Windows Serverを中心に、ITプロ向け教育コースを担当

実名主義

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月刊「Windows Server World」の連載コラム「IT嫌いはまだ早い」の編集前原稿です。もし、このコラムを読んで面白いと思ったら、ぜひバックナンバー(2008年11月号)をお求めください。もっと面白いはずです。

なお、本文中の情報は原則として連載当時のものですのでご了承ください。

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日本人は匿名好きだと言われる。例えば、日本語のブログは匿名が圧倒的に多い。実名が多い掲示板も見たことがない。しかし、それでいいのだろうか。実名ブログは自分を売り込む便利なツールなのに。

●日本人は匿名が好き?

日本語のブログは非常に多い。ブログ検索サービスを提供する米テクノラティが4月5日(編集部中:2007年)に発表した調査結果において、2006年第4四半期は投稿数では日本語ブログが世界最多だったという。ところが、ほとんどのブログは匿名で書かれている。インターネットコムとgooリサーチによる2006年5月のレポートによると、匿名でブログを運営している人が93%強、実名は7%弱である。

一方、2004年米国での調査(*1)では、55%が実名、20%がファーストネームやイニシャル、あるいは友人間で使われているニックネームなどを使っている。これらを含め、全体の81%は自分が特定されることを意識しているという。

最近は、「米国でも実名ブログを避けた方がいい」という意見も出てきたらしいので、その後は実名の割合が減っているかもしれない。しかし、それにしても日本とはずいぶん違う。ちなみに、実名ブログを避けた方がいい理由は、やはり「トラブル予防」だそうだ。米国では電話帳情報がインターネットに公開されているので、簡単に住所まで特定できてしまう。

インターネットだけではない。日本の新聞に署名記事はまだまだ少ない。署名があっても記事の末尾である。一方、米国ではほとんどの記事の冒頭に署名が入る。日本では企業のプレスリリースでも、担当者名が入ることは多くない。名前が入っていても、個人の電子メールアドレスまで明記されることはほとんどない。一方、米国では、問い合わせ先として個人名とそのメールアドレスが記載されることが多い。やはり日本は匿名社会のようだ。

●実名公開のリスク

電子メールアドレスの公開には勇気が必要だ。マイクロソフトの技術イベントTechEdでは、米国人のほとんどのセッション担当者が、表紙に自分のメールアドレスを入れている。難しい質問をされて困ることはないのだろうか、と他人事ながら心配になる。

もっとも、セッション後に質問をしても「うん、それはいい質問だね、でも、ぼくには分からないんだ、ごめんね」と軽く言われたりするので、メールの対応も別に困らないのかもしれない。

新聞の署名記事にもリスクがある。最近の名誉毀損訴訟は、記者の所属組織や発表媒体を含めず、記者個人を訴えることが増えているからだ。無署名の記事なら、その責任はデスクや編集部にあり、組織の責任となる。しかし、署名記事の場合は記者個人の責任とすることができるかもしれない。

前回取り上げた、ジャーナリストの烏賀陽(うがや)弘道氏は、ヒットチャートで有名なオリコンから名誉毀損で訴えられている(後にオリコン側が請求放棄)。烏賀陽氏は、記事を書いたわけではなく「サイゾー」という雑誌の電話取材に応じただけなのに、5000万円の損害賠償を請求されたのである。

しかも、一審敗訴で東京高裁に控訴中である(編集部注:当時)。地裁での第1回口頭弁論では「表現の問題であって、事実関係に対する係争ではない」ということが確認されているにもかかわらず、編集部は訴えられていない。こんな判決が出るくらいだから、今後はブログの執筆者が訴えられてもおかしくない。実名ブログは訴訟リスクまで負ってしまうのだ(*2)。

●実名公開の利点

ただし、こうしたリスクがあったとしても、米国では自分の意見を主張するには実名の方が良いと考える人が多いようだ。筆者を含め、日本にもそう思う人が少数ながら存在する。

確かに、良かれと思って書いたアドバイスを逆恨みされる可能性はある。企業から訴えられることもあるかもしれない。しかし、恨まれるだけなら実害はない。顔と名前が分かっただけで殺されることはない。ストーキング行為や身体に危害を加えるような行為に及ぶような人は、もともと発想がおかしいので、インターネットがなくてもリスクはある。

訴訟は怖いが、正直に言うと筆者は「謝れば済む」と楽観視している(筆者注:後述の通り、この見通しは誤っていた)。実際、オリコンは烏賀陽氏に「謝れば許す」と自社のプレスリリースで書いている。烏賀陽氏はジャーナリストだから信念もあるだろうが、筆者にはそこまでの覚悟はない。

