外資系IT企業の過酷なIT現場を経た同期4人組(現在は研修講師)が執筆します!

第15話:上司を動かそう!~フォロアーシップの巻

»

 火曜日の朝。営業グループ・リーダーの草一郎が出社して自席に着くと、すぐにメンバーのウエノがやってきた。

 ウエノ:「おはようございます!」

 草一郎:「おはよう!」

 ウエノ:「朝から早速ですが、青山商会さんの件でご相談があるのですが」

 草一郎:「青山商会さんね。昨日、定期訪問に行ってくれたんだよね」

 草一郎は、ウエノの顔を見て答えながら、引き出しからPCを取り出して電源を入れた。

 ウエノ:「はい。弊社のサポートについてご不満がないかどうか、ざっくばらんにお聞きしました。問題は特になかったのですが、ご担当のタナカさんから、耳よりな話を伺ったんです」

 昨日、ウエノがタナカから聞いた話によれば、青山商会ではこれまで、IT専用要員を採用していない。他部門からIT部門に異動してきた社員が、外部の研修を受けて業務に当たっている。一応、各社内システムに自社要員が配されてはいるが、ITスキルはどうしても限られる。実際にはITサービス各社に、個別プロジェクトという形で、かなりの実作業を任せている現状である。複数のベンダが出入りしている状況で、外注管理が難しい。自社IT部門社員のモチベーションも上がらず、人員配置に苦労している。そこで、IT業務を今後、全社一括で一社に外部委託できないか検討中である。

 ウエノ:「全社一括でIT業務を依頼するからには、何よりも信頼できる会社に、とタナカさんも上司も考えているようです。現在、国内のベンダに限らず、最適な業務委託先を幅広く調査検討しているそうです」

 草一郎:「タナカさんがそこまで話をしてくれるとは、うちの会社を信頼してくれているからこそだし……。これは、大きなビジネス・チャンスだね!」

 ウエノ:「僕もそう思います!」

 ウエノは、ちょっぴり誇らしげにニコニコしている。

 草一郎:「現在、わが社では、今回のような全社一括請負の事例はまだない。早速、カンダ課長に相談に行こう!」

 草一郎とウエノは、勇んで、上司である営業部課長カンダのところへ相談に行った。

 カンダ:「たしかに、いいビジネス・チャンスだけどね。肝心のわが社のシステム部に、一括アウトソーシングを受けられる体制がないんだよなぁ。まずは、システム部を動かす必要があるね。今度、この青山商会さんの話を例に挙げて、営業部長に相談してみるか。

 今日はこれから、フユヤマ・ホールディングスさんの入札だから。この入札が一段落したら、システム部にもコンタクトしておくよ」

 フユヤマ・ホールディングスは大顧客である。入札期限が迫っていることも、営業部周知の事実である。しかし、草一郎は焦った。

 (そうか、カンダ課長にとって青山商会は、今はまだ大きな顧客という認識がないんだ。確かに、現在受注している業務は小規模で、課の売り上げの中で大きな比率を占めているわけではない。でも全社一括請負となれば、大きなビジネスになる。もう青山商会は業務委託先を探し始めている。すぐにでも提案をしないと、他社に先を越されてしまうだろう。

 カンダ課長は、フユヤマ・ホールディングスのことで頭がいっぱいだ。今はいったん引き下がって、ウエノさんと準備しよう)

 草一郎は、拍子抜けした様子のウエノを促して、自分たちのグループの席に戻った。

 草一郎:「ウエノさん。カンダ課長はフユヤマ・ホールディングスの件に集中しているからね。さっきはああ言っていたけれど、大丈夫。これは、青山商会さん1社にとどまらない大きな話になるからね。経営陣にもアピールできる大きな案件だと分かれば、課長も動いてくれるよ

 ウエノは、草一郎の話が分かったような分からないような表情だ。

 草一郎:「とにかく大至急、青山商会に持っていく提案を準備しよう。僕は、現状でどんなアウトソーシングに対応可能か、システム部にコンタクトする。ウエノさんはタナカ氏の話を手掛かりに提案書の枠組みを作っておいてくれる?」

