第11話:“育成中のメンバーにどこまでまかせよう?”の巻(下)
新任リーダー明日香のグループで、週1回の定例グループ・ミーティングが行われる時間になった。ベテランのサイゴウとペアになって指導を受けているイサハヤが、今日は、サイゴウの力を借りずに自分だけで準備した内容に基づいて進捗報告をすることになっていた。
イサハヤが進捗報告を始めると、早速サイゴウが口をはさもうとした。とっさに、明日香はサイゴウを制した。
明日香「今日はイサハヤくんに任せましょう。後で、私も一緒にレビューの時間を取りますから、今は口をはさまず、イサハヤくんの報告を最後まで聞きましょう。イサハヤくん、続けて」
最初は憮然としていたサイゴウだったが、途中から思わず顔を上げてイサハヤを見つめていた。イサハヤの報告は、サイゴウだけでなく、少なからず皆を驚かせるものだった。簡潔明瞭を旨とするサイゴウの報告とは異なり、イサハヤの報告には、仕様変更の経緯、協力会社とのチームワークの実態などがさりげなく的確な言葉で盛り込まれていた。進捗の遅れの背景にある意思疎通の問題が、聞く側にもよく分かった。
イサハヤ「……。サイゴウさんと僕の担当案件については以上です」
イサハヤが話し終えると、誰からともなく拍手が出た。イサハヤは驚いた様子で、思わず明日香の顔を見た。
明日香「イサハヤくん、とても分かりやすい報告だったわ。ありがとう。この調子でがんばってね!
サイゴウさん、イサハヤくんをよく指導してくださってありがとうございます。このミーティングのあと、10分ほど時間をいただけますか。いまの報告のレビューをしましょう」
サイゴウは複雑な表情で答えた。
サイゴウ「はい、10分くらいなら」
ミーティングが終わると、明日香、サイゴウ、イサハヤの3人が部屋に残った。
明日香「イサハヤくん、期待した以上の報告だったわ。どんなことを考えて準備したか、少し説明してください」
イサハヤ「はい。まず、進捗報告として基本的に押さえるべきポイントは、サイゴウさんに徹底的に指導していただいているので、外さないようにしました。それから時間管理についても、5分という時間がいかに短いか、ということも予め計算していました。サイゴウさんは、いつも必ずキッチリ時間内に説明を終えるんです。メモを作ったり、話し始めとしめくくりを練習したり、5分といえども僕も同じように準備しました」
サイゴウ「ただ、報告の内容だけど」
明日香「サイゴウさん、いまは黙って最後まで聞きましょう」
サイゴウは素直に黙った。イサハヤは続けた。
イサハヤ「サイゴウさんも今おっしゃった報告の内容ですが、せっかく自分で準備できるので、思い切って少しだけ、いつもと違う要素を加えました。実は、僕は、グループ・ミーティングで先輩たちの進捗報告を聞いても、よく分からないことが結構あるんです。まあ、質問すればいいのは分かっているんですが、担当外だし深く理解する必要はない、とつい流してしまって。でも、やはり気にはなるんですよね。もう少し話が分かれば、自分の仕事にも役立つんじゃないか、と感じることもあるんです」
珍しく、イサハヤは立て板に水を流すように一気に話した。そしてサイゴウの表情をうかがった。サイゴウは黙っている。
明日香「イサハヤくんは、担当外のプロジェクトの進捗報告でも、内容がもう少し分かれば自分の仕事にも役立てられる、と感じていたんですね」
イサハヤ「はい。僕は経験がまだまだ少ないので、話が分からないのは仕方がないけれども、もったいない気がしていました。でも、グループには僕よりさらに若いサセボさんもいます。それで今回、せめて僕が報告するときは、サセボさんに分かるように伝えたいと思いました。僕自身が担当する中でつかんだプロジェクトの背景や経緯などを、ほんの少しだけ、僕の言葉で説明に入れてみたんです」
サイゴウは、何か言いたげだったが、明日香が目で制すると、口をつぐんだ。イサハヤは、いったん視線を落とし、また顔を上げて、さらに話し続けた。
イサハヤ「僕自身が理解したプロジェクトの事情を、あまり細かく説明し始めると、とても時間が足りないこともよく分かっていました。前回の報告の時、定例的な内容の項目を漏らさず話そうとして、サイゴウさんから注意を受けました。基本的な事柄を押さえつつも軽重をつけて時間を配分すればいい、ということを実感しました。
今回は、皆さんが先刻ご承知の内容は思い切って省きました。そして僕が加える内容についても、言葉を選んで短く伝えられるようにメモを作りました」
