Windows Serverを中心に、ITプロ向け教育コースを担当

不正コピーについて考える

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 月刊「Windows Server World」の連載コラム「IT嫌いはまだ早い」の編集前原稿です。もし、このコラムを読んで面白いと思ったら、ぜひバックナンバー(2008年8月号)をお求めください。もっと面白いはずです。

 なお、本文中の情報は原則として連載当時のものですのでご了承ください。

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 市販のソフトウェアを無断で複製して配付することは犯罪である。IT業界で違法コピーをしている人は少ないと思うが、一般社会ではそうでもないようだ。筆者は、古い知人から面と向かって「コピーさせてくれ」といわれたことがある。今回は、ソフトウェアの不正コピーの話をしよう。

●不正コピーはどの程度の罪か?

 コンピュータのプログラムは「著作物」ということになっている。プログラムは「著作物」ではなく「工業生産物」だという意見もあるが、国際的にも国内法でもそう決まっているので、今回はこの定義を受け入れてほしい。

 著作権者(通常は著作物を作成した人)は、著作物の無断利用を禁止する権利が与えられる。著作権は、財産(知的財産)の一種だと考えられている。そのため、著作権の侵害は財産の侵害と同じ、つまり「窃盗」と同じくらい罪が重いと筆者は考えている。

 実際の法律では、窃盗が10年以下の懲役または50万円以下の罰金であるのに対して、「著作権侵害」は10年以下の懲役または1000万円以下(法人は3億円以下)の罰金である。単純な軽重は付けにくいが、決して軽い罪ではない。

●不正コピーの歴史

 実は、ソフトウェアの不正コピーについての意識が高まり出したのは近年の話である。例えばIBMの場合、1960年代までコンピュータのOSはハードウェアとセットであり、価格は設定されていなかった。しかも、いったん入手したソフトウェアを複製し、他の機種で使っても法的な問題はなかったという(「情報処理」2003年4月号プラグコンパティブル・メインフレームの盛衰(2)」高橋茂)。

 そのため、初期の「互換機(ハードウェア)」ベンダはOSを開発する必要がなく、高い利益を上げた。IBMのOSは、事実上「パブリックドメイン」だったのだ。「パブリックドメイン」とは、著作権が存在しないか消滅した作品である。例えば、前回紹介した『不思議の国のアリス』の作者、ルイス・キャロルは1898年に亡くなっており、著作権保護期間が切れている。現在、アリスの原文は誰でも自由に利用できる。

 PCが登場した1975年ごろ、ホビイストたちにとって、ソフトウェアは事実上の「パブリックドメイン」扱いだった。こうした状況に異を唱えたのがマイクロソフトの創業者の1人、ビル・ゲイツである。ゲイツ氏は1976年に「ホビイストへの公開状(Bill Gates' Open Letter to Hobbyists)」 として、ソフトウェアの不正コピーはよくないことだと訴えた。

 ソフトウェアの開発と販売を主な事業とするマイクロソフトにとって、売り上げの減少に直結する不正コピーは許しがたい「犯罪」だった(ただし米国著作権法でソフトウェアの法的保護が認められたのは1980年)。しかし、当時のホビイストたちはゲイツ氏を公然と非難したらしい。中には「おれたちはマイクロソフトのソフトウェアを世の中に広めてやっているのだから、感謝こそすれ、非難される筋合いはない」と開き直った人もいたとか。

 確かに、ホビイストが不正コピーをしたおかげでマイクロソフトのBASIC言語は業界標準となった。しかし、当時はソフトウェアの著作権が確立していなかったとはいえ、知的財産権を侵害したことには違いない。また、マイクロソフトのBASICは優秀だったので、不正コピーをしなくてもどのみち広まっただろう。

 日本ではどうだろう。

 MS-DOSが日本で利用され始めたころ、最も評価の高いワードプロセッサは管理工学研究所の「松」だった。「松」は高機能だったが、高価な上、強力な不正コピー防止機能が備わっていた。

 そこに登場したのがジャストシステムの「一太郎」だ。一太郎は、松と同程度の機能を持っていたが、あっという間に松を駆逐した。その理由は3つあると筆者は考えている。

 第1に、MS-DOSベースであったため、文書の再利用が簡単だった。松のファイル形式は独自フォーマットだったが、一太郎は一部の文字飾りを除けば標準的なMS-DOSフォーマットだった。

 第2に、一太郎は松の約半額と安価であった。単に安いというだけで買った人も多かった。

 最後の理由は、コピープロテクトがかかっていなかったことだ。実際、かなりの人が「不正コピーが簡単」という理由で一太郎を使っていたように記憶している。ただし、安価だったので、正規購入者も松よりはずっと多かった。一太郎は十分な利益を上げることができたのではないかと思う。

●不正コピーの実態

 現在の日本や米国では、ソフトウェアの不正コピーは、昔に比べてずいぶんと減っている。

 ビジネスソフトウェアアライアンス(BSA)が、米IDCに調査委託した結果によると、2006年の不正コピー率の低い国ベスト3は、米国(21%)、ニュージーランド(22%)、日本(25%)の順だった。ちなみに世界平均は35%である。

