外資系IT企業の過酷なIT現場を経た同期4人組(現在は研修講師)が執筆します!

第6話:“困ったちゃんをどうしよう!”の巻(上)~「フィードバックの基本ポイント」(その1・上)

»

 未明からの雨で、路面が黒く濡れている月曜日の朝。草一郎がリーダーを務める営業グループでは、定例の月曜ミーティングのためにメンバーが集まっていた。

 今日は、メンバーのスガモが、先週出席した新製品の販売戦略会議の報告をすることになっている。草一郎は、スガモが先週、苦心して時間をやりくりして準備していたことを知っていた。

 定刻になったが、スガモはまだ来ない。実は、スガモの遅刻癖はグループ内では周知の事実で、草一郎の頭痛のタネなのだ。

ウエノ「まったくどういうつもりなんだろう!」

 小声でつぶやいたウエノは、ボールペンの頭をカチカチ鳴らしている。

オオサキ「きっと言い訳はいつもと同じ。『目の前でバスが行っちゃって』じゃないの」

ウエノ「雨の月曜なんて、バスも電車も遅れる可能性があることくらい、誰だって分かるよ。僕だって、早く出たのに車両故障だぜ。途中で降りて、違う路線の駅までタクシー飛ばして、なんとかこのミーティングに間に合ったんだよ!」

オオサキ「大変でしたね。ウエノさんが遅れそうになるくらいなら、スガモさんが間に合うわけないか。次からはスガモさんが報告者の時は、ミーティングを午後にするとか」

ウエノ「何言ってるんだよ。だいたい僕たちは営業だし、どこに行くにも複数の経路を調べておくぐらい常識でしょ。まして、ここは自分の会社だよ! 多少の交通事情なんて言い訳にならない! まったく、週明けからやる気なくなるよ!」

 ウエノは真剣に腹を立てている。当然だろう。オオサキとシブヤは気まずそうに苦笑いしている。いよいよ、このままではまずい、と草一郎は思った

 スガモの遅刻は、このグループに配属された当初からのことだ。遅刻を除けば仕事はしっかりこなす。堂々と遅れてくるわけではなく、とても済まなそうな様子で遅れてくる。毎度何らかの言い訳をして、「申し訳ありませんでした」と謝り、本当に反省している様子でうなだれる。

 草一郎は再三、注意してきた。しかし相変わらず、しばしば遅刻が見られるのだった。

 仕方なく、いつもはミーティングの最後に行う伝達などを先に行うことにした。

 30分ほど経ち、ようやくスガモが汗だくでミーティング・ルームに飛び込んできた。平謝りに謝りながら、てきぱきとPCをセットした。ホチキスできれいに片隅をとじた資料を皆に配布し、汗を拭きながらすぐ報告を始めた。

 1時間の予定が半分になってしまったが、内容は要を得ていて不足は感じられなかった。配布資料もコンパクトにまとめられ、とても分かりやすい。最初はぶ然として腕組みをしながら聞いていたウエノも、いつの間にか熱心に聞いている。質疑応答の時間をぎりぎり3分残して説明を終えたスガモに、ウエノから詳細な質問が出た。スガモは手元の参考資料から関連データをすぐに見つけて、的確に回答した。ウエノも納得してうなずいた。

 ミーティングが終わり、誰もスガモの遅刻を改めて責めることもなく、みな席を立った。

 (スガモさんは、いつもこうだよな)

 草一郎は思った。

 (スガモさんは、グループ内ではなんとか遅刻を挽回している。マイナスをゼロか、場合によってはそれ以上にカバーする力はあるんだ。今日だって、あれだけムカっとしていたウエノさんも一応納得した。だからといって、今回はどうしても放っておくわけにはいかない)

 草一郎は、ミーティング・ルームに残ってPCを片付けているスガモに声をかけて、別室に呼んだ。

草一郎「さっきは報告お疲れさま。スガモさんは、説明がうまいね」

スガモ「……時間が少なくなってしまって、皆に申し訳なかったです。もっとお伝えしたいことも用意していたけど、とにかくポイントだけは落とさないようにしました。とっさに話を組み立て直しながら話しました。いつも遅れてばかりで申し訳ありません」