明日香「そこまで考えて、準備していたのね。他に考えたことは?」
イサハヤ「いま言ったことで全部です」
明日香「分かりました。ありがとう。ではサイゴウさん、イサハヤくんの今日の報告はどうでしたか?」
サイゴウは、すぐには口を開かなかった。内心、何となく面白くない。しかし、自分が思ってもみなかった内容をイサハヤが進捗報告に盛り込み、それが皆に受け入れられたことは、サイゴウにも分かっていた。イサハヤは、プロジェクトの背景や経緯、顧客のさまざまな部門あるいは協力会社の思惑などを、思ったよりはるかに深く洞察している。そのことを、サイゴウ自身も今日の報告を聞いて初めて知ったのだ。
(こんなことまで見通せるようになっていたのか……)
さらに、今聞いたイサハヤの説明も、サイゴウには驚きだった。グループ・ミーティングを意味ある場にしたい、という思いにおいては、イサハヤは自分よりよほど前向きに取り組んでいる。最年長というだけで、自分には気持ちのおごりがあったのではないか……。
サイゴウは考えを巡らせている。今度は、明日香とイサハヤが、じっと黙って待つ番だ。しばらくの沈黙を経て、サイゴウが口を開いた。
サイゴウ「今日の報告も、言葉遣いや盛り込む内容などは、まったく社内にしか通用しない。まだまだ、対お客様の進捗報告を単独で行えるとは思いません。でも、グループ・ミーティングという場を考えたら、たしかに今日の報告は良かったと思います。いろいろ気になった点については、メモしたので後で渡します」
イサハヤは、意外そうな表情でサイゴウの言葉を聞いていた。明日香は安堵した。頑固そうに見えるサイゴウだが、良かった点は良かったと認めることができる度量の広さも持ち合わせていることを、明日香は以前から知っているのだ。
サイゴウが一定の評価をしたことが分かれば、レビューを終えてよいだろう。そう考えて明日香は、イサハヤを先に会議室から送りだして片付けを始めた。一緒に出ていくと思ったサイゴウは、会議室に残り、明日香に話しかけてきた。
サイゴウ「イサハヤくんが、プロジェクトの背景や、関わる人たちの思惑なども、よく把握していることが分かりました。思った以上に成長していることに、正直なところ驚きました」
明日香は黙って、サイゴウの顔を見た。
サイゴウ「先日来、リーダーから、イサハヤくんに任せてみよう、と言われてきました。それだけでなく、今日は、口出しするな、とも言われました」
明日香は苦笑し、詫びた。
明日香「口封じをしてしまったみたいで、申し訳ありませんでした。イサハヤくんの成長を信じていたんです。これだけサイゴウさんとペアで指導を受けてきたのだから、グループ内の進捗報告であればできないはずがない、と思って。言いかえれば、サイゴウさんの指導を信じているからこそ、です」
サイゴウ「いや僕のほうこそ、黙って見守ることができていなかった、と分かりました。というか、イサハヤくんの中にある力を、信じることができなかった。イサハヤくんの思いや力量を知ろうとしないで、自分のやり方だけを押しつけていた面があります」
明日香「どんな問題にぶつかっても、人は誰でも本来、解決する力を自分自身の中に持っている、ということを私はいつも信じていて。それだけなんです。いろいろと教えたくなるけれど、まずはいったん黙って、相手の話を十分に聞く。それだけで、相手の成長にも気付けるし、必要な指導も見えてくる、と思います。
イサハヤくんは、経験も実績も一番のサイゴウさんからどんどん吸収できるからこそ、成長しているんですよ。これからも、イサハヤくんの話を良く聞いてあげてくださいね」
明日香とサイゴウは、一緒に会議室を出た。サイゴウは、胸のうちで考えていた。
(年下のリーダーと思ってやってきたけれど、朝田さんは着実にリーダーとしての力をつけているんだ。メンバーの力量をよく観察する。そして信じて任せる。僕には欠けている点を教えられた気がする……)
そんなサイゴウの胸の内までは、明日香は知る由もない。明日香がリーダーになって1年が経っていた。
メンバーの自立を考えて接していますか(下)
□傾聴のポイントその1~黙ってメンバーの話を聞いていますか?
□傾聴のポイントその2~相手の言葉をそのままに受け止めて返すことができますか?
□傾聴のポイントその3~問題を解決する力が相手の中にある、と信じて接することができますか?
~原案:株式会社エムズ・ネット・スクエア 講師 樋口敦子~ (文:吉川ともみ)