第7話:“チームの戦力となる部下を育てよう!”の巻(上)~「フィードバックの基本ポイント」(その2・上)
草一郎の営業グループが担当する秋山興業のオフィスは、とある郊外の駅に直結した真新しいビルの上層階にある。落ち着いたモダンな会議室の窓の外には、青い空に白い雲がゆったりと浮いている。
広々とした机をはさみ、向かい側に秋山興業の情報システム課長ヤマグチと、ユーザー部門2人の計3名。こちら側にグループ・リーダーの草一郎と、グループのメンバーで実際に秋山興業を担当している営業マンのオオサキの2名が座っている。
ふだんはオオサキ1人で訪問している。今回はたまたま、草一郎が訪問予定の別の顧客が近くにあったので、久しぶりに挨拶がてら2人そろって訪問することにしたのだった。
オオサキ「本日はお忙しい中、お時間を取ってくださり、ありがとうございます。先月稼働した御社の新システムについて、現段階での現場の生の声をお聞きして、今後の改善に向けてご相談することが本日の目的です。どうぞよろしくお願いします」
ヤマグチ「おかげさまで1カ月が経ち、やっと運用も軌道に乗ってきました。いろいろと現場の要望もあるようなので、今日はユーザー部門の責任者を2人呼びました。具体的な内容は、こちらのハナダとホソカワから説明します」
ハナダ「よろしくお願いします。これまでと入力画面が変わって、やはりどうしても使い勝手が違いますね。最初の1週間は残業が増えたりしましたが……」
相手が話し終える前に、オオサキは早口で答えた。
オオサキ「入力画面は、エンドユーザーの方々からのヒアリングを忠実に反映したものです」
相手の表情に一瞬、戸惑いが見えたのを、草一郎は見逃さなかった。
ハナダ「いや、画面が良くないと言っているのではなくて……最初は不慣れで時間がかかったことをお伝えしたかっただけです。今は入力時間も以前の半分近く短くなって、慣れたらとても使いやすい、と好評ですよ」
オオサキ「あ、そうですか」
ホソカワ「ただ、以前の見積書データを修正して新しい見積書を作る場合に、呼び出し時間がとても長くなりましたね。手間はかかっても新規で作ってしまったが方が早い、という声さえあるんです」
オオサキ「それは、旧システムのデータを呼び出すからです。今回は、早期移行のために旧システムのデータの変換を見送ったまま稼働していますから、過去データの呼び出しに時間がかかるのは事前にご説明した通りです」
今度もオオサキは、すかさず回答した。ホソカワは視線をそらせ、口ごもった。
ホソカワ「い、いや、それは分かっていますが……思った以上に遅いなぁという現場の声が多いんですよ」
オオサキ「現状以上のパフォーマンスは、今回の仕様では無理です」
オオサキがたたみかけると、ホソカワは小さくため息をつき、少し憮然とした表情になった。
ハナダ「では、私から。入力中に照会できる情報が増えたのは良いとの評判です。しかし、照会のオプションを毎回選択しなければならないのが意外に面倒だ、という声も聞きます」
オオサキ「それも今回の仕様です。照会機能を増やす打ち合わせの際に、もっとスマートな動きにすることも可能だとご説明しました。しかし、予算の関係で不採用になったので、しかたありません」
結局、ユーザー部門の担当者2人から出された小さな課題に対し、オオサキはすべてその場で「仕様通り」「今回の工数では無理」などの説明に終始した。
(せっかく同席しているエンドユーザー部門の話を引き出せていない……)
草一郎は、オオサキの紋切り型の応対がひどく気になった。考えてみれば、社内で草一郎がオオサキと会話するときも、「その言い方はどうか」と注意を促したことがある。それも一度や二度ではない。そのときは素直に応じるのだが、なかなか改善されない。
(まさかお客様に対しても同様の受け答えをしているとは想像もしなかった!)