 ウエノ:「はい!」

 草一郎:「青山商会さんで、他のベンダが担当しているシステムの概略は、ある程度分かっている?」

 ウエノ:「そのへんは、昨日タナカさんが見せてくださった資料のメモがあります。持ち帰ることは許してくれませんでしたが、ある程度のメモは黙認してくださったので」

 草一郎:「よし! それをもとに、全社一括請負のイメージを具体的に描いてほしい。わが社のサポート体制については、ウエノさんの漠然としたイメージのままでいいから」

 ウエノは、目を輝かせ、早速作業にとりかかった。草一郎も、システム部技術ソリューション課のグループ・リーダーをしている同期の明日香に、相談のメールを送った。

 ウエノは、進めている作業について、いくつか草一郎に助言を求めてきた。草一郎はそのたびにヒントを与え、ウエノは着々と提案を固めて行った。そこへ、明日香から返信メールが届いた。

草野リーダー

 

 技術ソリューション課の中田です。ご相談の件、とりいそぎ返信します。

 全社一括アウトソーシングを請け負える体制作りは、今後のわが社のビジネス上とても重要、と私も認識しています。

 青山商会さんは、私のグループのメンバーがサポートに入ったことがあります。彼に確認したところ、異動が多く人材が定着せず、高いスキルを持つ自社要員がいないそうです。そのため、スポット的なヘルプも難航したそうです。一括請負にすれば、お客様のメリットは大きい事例と考えられます。

 早速、当課のミヤザキ課長に相談の上、システム部で以下について概略を調査します。

  • 他のお客様のアウト・ソーシング・サポートの状況(件数、システム規模、アプリケーション、担当要員など)
  • 現在実行可能なアウトソーシング・メニュー
  • お客様からのニーズが今後予想される重点分野とその対応

 以上のような内容でいかがでしょうか。
 これでよろしければ、今日の夕方までに連絡できます。よろしくお願いします。

中田明日香

 (さすが明日香だ。グループ・リーダーでありながら、ビジネスを全社規模でマネジメント的な視点から捉えている。これだけ調べてもらえれば、課長を動かせる情報をそろえられる。ありがたい!)

 草一郎は、明日香の援助に大いに力を得て、短い感謝のメールを返信した。

 翌日の朝。草一郎は、カンダ課長の出社を待ち構えていた。小柄なカンダは、首筋の汗を拭きながら、早足でオフィスに入って来た。昨日、カンダはフユヤマ・ホールディングスから直帰したので、入札の様子はまだ分からない。

 草一郎:「おはようございます、課長!」

 カンダ:「おぉ! おはよう! お出迎えとは、これはまた」

 カンダがおどけてみせた。彼は、いわゆる典型的な営業マン・タイプである。いつも威勢がよく、上機嫌に振る舞う。周囲を明るく盛り上げる心掛けは、草一郎が常々見習いたいと思うところである

 草一郎:フユヤマ・ホールディングスさん、どんな感じでしたか

 カンダ:「上々よ、上々!……といいたいところだけどね、なかなか今年は厳しいね。見積もり条件が、すごい締め付けよ。でも、めげませんよ~わが社は。敵を知り、己を知れば、百戦危うからずってね! はっはっは」

 草一郎:「なかなか、簡単に一段落とはいきませんね。そんな時になんですが、昨日のご相談の続きで10分ばかり、お時間いただきたいのですが」

 自席へと歩きながら、カンダは草一郎を見た。

 カンダ:「青山商会さんの件ね? いまここで聞くよ」

 カンダは、自席に座ると、鞄の中身を机の上に広げて整理しながら、草一郎の話に耳を傾けた。

 草一郎:「昨日、システム部に、わが社のアウトソーシング・ビジネスの現状を問い合わせました。そうしたら、現時点で可能なサポート体制や、お客様からの要望の多い分野まで、こんな感じにまとめてくれました」

 草一郎は、明日香から昨日のうちに送られてきたA4の1枚の資料を示した。カンダは、すぐ手にとって目を通した。

 カンダ:「ほぉ。ま、現状はこんな感じだよね。それにしても、システム部がずいぶんスピーディーにまとめてくれたもんだね」

 草一郎:「アウトソーシングは今後の重要なキーだ、という認識がもともとあったので、話が早かったです。実際に青山商会さんの話が進んだとしても、システム部は前向きに取り組んでくれる感触です。

