第7話:“チームの戦力となる部下を育てよう!”の巻(下)~「フィードバックの基本ポイント」(その2・下)
「ただいま戻りました!」
草一郎のチーム・メンバーで、秋山興業の担当営業であるオオサキが、外回りから戻ってきた。雨脚が強いらしく、スーツがかなり濡れている。草一郎は、秋山興業のヤマグチからかかってきた電話の件を、すぐにでもオオサキと相談したいところだったが、ぐっとこらえてオオサキが一息入れるのを待った。
すると、チームの中でも最年少のシブヤが席を立って、オオサキに話し掛けた。
シブヤ「オオサキさん、お帰りなさい。お疲れのところ申し訳ありませんが、来週の定例ミーティングのことで、ちょっとお聞きしたいことがあるのですが」
オオサキ「シブヤさんはスガモさんがアドバイザーと決まっているでしょ。スガモさんに聞いてよ」
シブヤ「いえ、スガモさんは今日はお客さま先から直帰で帰ってこないらしいんです。営業日報の書き方についてのちょっとしたことなので、少しだけ教えていただければ」
オオサキ「ちょっとしたことなら、なおさらスガモさんに明日聞けばいいでしょ」
やれやれ。草一郎は立ちあがって2人に声をかけた。
草一郎「シブヤさん、あと30分くらいしたら時間取れるから、僕に聞いてくれていいよ。それとオオサキさん、さっき秋山興業のヤマグチさんから電話があってね。ちょっと相談があるから、小会議室に一緒に来てほしいんだ」
オオサキと草一郎は、オフィスの片隅にある小さな会議室に入った。草一郎はヤマグチからの電話の件を伝えて、小さな新規開発案件についてオオサキから説明を受けた。
オオサキ「……というわけで、弊社のいまの開発部隊ではどう見積もってもできないと思ったので、即座にお断りしたんです」
草一郎「たしかにお客さまの言うとおりにやろうとすれば、断るしかない。でも、うちのグループは今月の受注目標額にあと少しというときに、お客さまの方から開発案件の打診をいただいたのに、本当に断るしかないのかな? 即座に断ったという対応は、前回の訪問のときと同じだよね」
オオサキ「確かにそうです……」
草一郎「他の対応を考えるとしたらどうだろう?」
オオサキ「……ということは、受けろとおっしゃるんですか?」
草一郎「そうではないよ。こういう場合に即座に断る以外に、何か方法がないか、もう一度よく考えてほしいんだ。オオサキさん自身が実現できないことでもいいから、とにかくちょっとでも他の可能性がないか考えてみて。僕がバックアップするよ」
オオサキ「他の対応? どうすれば……う~ん。“よく検討します”と答えて帰ってきて、リーダーに相談するとか?」
草一郎「それも一案。僕自身は、断るのが苦手だったせいもあって、最初の2年くらいはほとんどそう答えていた。他には?」
オオサキ「代替案を提案する……例えば、少し納期を延ばせるか交渉するとか」
草一郎「その考えもいいね。例えばさっきのシブヤさんへの対応もね、何分かかる質問? と聞いてみる手もあるよ。そのうえで、オオサキさんの事情を説明して断ればいい。最初から断るつもりだったとしても、シブヤさんの気持ちはだいぶ違うだろう。オオサキさんくらい経験と力量があれば、社内でもお客さまに対しても、一律にすぐ断らずに、もうちょっと柔軟な対応がきっとできるよ。次回の秋山興業さんには僕も一緒に行くから、さっき出た2つの案の他にもう1つ何かシナリオを用意して、事前に僕に見せて。そしてそのどれかを必ず、次回の訪問で実行することを目標にしよう。オオサキさんは、いま営業として重要な成長のポイントを迎えているんだよ。そのことを自覚して、ステップアップしてほしいんだ」
オオサキ「……考えてみます」
次回の訪問は3日後にアポが取れた。翌日はオオサキから何の報告もなく、草一郎はじっと待った。
訪問前日の夕方になって、オオサキは手書きで3つの項目をメモしたA4の紙を持ってきた。小会議室で考えた2項目の他に、3つめの項目として「なんとかして弊社でお引き受けできる方法をヤマグチさんと一緒に考える」と書いてあった。
(できないことを即座に断る、というのは、余裕がないせいもあるけれど、できないことまで何でも引き受けるイエスマンとは違う誠実さや確実さの表れでもある。ヤマグチさんとは思いのほかリレーションが良いのも、長い付き合いの中でそういう面が評価されているのかもしれない。
実際、僕自身も、オオサキくんの言い方で引っかかることはあっても、仕事ぶり自体は信頼しているから、1人でどこにでも行ってもらっていたという思いがある。ここはヤマグチさんのお力もお借りして、できるだけ見守ってみよう)
そして、オオサキと草一郎はヤマグチを訪ねた。前回同様、仕切りはオオサキに任せて草一郎はほぼ黙っていた。ヤマグチは、新規開発案件についてあらためて詳しく説明した。中にはたしかに、納期の面でも技術的にも難しい要求が何点か含まれていた。
しかしオオサキは、珍しくヤマグチの話の腰を折ることもなく、最後まで説明を聞いていた。
ヤマグチ「お願いしたかった小さな案件というのは、以上のような内容です」
一呼吸おいて、さらにもう一度息を飲んでから、オオサキが口を開いた。
オオサキ「開発の要件はよく分かりました。ぜひ弊社でお受けしたいのですが、いくつか、非常に難しい点が含まれています。これから具体的にお尋ねしますので、何とか良い方法がないか、一緒に考えていただけませんか」
おっ!? やるじゃないか! 草一郎は思わずオオサキの顔を見た。しかし、オオサキとヤマグチは、資料をのぞきこみながら夢中で相談している。草一郎に気を配る余裕はまったくないようだ。
秋山興業からの帰り道、駅のエスカレーターを上りながら、草一郎は前に立つオオサキに話し掛けた。
草一郎「今日は“無理”とか“できません”というせりふが出なかったね!」
オオサキ「……この間、リーダーに呼ばれて話したあと、相当考えたんです。無理と分かっている案件に対して“無理”と言わないのは、自分には難しいと思ったんです。でも、とにかく即答するのだけはやめようって。話を聞いたあと、深呼吸しようって、それだけは絶対やろうって。息と言葉を飲み込んで一呼吸おいたら、今までと違う言葉が出てきたんです。自分でもびっくりしました。ヤマグチさんの会社の仕事はうちの会社がずっと引き受けたい、他に持っていかれるのはいやだ、という気持ちがあったからかな……よく分かりません」
他に持っていかれるのはいやだ、という言葉が、草一郎の心に響いた。オオサキはこれから営業として成長するだろう。自分もうかうかしていられない。帰社したら、チームの今月の目標達成に向けて他のメンバーの状況を詳細に確認しよう。
草一郎の頭もフルスピードで回転していた。
目標達成への支障となるような行動を取っているメンバーに適切なフィードバックをしていますか?(下)
□メンバーが自身で改善案を考え出す機会を作っていますか?
□改善策を実行するための目標設定をしていますか?
□改善ができた場合には、それを伝えるプラスのフィードバックをしていますか?
~原案:株式会社エムズ・ネット・スクエア 講師 樋口敦子~ (文:吉川ともみ)