とはいえ、秋山興業はオオサキの主要な担当顧客であり、草一郎が以前に担当していたわけでもなく親しくもない。草一郎は、ふだんオオサキが接する主な相手のヤマグチ課長にも気を配りながら、最後に切り出した。
草一郎「本日はありがとうございました。伺ったお話につきましては、社内に持ち帰って念のためエンジニアとも確認し、オオサキからご連絡させていただくことになると思います。オオサキさん、それでいいかな?」
オオサキは、草一郎が付け加えた一言がやや意外なようだったが、素直にうなずき、打ち合わせは予定より短い時間で終わった。秋山興業を出たのは早めの昼食どきだった。草一郎はオオサキと一緒に駅ビルのレストラン街に行き、そば屋に入った。とろろそばを口に運びながら、それとなく尋ねた。
草一郎「ふだん秋山興業を訪ねるときに出てくるのは、だいたいヤマグチさんだと言っていたよね」
オオサキ「そうです。というか最初からずっとヤマグチさんなので、もうお互いツーカーですよ」
草一郎「ハナダさんとホソカワさんとはどうなの?」
オオサキ「設計段階の顔合わせなど、二~三度お会いしています」
草一郎「そうか。いや、ちょっとさっき気になったのはね、ハナダさんもホソカワさんもユーザー部門の現場の代表でしょ。今日せっかく時間を取ってくださったけど、2人の話を十分に聞けたと思う?」
オオサキ「聞いたつもりですけど」
草一郎「オオサキくんは話していたから気付かなかったかもしれないけれど、相手はけっこう微妙な表情だった、とぼくは感じたよ」
オオサキ「……気が付きませんでした。でも、ハナダさんとホソカワさんのおっしゃったことは、さっきも説明したとおり、今回の仕様では無理なことばかりなんですよ」
草一郎「できないことをできない、と伝えることはたしかに必要なことだよ。無理して要求に応える必要はない。ただ、特に今回のようにユーザー部門の方がわざわざ来てくださった打ち合わせは、今後の関係という点からも重要なタイミングだよね。場合によってはエンジニアに確認すべき問題につながるかもしれない。今日オオサキくんは、すべてに“できない”という回答をしたことには、気付いていた?」
オオサキ「……できないことは受けない、ということで頭がいっぱいで気付かなかったです。とにかくその場を切り抜けたい一心だった、ということはあるかもしれません」
草一郎「ユーザーの要望は際限なく広がるから警戒してしまう、という気持ちは分かるよ。そうであっても、ユーザー部門の要望を正しく把握することがやはり不可欠だと思う。お客様の要求をよく聞いて、より良いシステムにしていく姿勢を示すことは、次のビジネスにつなげるためにとても重要だからね」
オオサキ「……新システムが問題なく動いているかどうか、ということばかり考えていて……。次のビジネスまで考える余裕はまったくありませんでした。これからは気を付けるようにします」
オオサキはあっさりと指摘を受け入れた。新システムのことで頭がいっぱいで、先を見通す余裕がなかったのが理由ならば、そこに気付いたのだから対応も変わるだろう。草一郎はそう考えた。
午後は互いに別の顧客のところに行く予定があり、2人は別れて違う路線の電車に乗った。
1週間後、オオサキの外出中に秋山興業のヤマグチから電話があり、たまたま近くにいた草一郎が電話に出た。
草一郎「先日はユーザー部門の方々の貴重なご意見をお聞かせくださって、ありがとうございました」
ヤマグチ「いや、草野さんこそご足労いただきありがとうございました。そうですか、オオサキさんは外出中ですか。……実は、ホソカワの関係部門で新たな小さい開発案件が持ち上がっていて、あの直後に私からオオサキさんにご相談したんですが、その納期では到底無理と即座に言われまして。でも、技術力という点でも新システムとの親和性という点でも、本当ならやはり御社にお願いしたいところなんです。やはり、もう一度オオサキさんに相談しようと思って電話した次第です」
草一郎は内心がっかりした。そば屋で伝えたことを、オオサキは相変わらず実行できていないのだ。
草一郎「申し訳ありません。この件、取り急ぎグループとして対応させていただきたいので、オオサキが戻りましたらあらためて詳細を確認します。そのうえでオオサキと私の2人で、再度御社に伺ってもよろしいでしょうか」
ヤマグチ「ご連絡をお待ちしています」
草一郎はヤマグチに礼を言い、受話器を置いた。
外の雨音は次第に強まっている。外出中のオオサキの机をじっと見つめながら、草一郎は考え込んだ。オオサキが紋切り型の対応を変えられるようにするには、どうしたらいいのだろう?(「下」へ続く)
目標達成への支障となるような行動を取っているメンバーに適切なフィードバックをしていますか?(上)
□適切なタイミングを逃さずにフィードバックを行っていますか?
□メンバーを責めるのではなく、性格ではなく行動に焦点を当てて、問題解決するためのフィードバックを行っていますか?
~原案:株式会社エムズ・ネット・スクエア 講師 樋口敦子~ (文:吉川ともみ)