第4話:リーダーの想いをメンバーに伝えよう!
風邪で休んだサクラジマの担当顧客からの問い合わせに対応するために、新任リーダーの明日香が半日をつぶした翌朝。彼は、まだ長い残暑が続く時期に不似合いなマスク姿で、出社してきた。
サクラジマ「朝田さん、おはようございます。青山商会さんの件、メールで読みました。かなりのところまでフォローしていただいて申し訳ありません。これから対応します」
明日香「まだ辛そうね。出てきて早々だけど、よろしくお願いします。……意外かもしれないけれど、昨日のこと、わたしはむしろ感謝しているのよ。わたしたちのチームにとって大事なきっかけを与えてもらったの」
サクラジマ「大事なきっかけ?」
(わたしたちのチームは、それぞれが異なる案件を担当しているけれど、もっとチームの一体感を感じられるようになる方法があるかもしれない……)
その日、明日香は、真紀子が実践しているペア制をヒントに、新たなバックアップ体制の案を考えてみた。今回の件をきっかけととらえて、風邪を引いては急に欠席するサクラジマと、一番年少で比較的いつも手があいている上に好奇心おう盛なサセボでペアを組む。そして、明日香が助言しながら互いの案件をカバーできる体制にトライする。この案なら無理がなさそうだ。簡潔な1枚の資料にまとめた。
早速次のチーム・ミーティングで提案し、サクラジマとサセボのペアがスタートした。半月ほどすると、2人が予想以上にうまくカバーし合えるようになってきたので、他のメンバーもそれぞれペアを組むことになった。1カ月のうちには、チーム内のバックアップ体制が何とか機能し始めた。
すると、いままでになかった光景も見られるようになった。
メンバーからの発案で、ペアが隣席になるように模様替えをして間もない、ある日。
サセボ「……(ため息)……どうしてなんだろう……」
サクラジマ「(サセボのPCの画面をチラリと見て)どうしたの?」
サセボ「今度のバージョンで出たばかりの例の新パラメーターなんですけど。サンプルどおりに指定したのにどうしてもうまくいかなくて。なんだか頭が煮詰まってきちゃいました」
サクラジマ「どれどれ」
明日香自身がメンバーだったころは、「わたしが育てられているこのチームは、新しい技術にトライしていく熱意が会社の中でもピカイチで、有能なメンバーがそろっている!」と、ひそかに誇りに思っていた。ただ、それはメンバーそれぞれが自分の向上心と好奇心に動かされているという想定だった。
いま、サセボがトライしている新機能は、正直なところ彼女の技術力で組み込むのはかなりハードルが高い。でも、サクラジマの手助けがあれば不可能ではないし、サクラジマにとっても新しい知識を実装レベルで試せるチャンスになる。
(こういうプラスの刺激や喜びをチーム全体で共有できたらいいなぁ……)
そう思うと、2人の姿は、明日香にとっては、ひときわ印象的な光景だったのだ。
そのとき、明日香の中で、これまでは気付かなかったことがひらめいた。
(いま、このチームのメンバーがこのチームを誇りに思うことはあるのかしら? みんなもわたしと同じような誇らしい気持ちを感じてくれているかしら?)
急に内線電話が鳴り、明日香はあわてて受話器を取った。同期で、たまたま現在は今屋部長の秘書を務めている友紀絵だ。
友紀絵「元木友紀絵です。急だけど、1分で終わるから。これから今屋部長のお使いで急ぎの届け物に行くことになって、お昼は外食のほうが都合がいいの。買ってきておいたわたしのお弁当が浮いちゃうし、せっかくだから、たまには明日香が今屋部長のお隣でこのお弁当食べない? 明日香なら、きっと部長も喜ぶと思って!」
明日香「何それ(笑)! でも、お誘いうれしいわ。ちょうど部長にご相談したいこともあるし」
友紀絵「何だか申し訳ないけど、じゃあ今屋部長に、お昼に明日香が来るってお伝えしておくわ。お弁当はわたしの席に置いておくから。ご存じのとおりウチの部署の昼休みは、愛妻弁当の今屋部長以外は誰もいないから、ご遠慮なくね~」
明日香たちが入社した当時、上司だった今屋部長はどのようにメンバーを導いていたのだろう? 特にいままでは意識しなかったが、なぜ明日香は、自分のチームに誇りを持てているのだろう。
昼休み、明日香は、机をはさんで今屋部長と一緒に弁当を食べながら、先ほどの疑問をぶつけてみた。
今屋「そうだね。わたしの場合、自分が部や課をまかされたときは、まず
- その部署の使命
- その部署が会社にどのように貢献できて、どのように存在感をあげていけるか
- 2で考えた部署にしていくための戦略
を、よく考えるね。そして、それを、最初のミーティングで、スピーチで全員にうまく伝えられるように、書いてまとめてみる。自分でまとめるときに苦労すればするほど、説得力は強まるから、この段階での苦労は惜しまないことだね」
明日香「わたし、リーダーになってもう3カ月以上過ぎちゃったんですが、まだ間に合いますか?」
今屋「ははは。最初に伝えていたとしても、1回では到底伝わらないものだよ。だから、いまからでも少しも遅くはない。とにかく、部署の1人1人が貢献してくれて初めて戦略どおり理想を実現できる。期待する姿をメンバーに伝えて、協力のお願いをするということは、リーダーが必ず行わなければならない。
そして、ミーティングなどで自分が話す機会があるたびに、必ずこの内容に触れることだ。メンバーが聞いたときに、『あっ、そうそう!』という顔になればしめたものだね」
明日香「そういえば、部長はあのころ、年初に全員にメールで今年の課の方針を送ってくださいましたし、全体ミーティングでもいつも同じ話をしていらっしゃいました」
今屋「それで、朝田くんは、いまの自分のチームをどういう風に思っているの?」
明日香「わたしのチームは、新しい技術にトライしていく意欲が会社の中でも抜きんでていて、有能なメンバーが揃っていると思います。わたしはこのチームで育ってきたことを、誇りに思っているんです!」
今屋「そのままでOKじゃないか。“新技術にトライするパッションあふれる、誇り高き精鋭集団”といえば、その姿がありありと思い描けるでしょう。具体的なイメージが持てる理想像のことを“ビジョン”というよね。リーダーの仕事は、ワクワクするようなビジョンを描いて、それをメンバーに伝え続けるということなんだよ」
明日香「いまの言葉を? そのまま? メンバーに伝える? ……ということですか?!」
今屋「そうだよ。そして、飽きられるくらいに繰り返す」
アドバイスをもらって、展望が急にすっきり見えてきた。くつろいだお昼のひとときを過ごし、明日香は、心の中で友紀絵に感謝しながら、ふつふつと新たな活力が湧いてくるのを感じていた。
まとめ:リーダーの想いをしっかり持ってメンバーに伝えていますか?
□リーダーとして部署のビジョン(理想像)を策定していますか?
□メンバーにビジョンを伝える機会をつくる努力をしていますか?
~原案:株式会社エムズ・ネット・スクエア 講師 樋口敦子~ (文:吉川ともみ)