外資系IT企業の過酷なIT現場を経た同期4人組(現在は研修講師)が執筆します!

第6話:“困ったちゃんをどうしよう!”の巻(下)~「フィードバックの基本ポイント」(その1・下)

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 草一郎は、自分がリーダーを務める営業グループのメンバーで、遅刻を繰り返すスガモを別室に呼んで注意した。グループの雰囲気にも良くない影響が出始めており、思い切って踏み込んだつもりだ。それでも草一郎は、スガモがもう2度と遅刻しなくなる、という確信を持てずにいた。

 いつもならメンバーと連れだって昼食に出る草一郎だが、今日は1人になりたかった。昼休みになっても、わざと忙しそうに書類の山を片付けていると、オフィスにはやがて誰もいなくなった。頃合いを見て席を立ち、エレベータのボタンを押した。

 チーン、という音にハッとして顔をあげると、エレベータの扉が開いた。数人の人影の奥に、入社当時の上司の今屋部長の姿をみとめると、草一郎は奥の方に乗り込んだ。

草一郎「ご無沙汰しています」

今屋「営業はいま相当忙しい時期でしょ。遅いね、今から昼?」

草一郎「そうです。珍しく出遅れてしまって。部長、お昼がまだでしたらご一緒させてくださいませんか」

今屋「いいねえ。実はおとといから家内が旅行で、弁当なしでね。今日はどこで昼を食べようか、考えあぐねていたところだよ」

 草一郎は、会社の裏手に最近オープンした、こぎれいな定食屋に今屋部長を案内した。部長は、鯖の味噌煮をあっという間に平らげ、温かいほうじ茶をゆっくりと飲みながら、草一郎に話し掛けた。

今屋「草野くんのグループは若手が多いから、リーダーもいろいろ大変だろう?」

草一郎「若手に接するのは苦にならない方だし、うちはみんな伸び伸びして頑張ってくれているので大丈夫です。それより、力があるのに遅刻癖が直らないメンバーがいて……さっきも別室に呼んで注意してきたところなんです。もう何度も注意しているんですが、きっと今度も直らないんじゃないかな……」

今屋「ずいぶん弱腰だね。察するに、草野くんがリーダーのグループだから、アットホームな雰囲気なんだろうね。でも、遅刻は遅刻だよ。たとえ社内でも、絶対に許されないというのが大前提だろう」

草一郎「遅刻さえなければ、よくできるやつなんです」

今屋「……そのメンバーの遅刻を、本当にやめさせたいと心から思っている?

 草一郎は、ちょっとびっくりして今屋部長の顔を見た。

今屋「草野くん、リーダーの務めから逃げることはできないんだよ。世の中にはいろんなタイプの人がいる。草野くんみたいに、論理的に説明すればすぐ行動できるタイプだけではない。頭で分かっても、どう行動に移すか分からない、というのもいる。優しい言葉で常に励まさないと力を発揮しないのもいる。逆に、時々ガツン! と一発言えば一念発起して頑張るのもいる。時には、自分の経験したことのない方法でアプローチすることも必要なんだ」

草一郎「今までと違う、彼の行動を本当に変えさせる方法でなければいけないんですね」

今屋「特に、今回は遅刻が問題なんだろう。どう見ても非は本人にある。ただ、草野くんは優しいから。相当思い切って注意したつもりでも、相手の骨身にはまだ染みていないのかもしれないね」

草一郎「……確かに、本気で叱る、ということはまだ誰にもしたことがなくて」

 今屋部長は、にっこりと笑った。

今屋「遅刻さえなければよくできるやつ、と言っていたね。優秀で信頼できるメンバーであれば、そして本人の今後のために必要ならば、本気で叱っていいんだよ。君はリーダーで、すでにメンバーと信頼関係もある。とっさにその場でハッキリ叱ったほうが、本人だけでなく、周囲の他のメンバーにも良い緊張感が生まれる。逆に、どうみても叱るべきなのに、そのタイミングを逃したら、代償は大きいよ。グループ全体の雰囲気が生ぬるいものになったり、リーダーに対するメンバーの尊敬や信頼を損なう場合もある。相手を良くするための必然性があって、しかも草野くんの人柄なら、もう少し思い切った方法を試しても心配はない」

 それから3日後の朝。若手メンバーのシブヤが、泣き出しそうな様子で草一郎の席にやってきた。

シブヤ「あの、今日はスガモさんと9時15分に出発して赤坂産業さんに行く約束なんです。もう出る時間を10分以上過ぎたのに、まだスガモさんが来ないんです!」

 そこへ、上着を片手に持ったスガモが駆け込んできた。

スガモ「シブヤさん、ごめんごめん! 待たせて申し訳ない」

 草一郎がすかさず立ち、スガモを見すえて言った。

草一郎「遅刻か……これからは30分早めに着くようにするんじゃなかったのか!」

 それは草一郎自身が驚くほど、低く太く強い声だった。草一郎のグループのメンバー全員、思わず顔を上げて息を飲んだ。同じフロアの近くのグループの人もこちらを振り向いた。でも草一郎は、スガモの顔から目をそらさず、まっすぐに見つめた。

 (ここを乗り越えないと、このグループもスガモさんも、これ以上は良くならない)

 草一郎は、そう思っていたが、口には出さなかった。ただ黙ってスガモの目をまっすぐ見ていた。長い沈黙が流れた。

 それからしばらく経った月曜日。定例ミーティングで、スガモが先日売り込みに成功した事例を報告することになっていた。全員が着席し、資料が配られたとき、草一郎がふと時計を見ると、定刻の5分前だった。

まとめ:グループの士気や人間関係に影響する問題行動をとっているメンバーに対するフィードバックの基本ポイント(下)

□仲良しグループではなく、目標達成に対する厳しさが組織風土(雰囲気)になっていますか?

□フィードバックをする相手に対して、効果のある対応・プロセスを考えて計画・準備をしてからフィードバックに臨んでいますか?

~原案:株式会社エムズ・ネット・スクエア 講師 樋口敦子~ (文:吉川ともみ)

 (株)エムズ・ネット・スクエア講師4人組より、4月から当コラムを読んでくださっている皆様に、改めて御礼を申し上げます。年内のコラム更新は今回記事が最終です。来年も、明日香・真紀子・草一郎の苦労を分かち合い、成長をお楽しみいただけますことを願っています。皆様、よいお年をお迎えください。

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