知っていましたが、彼女が詩人バイロンの娘であること、若くして亡くなってしまったことは知りませんでした。エイダは解析機関の解説書に、「この機械を使えば計算だけでなく、絵や音楽、文章までもプログラムできる」と書いていました。今ではAI(人工知能)がそれを可能にしていますね。21世紀になってようやく時代がエイダに追いついたのかもしれません。

 また、わたしが個人的に気になったのはエイダの母アンのエピソードです。アンはエイダに数学だけではなく、上流階級の娘にふさわしい教養とたしなみを身に着けさせました。しかし、詩だけは絶対に教えようとしませんでした。エイダの父バイロンは素晴らしい詩人ではありましたが、自由奔放すぎる性格で夫婦関係を破綻させてしまいました。アンはエイダを父親のような人間にしたくなかったので詩には触れさせまいとしたのです。

 しかし、そんな母親の思惑とはうらはらに、エイダは成長とともにみずみずしい感性と想像力を発揮していきました。少女時代には蒸気の力で空飛ぶ馬を夢見て、大人になってからはまだ見ぬコンピュータの可能性にまで想像の翼を広げました。

 現代でも、「子どもをオタクにしたくない」と言って子どもにアニメを見せない、ゲームもさせないという親がいますが、いつの時代であってもこういう親は存在するのですね。しかし、たとえ親が子どもを制限しても、子どもの「好き」を止めることはできないということを忘れてはいけません。

■グレース・ホッパー――プログラミングの女王

 エイダ・ラブレスが亡くなって約50年後、1906年のアメリカでひとりの女の子が誕生しました。彼女の名前はグレース。後にアメリカ海軍で計算機科学者として大活躍し、「アメージング・グレース」と呼ばれることになるグレース・ホッパーその人です。

 「グレース・ホッパー――プログラミングの女王」(ローリー・ウォールマーク作、岩崎書店)には、そんなグレース・ホッパーの生涯と功績が描かれています。

 グレースは好奇心旺盛な少女で、機械をいじるのが大好きでした。時計を分解して仕組みを確かめたり、おもちゃのドールハウスにモーターと工具で人形のためのエレベーターを取り付けたりしました。

 大学で数学を修めたグレースは数学教師となりましたが、ときは第二次世界大戦前夜。アメリカ海軍では新兵器の開発のため優秀な数学者を必要としていました。当時36歳、体格も小柄なグレースは入隊を志願するものの年齢と体格のためにすぐには認めてもらえず、1年以上かけて海軍を説得しました。

 海軍に入ったグレースは、コンピュータ「Mark I」のプログラム開発に携わりました。ある日、新型コンピュータ「Mark II」が突然動かなくなってしまいました。グレースと技術者たちがコンピュータの内部を調べてみたところ、一匹の蛾が回路の間に挟まっていました。グレースはこの蛾をコンピュータから取り除いて業務日誌に貼り付け、「本物のバグが『不具合(バグ)』として発見されたはじめての例」と書き記しました。この一件からプログラムの不具合のことを「バグ」と呼ぶようになった、というのは有名なエピソードですね。

 さて、この時代のコンピュータプログラムは「1」と「0」のみの機械語で記述されていました。しかしこれでは人間には理解しづらいうえに、入力ミスもしょっちゅう起こります。おまけに、ミスした箇所を特定するにも一苦労です。

 グレースは、人間の言葉を用いてわかりやすくプログラミングをできる方法を考えました。当時最新のコンピュータであった「UNIVAC I」を用いて、「FLOW-MATIC」というコンパイラ言語を開発しました。これは、のちのCOBOLの原型となりました。

 海軍で計算機科学者として働いてきたグレースですが、60歳になると年齢を理由に退官させられてしまいます。しかし、すぐに「6ヶ月だけ」という条件で呼び戻されることになりました。現役復帰したグレースは、そのまま海軍で20年近く働き続けました。79歳で退役したとき、かつて海軍に入隊拒否された女性は准将にまで出世していました。

 グレースの人生は新記録の連続でした。女性初の数学博士号の取得、世界初のコンパイラ言語の開発、海軍最年長の士官、最高位勲章の授与、コンピュータ歴史博物館の第1回フェロー、まさにアメージングな人生ですが、そこに至るまでは現代では想像もつかないような苦労、苦悩があったと思います。

