外資系IT企業の過酷なIT現場を経た同期4人組(現在は研修講師)が執筆します!

第14話:メンバーの力を引き出そう!~コーチングの“キホンのキ”の巻(上)

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 保守運用グループのリーダーである真紀子は、来期の部門予算立案の基礎資料作りに追われていた。昨夜の経営会議で、前提となる経営計画に方針変更が生じたらしい。今朝、真紀子の上司である課長から大至急、作り直すよう指示されたのだった。

 (グループ・リーダーは、課長を支えるという役目もあるんだし。こういう仕事もテキパキこなせて当然よね。クサってる場合じゃないわ)

 真紀子は、黙々と、いつも以上に集中して、資料の骨格となるロジックをあらためて組み立てていた。そこへ、真紀子のチームの若手メンバーであるユザワがやってきた。

ユザワ「あの、ちょっとおたずねしたいことがあるんですが、今いいですか?」

 真紀子はちらりとユザワを見て、またPCに視線を戻しながら言った

真紀子「何かしら?」

ユザワ「ヤマノ・サービスさんに外注していた、総務部の移行データ整備の件です。見積書は先週のうちに購買部に回したんですが、今になってヤマノ・サービスさんから連絡があって。見積工数を変更したいそうです。どうすればいいですか」

真紀子「もう購買部に回してあるのよね。だったら、ユザワさんから購買部に相談してください」

ユザワ「私が直接、購買部と進めていいんですか」

真紀子「もちろんよ。何か問題があったら相談して」

 いったん自席に戻ったユザワは、5分もしないうちにまたやってきた。

ユザワ「あの、たびたび申し訳ありません。購買部が、よほどの理由がないと見積書の差し替えは受けられないと言うのですが」

 購買部としては当然の対応だろう。再び集中を妨げられた真紀子は、内心ウンザリしながら答えた。

真紀子「ユザワさんから購買部に、見積工数変更の事情を説明したの?」

ユザワ「説明したんですが、もっと具体的な裏付けが必要、と言われました」

真紀子「それなら、ヤマノ・サービスさんに、もっと具体的な裏付けがないと見積書は差し替えられない、と伝えるしかないでしょう。双方に確認しながら進めてください。他に、困っていることはない?」

ユザワ「えっと……今は特に……」

真紀子「では、何かあったらまた相談してね」

 ユザワは自席に戻って行った。

 (ユザワさんは、この程度の業務外注マネジメントには、いいかげんに慣れてもよい頃なのに。いちいち、どうして私に確認しにくるのだろう

 真紀子は、自力で考えられないユザワがもどかしく、知らず知らず険しい表情になっていた

 (そういえば先週、ユザワさんが別件で相談に来たときも、こんな感じでイラッときたっけ……)

 そのやりとりというのは、こうだ。

ユザワ「今頃になって総務部から、データベース設計に影響が出そうな要求が出てきたんですが……。どうしたらいいでしょう」

真紀子「それだけじゃ分からないわ。具体的にどういう要求なの?」

ユザワ「実は、旧システムで除外していた例外処理の業務を、新システムではどうしても載せたい、と言われたのです。でも、対象データが古いPCソフトの独自フォーマットで。しかも、重複してあちこちのPCに置かれている状況です。データ量も結構あって…」

真紀子「それは至急対処する必要があるじゃない!」

ユザワ「この業務を組み込むなら、本番日程を含めてスケジュールを見直すべきだと思うのですが……」

真紀子「ユザワさんの立場からはそう思っても、総務部は納得するの?」

ユザワ「本番をずらすのは不可能だと思います……」

真紀子「だったら、まず本番日程をキープする方法を考えるしかないでしょう。データベース設計は、この処理を考慮して現段階で修正する。でもこの業務だけは本番を一段階遅らせる、というならどう? 総務部を説得できる可能性があるんじゃない?」

ユザワ「まあ、そういう可能性もあると私も思っているのですが……」

真紀子「可能性があると分かっているなら、どうして行動しないの?」

ユザワ「はあ……」

真紀子「あなたなら説得できるわよ」

ユザワ「……はい、分かりました。やってみます」

 あのときも、さっきと同じようにユザワは肩を落として自席に戻って行った。真紀子の助言や励ましは、どうもユザワの力を引き出すというより、むしろ逆効果のようにさえ感じられてきた。
 そこへ、社内のチャット・システムを通じて、同期の明日香から連絡が来た。

 先日はありがとう! あの時ご相談した件、思い切って一言かけたら、あっけないくらいに一件落着しました。ご報告兼ねて、今日のランチご一緒できますか?

 真紀子は、イライラした気持ちを切り替えたほうが、午後に一気に資料を仕上げられる気がした。明日香と、1階のロビーで待ち合わせた。

明日香「あら~、どうしたの? 真紀子のその表情、なんだか久しぶり!」
 
 真紀子を見るなり、明日香はにっこりして言った。

真紀子「その表情って?」

明日香「コワイ顔。ほら、新人研修の頃、班の仲間の作業が遅い時とか、真紀子はいつも発破かける側だったでしょ。言うことは正しいんだけど、ちょっと怖いくらいだったよね~。そのときの顔」

 付き合いの長い明日香にあっけらかんと言われると、真紀子はドキッとした。

真紀子「そんなに怖い顔してる?」

明日香「ごめん、ごめん。とにかく、お昼ゴハン! すぐ近くに、新しい和食のお店ができたの知ってる? 2人でも個室に入れるの」

真紀子「それはうれしい! 気兼ねなく話せそうね」

 和定食が運ばれてくるのを待ちながら、真紀子は、先ほどのいらだちを振り返って明日香に話し始めた。

真紀子「……こんなふうにね、細かなことまで、すべて私に確認してくるのよ。どうも最近、そういう傾向がますます強くなってきて、ちょっとがっかり。大きな問題に発展しそうなことは、もちろん相談してほしい。でもそれ以外は、自分で考えて積極的に行動してほしいって、折に触れて伝えているのだけど」

 いつも的確な判断でグループをリードし、実績を上げている真紀子に、そんな悩みもあるのか、と明日香は驚いた。

明日香「前に、グループ・ミーティングが活発な様子を聞いて、すごいな、と思ったけど。その彼女、ミーティングではどんな感じ?」

真紀子「意見が言えないのよ。毎回、こちらからはかなり意見を求めているんだけど。どうして、こんなに受け身なのかしら。そう考えると、明日香のところのメンバーは、みんな自分で考えて行動しているわよね」

明日香「えー、そうかしら? 私が頼りないから、みんながしっかりせざるを得ないのよ、きっと!」

真紀子「ううん、そんなことないわよ」

 そう言いながら、真紀子は思った。

 (たしかに、メンバーよりも、明日香と私という、リーダーの違いかもしれない)

(下 へ続く)

相手の力を引き出すコーチングの“キホンのキ”(上)
□ポイントその1~メンバーの様子を見ながら、話を聞いていますか?
□ポイントその2~メンバーの思考のペースに合わせて、問いかけを行っていますか?
□ポイントその3~相手の言葉だけではなく真意に耳を傾けていますか?

~原案:株式会社エムズ・ネット・スクエア 講師 池田典子 (文:池田典子 & 吉川ともみ)

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