以前、筆者がパソコン通信の掲示板に書いた記事で某社からクレームが付いたので謝罪したことがある。その後のビジネスには影響していない。多くの人は実名公開のリスクを過大評価しているように思う。

むしろ、実名で書くメリットの方が多い。まず、初対面の相手に自分のことを説明する手間が省ける。初対面の人に会うときは、事前にインターネットで情報を検索することが多い。このとき、匿名ブログは何の意味も持たない。

ブログ専門の人格を別に設定したいのならいいが、実生活で自分に役に立つのは実名ブログだ。音信不通だった友人と再会できたこともある。

総務省の調査(*3)では、実名での発言は、誹謗中傷のリスクが高いと感じているらしい。しかし、実生活に支障をきたすことはまれだろう。実家に石を投げ込まれた人の話も聞いたが、よくある話ではない。

●個人名で勝負

これからの人生、何が起こるか分からない。筆者は転職活動の経験はないが、部門売却により会社が変わった。今の会社も、米国法人の子会社からスタートし、3回ほど親会社が変わっている。部門売却をした元の会社は、何度かのリストラを経て、2回買収されている。会社というのは、突然なくなるものだと思った方がいい。

法律上の制約から、部門売却や会社の合併や解散は事前に従業員には知らせることができない。通常は、朝のニュースで自分の会社がなくなったことを知る(筆者の会社の場合はニュースにもならなかった)。

多くの場合、新しい会社は買収した組織の社員を残したいと考える。事業の優位性は、特許や設備だけにあるのではなく、運用している人にこそあるからだ。

優秀な社員を引き留めるためには、さまざまな工夫が行われる。筆者の所属部門が売却されたときは、移籍する社員全員に対して一時金が支払われた。ソニーが、コニカミノルタのカメラ部門の事業譲渡を受けたときは、事業部をソニー本社の近くではなく、旧ミノルタから比較的近い大阪に置いた(現在は東京に集中)。

しかし、買収した会社が、特に優秀な従業員だけを選別して残したいと考える場合も多い。この時、自分がいかに優秀であるかをどうやってアピールすればよいか。上司の推せんは当てにならない。すでに転職しているかもしれないし、評価するのは新しい会社の人かもしれない。同僚の推せんも期待できない。同僚も新しい会社に移籍したいかもしれないからだ。

自分の能力は自分で証明しなければならない。しかも、客観的な基準に基づかないと信用してもらえない。「ITエンジニアのキャリアパス」では社外の人に評価してもらう方法を書いたが、その評価に客観性を持たせるのは難しい。

「友だちだから推せんする」と思われる可能性があるからだ。そこで、実名ブログが登場する。例えば、検索エンジンでの検索順位や引用の多さを基準にする。これなら細工をするのは難しい。雑誌記事の執筆も有用だが、会社の規定で商業誌には寄稿できない場合もあるだろう。

しかし、ブログまで制限している会社は少ない。米国では、ブログに社内情報を書いてしまい、解雇される例も出ているが、そのあたりは常識で判断できるはずだ。

実名ブログは、上司や同僚、顧客や買収先に自分を売り込む効果的なツールである。恐れずに実名で書いてみてほしい。筆者の勤務先の前社長がよく言っていた。

命まで取られることはない

(*1)2004年、MITメディアラボのファナンダ・ヴィエガス博士による調査

(*2)ただし、こうした「嫌がらせ訴訟」(と筆者は考えている)は、いくつかの国や米国の多くの州で違法とされているので、米国ではリスクは少ない。

(*3)総務省情報通信政策研究所「インターネットと匿名性」2008年3月

■□■Web版のためのあとがき■□■

オリコン訴訟や、それに先立つ武富士訴訟以降、企業が口封じ目的で個人を狙い撃ちするケースが増加している。米国の多くの違法で違法とされる手法だが、日本では合法である。それどころか「よくないことだ」という概念すら確立していない。

どう喝目的の訴訟は、米国でSLAPP(Strategic Lawsuit Against Public Participation)、直訳すると「市民の関与を排除するための訴訟戦術」と呼ばれている。日本では烏賀陽氏が中心となって「SLAPP訴訟情報センター」が開設されている。

SLAPPの対象は、ジャーナリスト個人からスタートし、社内の不正を告発した従業員、地域運動の活動者などへ対象を広げている。ブログ執筆者が狙われるのは時間の問題だろう。

匿名の場に逃げるのもよいが、日本における刑事事件検挙率はほぼ100%だ。追跡されないという保証はない。それよりSLAPP被害者のネットワークを作る方が得策ではないかと思う。

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