外資系IT企業の過酷なIT現場を経た同期4人組(現在は研修講師)が執筆します!

第5話:“運用部門の若手メンバーの疲弊”の巻(下)~モチベーションを上げるには

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 翌朝のウオヌマは、細かい模様の入ったワイン色のネクタイで出社してきた。華やかなネクタイのせいか、それとも髪が整えられていたせいか、前日より元気に見えた。でも机の上の書類の山はいっこうに減らず、3~4日するとまた、寝癖のついた髪のままなりふり構わなくなり、連日の残業も元通りになってしまった。

 「ぼくの仕事は全然報われない気がする」「ここ以外の仕事に変わりたい……」。そうつぶやいた、あの晩のウオヌマの姿が重なる。

 真紀子は、明日香や草一郎からのメールをもう一度開いて、考えた。

 (一度話を聞いてあげたくらいでは、彼のモチベーションは復活しそうにない。ウオヌマくんはきっちり仕事をするし、わたしは信頼も評価もしているつもり。でも、いまのままだと、彼はきっと燃え尽きてしまう。仕事ぶりを評価してもらえた、という気持ちにするにはどうすればいいだろう?)

 草一郎は、真紀子たちの保守運用の仕事について「区切りもつきにくいし、ゴールがあるわけじゃないし、やりがいも目に見えない感じ」と指摘していた。

 (確かにウオヌマくんは“ぼくの仕事はキリがない”と言っていたわ。“報われない感”を払拭して、1つのキリをわたしがつけてあげるとしたらどうしたらいいかな)

 真紀子はいろいろ考えて、リーダーの自分にできることをまとめてみた。

(1)改修が終わるたびに感謝の言葉を伝える

 (いままで、仕事の速さや正確さが特に目立ったときにはちゃんと評価してきたつもりだけれど、日ごろから“ありがとう”とか“助かったわ”というような感謝の言葉は、あまり気にしていなかった……)

と真紀子は我が身を振り返った。“感謝を伝える”となれば、

 (ウオヌマくんの改修で実際に仕事がやりやすくなるユーザーも、きっと感謝の気持ちを持っているんじゃないかしら。伝わっていないだけかも)

 真紀子はさらに書き出した。

(2)ユーザー部門との関係強化を働きかける

 (感謝されればやっぱり嬉しいし、良い関係ができれば、急な改修依頼を受けても気持ちの負担もまた変わるかもしれない。率直に、業務部に説明して頼んでみよう)

 決断力と行動力は真紀子の強みである。思いついたその場で、業務部リーダーのムラカミに「貴部門との関係強化の件」と題してメールを書いてすぐ送信した。するとすぐにムラカミから電話がかかってきた。

ムラカミ「メール読んだよ。そのとおりだね。いい関係を作るには、日々の感謝の気持ちを伝えることが大事だよね。実際、特にウオヌマくんに頼んだ改修は、かゆいところまで手が届いて使いやすい、と評判がいいんだよ。この件、うちの部門内でもちゃんと確認して、折り返し改めてメールするよ」

 真紀子は気分を良くして、さらに考えた。それぞれ自席でPCに向かっているメンバー全員をそれとなく見渡す。

 (それにしても、うちのメンバーの中で明らかにウオヌマくんが突出して残業が多いのよね。常にオーバーワーク気味なのは、ウオヌマくんの側にもやはり理由はある。あの晩は、気持ちを吐きだしてほしいから黙っていたけれど、わたしの気付いていることを伝えてみよう)

 そして真紀子は、もう1項目書き加えた。

(3)案件をすべて引き受けるのではなく優先順位づけをすることを伝える

 (仕事が多いときほど、優先順位づけが大切だけど、ウオヌマくんはもしかしたら手当たり次第に引き受けているのかもしれない。優先順位をつけてスケジュールを共有すれば、自分も相手もずっと気持ちよく確実に仕事が片付くということを、まだ経験したことがないのかも。よし、ウオヌマくんをカフェテリアに誘って話してみよう!)

 そう決めると、真紀子は立ち上がった。

 カフェテリアには夕方の柔らかい日差しが注いでいた。

真紀子「さっきね、ムラカミさんと話をしていたら、ウオヌマくんの担当した改修が業務部内で好評なんだよ、って言っていたわ」

と切り出すと、ウオヌマの顔がほころんだ。

 (ウン!いい感触だわ!)

 ほぐれたところで、改修案件をどのように受けているか、と尋ねてみた。

ウオヌマ「これは一番頭の痛い問題なんですよ。ぼくからみれば、やっぱり使い勝手に特に影響のあるところが大事だと思うけれど、業務側はどれもこれも大事だ、といってくるのでよく分からないんです。全部やってあげなきゃと思ってしまうんです

真紀子「どれも大事と言われても、日程が立て込んでいるときは優先順位をつけて片づけるしかないわよね」

ウオヌマ「分かってはいるつもりですが……頑張って仕上げたら、別の方を先にやってほしかったのに、と言われたりして……」

真紀子「ウオヌマくんが考えた優先順位を、業務部と合意することが必要みたいね。スケジュール調整も、ウオヌマくん自身が交渉していいのよ。どれも受けてくれるけれど、いつできてくるか読めない、と思うから業務部側も“どれもこれも大事”なんて言うのかもしれないわ」

 ウオヌマは首をかしげて考えている表情だ。

 (いま言葉で全部説明しようとするより、実際にそういう場面でわたしが指摘して、継続してフォローしていかなくちゃならないみたい)

真紀子「忙しいところ、時間取ってくれてありがとう。あのね、チームでメールの返信が一番早いのは、だいたいウオヌマくんなのよ。誤字1つないし、わたしはとっても助かってるの。ウオヌマくんは信頼できる大事なメンバーよ!

 ウオヌマは真紀子よりさらに背が高い。真紀子はちょっと背伸びして、ウオヌマの肩をポン! と叩くと、ウオヌマは照れたように少し笑顔をみせた。

 2週間後。先月から取り組んでいた中規模の改修作業を終えて業務部に説明に行っていたウオヌマが、にこにこしながら真紀子のところにやってきた。

ウオヌマ「ムラカミさんから、改修の打ち上げをするからゲストとして是非! と誘われたんです。きめ細かい改修ですっごく使いやすい、って感謝されちゃって!」

 早口で報告するウオヌマは、いつ行ったのか久しぶりに髪の毛もカットしたらしくピシッとして、さわやかな深いグリーンのネクタイがよく似合っていた。

まとめ:モチベーションを上げるには

□リーダーからの働きかけをしていますか?

□第三者からの働きかけも有効なことに気づいていますか?

□本人の仕事ぶりに改善点はありませんか?――他部門との交渉において、一方的に引き受けず相手の真意を聞き自分も意見を言って合意に至ることが大切です

~原案:株式会社エムズ・ネット・スクエア 講師 津山元子~ (文:吉川ともみ)

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