草一郎今日この部屋に来てもらったのはね、そのことだよ。実は先々週、ウエノさんもね、あの販売戦略会議に出たいと言ってきたんだ。ご存じのとおり、1名という制約があったから出してあげられなかったけど。だからウエノさんは、スガモさんの報告に人一倍、期待していたんだよ。今朝はウエノさんの乗る電車が乱れていて、タクシーまで使って何とか間に合った、とも言ってたよ」

スガモ「そうだったんですか……」

草一郎「今日スガモさんが着いたのは、定刻から30分も過ぎていたよね」

スガモ「起きてはいたんですが……家を出るのが何だか遅くなって……。何度も何度も注意されているのに、直らなくて申し訳ありません」

草一郎「これだけ注意して直らないとなると、正直なところ僕にもどうしたらいいか分からない。ウエノさんだけじゃない、皆が30分待たされた。遅刻は他人の時間を奪う、と前に伝えたはずだ」

スガモ「……もう一度、皆に謝ります」

草一郎「いま謝っても、皆とっくに気持ちを切り替えて仕事をしているだろう。それより、グループに与える影響を考えてほしい。例えば、遅刻した時にスガモさんが遅れた事情を説明しているのを、シブヤくんみたいな若手はどう受け取るだろう? “自分も遅れたらこういう言い訳をすれば許してもらえる”という意味で受け取ってしまうかもしれない」

スガモ「……」

草一郎「度重なる遅刻が、グループの仕事に対する緊張感にどれほど影響を与えているか、スガモさんなら分かると思うけど」

スガモ「……責任を感じています。今日も、せめて制限時間を守って良い報告をするしかないと思って……」

草一郎「確かに報告の内容は良かったよ。でも、こんなことを繰り返していると、いくらスガモさんでもカバーできないことが起きるかもしれない。どうして遅刻してしまうのか、本当の原因を考えてほしい、と前回注意した時に言ったよね。何か思い当る原因や対策は考えた?」

スガモ「……遅刻癖の克服に関係のありそうな本を、図書館で片っ端から借りて読みました。遅刻常習者にありがちな行動の癖とか、考え方の癖とか、自分も思い当ることがいくつかありました」

草一郎「それは、どんなこと?」

スガモ「僕の場合、いざ出かけるための準備を始めるのがあまりに遅い、という、情けないくらい単純な理由が大きいです。それと、早く着いて自分が待つ時間は無駄だと感じるくせに、待たされる側の気持ちを切実に感じられないことも、自覚しました。今後は、常に30分早めに到着するように時間を計算して行動します」

草一郎「よし、1カ月間、様子を見ましょう。今日は、もうこれ以上放っておけないと思って、この部屋に来てもらった。そのことを忘れないで、もう二度とないように

スガモ「……自分で自分が情けないです。ご迷惑をおかけして申し訳ありません」

 スガモはもう一度頭を下げ、部屋を出て行った。草一郎は、今回は思い切って踏み込んで注意したつもりだ。それでも、これでスガモがもう二度と遅刻しないだろう、という確信は持てないのだった(下に続く)。

まとめ:グループの士気や人間関係に影響する問題行動をしているメンバーに対する、フィードバックの基本ポイント(上)

□評価や判断をする前に、「なぜメンバーがその行動をとるのか」、メンバーとともに真の原因を追究していますか?

□メンバーの行動がグループの業績に支障を与えていた場合、支障を取り除くための建設的な伝え方を考えましたか?

□フィードバックしたことで、メンバーは自分の行動がグループに与えている影響を理解しましたか?

□メンバーが明日から変えるべき行動の実行計画を立てて共有しましたか?

~原案:株式会社エムズ・ネット・スクエア 講師 樋口敦子~ (文:吉川ともみ)

Comment(0)