外資系IT企業の過酷なIT現場を経た同期4人組(現在は研修講師)が執筆します!

第5話:“運用部門の若手メンバーの疲弊”の巻~モチベーションを上げるには(上)

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 保守運用チームでは社内初の女性リーダーとして2年前から活躍している真紀子は、日ごろから明日香にも何かと頼られている存在だ。

 (あら? またウオヌマ君だけ返信が来ていない。いつもは簡単明りょう・迅速返信なのに、このところやけに返信が遅いわ)

 真紀子は、机4つを隔てた通路側の自席にいるウオヌマの姿をあらためて、それとなく眺めた。頭の後ろに寝癖がついている。ネクタイはブルー系のストライプ……あらま、昨日とまったく同じネクタイねぇ。机の上には乱雑にクリアファイルや資料が積み上げられ、一部は崩れかかっている。坊っちゃんぽくって色白で、いつも清潔で整理整とん上手のウオヌマくんらしくない……なんだかずいぶん疲れているみたい

 定時を過ぎた。今日はオフィスから人がいなくなるのが早い。ふと顔を上げると、真紀子のチームで残っているのはウオヌマだけだ。真紀子は急に思い立って、机を片付けてからウオヌマの席に歩み寄った。

真紀子「ねえ、ウオヌマくん。いま大丈夫?」

ウオヌマ「は? ……別に……」

真紀子「この近くの、駅に行くときと反対側の路地にね、気になる地酒が並んでいる店があるのよ。ちょうどわたしはキリがいいから、このあたりで切り上げてちょっと行ってみようかなって。たまには一緒にどう?」

 ウオヌマは年の割に舌が肥えていて、特に日本酒にはうるさいらしい。

ウオヌマ「そういえば、最近、全然飲みに行ってない……でも、資料がまだできていないし……」

真紀子「いつ出す資料なの?」

ウオヌマ「来週の月曜日です」

真紀子「たまには、パッと切り上げて帰る日があってもいいんじゃない。そのほうが翌日頑張れるってこともあるわよ」

ウオヌマ「たしかに、もう3時間くらい堂々めぐりしていたところです。これ以上やっても今日は進まないですね……」

 取りあえずオフィスから連れ出すのは成功だ。あとは、うまく話を引き出せるかだわ……と、真紀子はちょっと気を引き締めた

 思った以上に居心地の良い店だった。メニューにもウオヌマの好みの銘柄が揃っているようで、控えめながらもうれしそうに杯を口に運んでいる。毎日昼食はどこで食べているか、とか、好物は何か、などなど、真紀子はたわいもない話題を選んだ。小1時間ほどすると、しばらくウオヌマが黙った。真紀子はウオヌマが話しだすのを待った

ウオヌマ「……美味しい。ゆっくり味わうなんて、なんだか忘れてた。とにかく残業と休日出勤ばっかりで……」

真紀子「がんばってるわよね。何が一番時間かかるの?」

ウオヌマ「時間かかる、ということじゃなくて、とにかく毎週何かしら保守案件が降ってくるんですよ。やってもやっても、積み残しが増えていく感じです。テスト環境やデータもこっちで作らなきゃならないし。それでもなんとか仕上げるんですけど。できたらできたで、感謝の一言もなくて。じゃああの件はまだか、早くしろって」

真紀子「……」

ウオヌマ僕の仕事はキリがないし、全然報われない気がする。正直なところ、どこでもいいからいまやってること以外の仕事に変わりたい、と思い始めていて……」

 そこまで思いつめているとは気付かなかった、と真紀子はちょっと動転した。きびきびした仕事ぶりが見られなくなったのは、仕事に対するモチベーションを見失っているからなんだ。ウオヌマ本来のやる気を引き出すには、なにができる? ……ウオヌマの言葉が途切れた後も、真紀子はしばらく黙っていた。

ウオヌマ「でも今日はうれしかったです。自分から切り上げることがなかなかできないから、声をかけていただいて。それにこんな愚痴もつい……いうつもりはなかったんですけど……でも話したら、なんだかすっきりしました」

 その声の調子は、以前の明るいトーンに少しだけ戻っていた。

 ウオヌマとは家が反対方向なので、駅で別れた。帰りの電車の中でも真紀子は、ウオヌマがこんなに思いつめるまで気付かなかったことを悔んだ。何か兆候があったはずなのに、と自分が歯がゆかった。思わず、草一郎と明日香の個人アドレスあてにメールを送ると、すぐに着信ランプが光った。

「真紀子さん:草一郎です。確かに、ボクら営業はノルマという目標がはっきりあって、やればやっただけ数字で結果が見えて、給料にも反映されるから。それになんといっても契約が取れると一段落で、ホッとできるからね。その点、保守運用は地道な仕事で区切りもつきにくいし、ゴールがあるわけじゃないしね。やりがいも目に見えない感じはあるよね。保守運用の担当者は辛いかも……」

 そうなのよね。わたし自身、そう感じた時期もあったっけ……真紀子が記憶をたぐろうとすると、また着信ランプが光る。

「真紀子さん:明日香です。ついこないだまでメンバーだったわたしの立場から考えると、カギは『報われない』という言葉にあるんじゃない? 目に見えにくい分、リーダーの真紀子や、仕事を頼んでいる業務部側が、その部下くんの仕事ぶりをきちんと評価してあげる必要があるんじゃない?!」

 (リーダーとしては新米の明日香だけど、彼女はいつも細やかに人のことを見ているから、気持ちの落ち込みには敏感だろうな。たしかに、わたしは業績にばかり目を向けて、大切なところを見落としているのかもしれない……)

 ふと前の座席を見ると、若いビジネスマンが読みかけの資料を手にしたまま居眠りをしていた。ウオヌマくん、明日はどんな顔で出社してくるかしら。真紀子は、明日はいつもよりちょっと早めにオフィスに入ろう、と思った。

まとめ:メンバーのモチベーションに注意を払おう

□メンバーの状況に関心をもっていますか?

□モチベーションが下がっているときに、どうしたらモチベーションが上がるかを考えていますか?

□モチベーションを上げるには、その人が何に関心をもっているかを知ることが大切です

~原案:株式会社エムズ・ネット・スクエア 講師 津山元子~ (文:吉川ともみ)

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