 グレースの言葉です。「人は変化が怖いのです。『今までと同じで何が悪い』そんな考えには反対です」わたしも普段の生活のなかで「これでいいとは思えないけど、いろいろ変えるのも面倒だし今のままでいいや」と思ってしまうことがあります。そんなとき、グレースの言葉にハッとさせられます。

■月とアポロとマーガレット――月着陸をささえたプログラマー」

 グレース・ホッパーが海軍に復帰してしばらく経った1969年、アメリカのアポロ11号が人類初の月着陸に成功しました。この功績の裏側で、ひとりの女性が人知れず活躍していました。彼女の名前はマーガレット・ハミルトン。NASAの女性プログラマです。

 「月とアポロとマーガレット――月着陸をささえたプログラマー」(ディーン・ロビンズ作、評論社)は、アポロ計画を影で支えた女性プログラマのお話です。

 幼き日のマーガレットは数学と宇宙に興味を持つ女の子。詩人で哲学者の父親から宇宙の話を聞いたり、夜空を眺めたりするのが大好きでした。そんなマーガレットが出会ったものがコンピュータでした。マーガレットはコンピュータに触れながらコードの書き方を学び、飛行機を追跡するプログラムや、天気予報のプログラムを作成しました。その業績が認められ、マーガレットはアポロ計画のソフトウェア開発責任者となりました。

 マーガレットにとって、いえ、人類にとって、「人間を月に送り込む」というのははじめての試みでした。月と地球は約38万キロメートル離れているので、月にたどり着く途中や、月に到着してからトラブルが起こってもすぐには地球に引き返せません。もちろん、誰かが救助に駆けつけたりすることもできません。

 マーガレットは月までの旅で起こり得るリスクを考え、その解決方法をプログラムに落とし込みました。そしていよいよアポロ11号打ち上げのときがやってきました。月への旅は順調でしたが、月着陸船「イーグル」が月面に降り立つまであと数分、というところで突然トラブルが発生しました。コンピュータの動作に重い負荷がかかってしまったのです。この状況を救ったのが、マーガレットがコンピュータにあらかじめ仕込んであったプログラムでした。より優先度の高い命令を先に実行するコードのおかげで、コンピュータは正常な動作を取り戻し、イーグルは無事に月面に着陸しました。

 思わぬピンチに皆が慌てるなか「こんなこともあろうかと!」とあらかじめ打っておいた手を繰り出す、というのはよくあるパターンです。しかし、それができるのはあらゆるリスクを事前に予測し、それぞれのリスクに対して正しい対処法を取れたときだけです。

 育児もリスクの連続です。家で過ごすとき、幼稚園に送り届けるとき、近所の公園に行くとき、遠出をするとき......小さなリスクもあれば、子どもの命にかかわる大きなリスクもあります。また、子どもの年齢や人数によっても違います。子どもの身の安全と笑顔を守るため、わたしはいつでも考えられるリスクに備えて手を打っています。打っているつもりです。まあそれでも常に大人の想像の斜め上をいくのが幼児というものですが。

■本という名の種を蒔く

 このコラムで紹介した本は、絵本といってもページ数が多く、文字も小さめなので内容を理解できるようになるのは小学生以上からと思われます。わたしの子どもたちが読むにはまだ早いので、しばらくは本棚の片隅に置いておこうと思います。

 子どもたちがもう少し大きくなったときにこれらの絵本に興味を持ってくれたら嬉しいと思います。もし興味を持たなくても、それはそれで仕方ないことです。たとえ興味を持って読んだとしても、それだけで将来エンジニアになるとは限らないものです。

 わたしは、子どもに本を与えるということは、子どもの持つ花壇に種を蒔くことだと思っています。花壇の土の状態は子どもによって異なります。同じ種を蒔いても、花壇によっては芽が出ないこともあります。種のほうにも蒔くのに最適な時期というものがあるので、それが早すぎたり遅すぎたりするとうまくいかないこともあります。それに、すぐに芽が出て大きくなる種もあれば、ゆっくり時間をかけて成長する種もあるでしょう。芽が出た後で育つかどうかは花壇の管理人である子ども次第です。そのうち、子どもが自分で種を選ぶ日がやってきます。

 そうなったら、親ができることは「こういう種があるよ」と子どもに伝えること、親自身が自分の花壇に種を蒔いて育てる姿を見せることくらいでしょうか。親であるわたしも、どんなに忙しくても本を読むことをやめてはいけないなと思う次第です。

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