 青山商会さんへの提案資料は、ウエノ君が細部を詰めていますが、大体こんな感じです」

 今度は、ウエノがまとめている最中の提案書のパワーポイントの骨子を、かいつまんで見せた。カンダは、身を乗り出してきた。

 カンダ:「これは、相当なビジネスになるね……。これ、ウエノ君が作ったの?」

 そう言いながら、カンダは画面に顔を寄せ、現在他社が受注しているシステムを含めたシステム全体図を凝視した。

 草一郎:「そうです。ウエノ君が、先方の担当者から、うまいこと現状を聞き出してきました。いまわが社が受けている部分はごく一部なんです。全社一括となれば、わが社最大のアウトソーシング事例になります

 カンダ:「しかも、アプリケーションのバランスがいいねぇ。横展開のイメージがすぐ湧いてきちゃうねぇ」

 草一郎:「おっしゃるとおりなんです。そこでご相談ですが、まず青山商会さんの商談を取れば、これを皮切りにアウトソーシング・パッケージの販売に展開できます。ウチの課の成績に寄与するのはもちろん、わが社としても大きなチャンスだと思います。システム部も、アウトソーシング・ビジネスに対しては機運が高まっています。

 ぜひ、経営陣にアウトソーシング・パッケージの横展開を提案することを視野に置いて、この商談を成功させましょう」

 昨日、草一郎がウエノを連れて相談に来た時には、カンダはそれほど大した話とは思わなかった。しかし、草一郎が他部署にいちはやく働きかけ、協力をとりつけている様子を見て、これはたしかに大きな話だ、と感じた。

 カンダ:「よし、ここは動くか」

 カンダが腰を上げれば、話は一気に進む。カンダは営業部長にかけあい、あっという間に、青山商会への提案書を作成する臨時チームを編成した。システム部によるフォローはもちろん、広報部門まで動かし、原案を作ったウエノが唖然とするほど見事な提案書ができた。青山商会のタナカに対し、カンダ、草一郎、ウエノの3人で提案書を説明に行くまで、3日しかかからなかった。

 タナカ:「いやぁ、驚きました。これはすごい。わが社のIT業務の課題を、お見通しですね。ここまでの話となれば、ぜひ直接に弊社部長のナツカワに説明していただきたい。なんとか貴社にお任せできるよう、私も頑張りますよ!」

 翌週、青山商会のナツカワ部長に対して、プレゼンテーションを行った。担当営業のウエノは、ビッグ・ビジネスに頬を紅潮させつつ、コンパクトに要領よく説明した。他社より二歩も三歩も先んじた動きが功を奏し、その場でナツカワ部長の内諾が得られた。

 プレゼンの帰り道、3人で立ち食いそばをすすりながら、草一郎はウエノに話しかけた。

 草一郎:「ウエノさんの勘が見事に当たったね。こんな大きな商談がトントン拍子に運ぶなんて、僕も初めてだよ! 見事なプレゼンだったよ」

 ウエノは照れつつも、満面の笑顔を見せた。しかし、カンダは、その草一郎の様子に舌を巻いていた。

 (おとなしい男だが、コイツはえらく成長した。こっちがフユヤマ・ホールディングスの入札に気を取られていたら、素早く自分で動いて他部門を口説いた上司の状況を慮って、必要な情報を先手を打ってそろえてきた。しかも、ここまで周到にお膳立てしながら、プレゼンは若いウエノにやらせた。普通はできることじゃない。コイツは度量が大きい。大きな仕事を任せられる男だ)

 それからしばらくして、年度末を控えた営業部。カンダ課長が、草一郎を呼んだ。

 カンダ:「まだ内密の話だが、先日の経営会議で、次期からアウトソーシング部という部門が新設されることになった」

 草一郎:「え? アウトソーシング部ですか。青山商会さんがきっかけの例の件、もう上が動いたんですか」

 カンダ:「そのとおりだよ。青山商会さんのサポートチームごと、その部の中に移って、増員される。営業とエンジニアの混成の課だよ」

 草一郎:「それは動きやすくなりますね」

 カンダ:「君が、その課の課長に内定したよ」

 草一郎:「……僕が……ですか?」

 カンダ:「そうだよ! おめでとう!」

 草一郎の手を、カンダがしっかりと両手で握った。

上司を動かそう!~フォロアーシップを発揮するポイント
□普段から上司に相談しやすい関係をつくってありますか?
□自分の1つ上の立場から、今の自分の仕事を考えてみたことがありますか?
□上司が動きやすいように準備をしてから、相談をしていますか?
□上司の時間をムダに使わないように気をつけていますか?

~原案:株式会社エムズ・ネット・スクエア 講師 樋口敦子 (文:吉川ともみ)

Comment(0)