 2005年の調査もほぼ同じ傾向で、米国とオーストラリア、ニュージーランド、そして北欧の成績が良い。

 逆に、不正コピーの高い国は新興国が多い。中国は依然として不正コピー率が高いが、減少傾向にある。その代わりに増えているのが、後発の新興諸国だ。経済が発達し、コンピュータの利用が進むにつれて違法コピーが増え、社会が成熟すると減少するようである。

 知的財産は、文化的な功績に対して敬意を表する行為である。成熟した文化がなければ成り立たない。

 こうした傾向は、同じ国の中でも見られる。周囲を見回すと、IT業界の人は不正コピーを行う率が低い。また、同じIT業界でも若年層の場合は不正コピーを行う率が高い。IT業界に近く、経験年数が多い方が、IT文化レベルが上がり、モラルも向上するといえるだろう。

●不正コピーが横行すると

 IT業界にとって(いや、本当は社会全体にとって)、不正コピーは重大な犯罪である。IT業界は、ハードウェア、ソフトウェア、そしてサービスの販売で成り立っている。しかし、ハードウェアの出荷数とソフトウェアの出荷数では、どう考えてもソフトウェアの方が多い。1台のコンピュータには、少なくとも1つのOSが必要だし、普通は複数のソフトウェアを利用する。そして、ハードウェアとソフトウェアが存在しなければサービスは成立しない。

 不正コピーが増えることで、本来あるべきソフトウェア販売利益が損なわれ、契約すべきサービスが契約されない。ソフトウェアを不正に入手したことがばれてしまうかもしれないからだ。

 その結果、IT業界の利益が減り、われわれIT業界に従事する者の収入が減る。減少した利益を補うには、ソフトウェアの値上げが必要かもしれない。つまり、不正コピーが増えればソフトウェアの価格は上昇する可能性があるのである。

●不正コピーを見つけたら

 では、ソフトウェアの不正コピーを見かけたらどうすればよいか。正式な報告窓口もあるが、身近な人をいきなり告発するのは感心しない。まずは、不正コピーが「なぜ悪いことなのか」の指摘が重要だ。

 中には、ソフトウェアの無断コピーが悪いことだと思っていない人もいる。また、多くの人は、不正コピーが犯罪であることを知っているが、それほど悪いことだとは思ってない。ソフトウェアのインストールは、本の貸し借りとは違う。この説明は面倒だが、正確に理解してもらう必要がある。

 ただし、あまりにも不正に敏感になり過ぎると、人間関係を悪くする。例えば、インターネットや電話を使ったライセンス認証を行うソフトウェアは多い。「新しいバージョンになってから使いにくくなったねえ」と、言葉通りの意味でいっているのに「それでは、不正コピーが横行してもいいと思うんですか!」と詰め寄ることはない。「そうですねえ、必要なんでしょうけど、面倒ですね」くらいにしておくのがいいだろう。そのあと、話が明らかな「犯罪」の次元に及んだ場合は、その時点で問題を指摘すれば良い。

 IT経験の浅い人に対しては、一般社会人としての人格に敬意を払いつつ、ITに関しては子どもと同じように接するべきだ。

 子どもが万引きをするところを目撃したらどうするか。

 もし、高校生であればいきなり警察に通報してもいいだろう(だから社長が公然と不正コピーをしている場合は告発して良い)。

 しかし、小学生であれば、社会のルールを教える方が先だ。1996年ごろからPCが一般化して今年でまだ12年。人間の年齢に直せばまだ小学生である。もし、身近な人が不正コピーをしているようなら、それがどういうことなのか、分かりやすく教えて上げてほしい。きっと分かってくれるはずだ。

 誰も賢人として生まれない(no one is born wise)

■□■Web版のためのあとがき■□■

 実は、筆者自身はソフトウェアに著作権を主張するのは必ずしも正しいことではないと考えている。理由は3つある。第1にパッケージソフトウェアを「著作」とするのは無理がある。第2にオープンソース系のソフトウェアはパッケージソフトとは異なる経済原理が働いている。第3に、そもそも著作権法自体が悪法である(ただし悪法も法である)。

●パッケージソフトウェア

 ほとんどのパッケージソフトウェアは工業製品であり、個人の思想を表現したものではない。工業製品としてのソフトウェアの不正複製に対する規制はあってしかるべきだと思うが、それは著作権法ではないと考える。

●オープンソース系のソフトウェア

 ただし個人の思想を表現したソフトウェアもある。オープンソース系のソフトウェアに多いが、ソースコード非公開の有料製品であっても「思想」を表現した「作品」はある。

●著作権法

 一般的な著作物に対しても、現行の著作権法は問題がある。まず、50年あるいは70年という保護期間は長過ぎる。そして、著作者よりも販売者保護の色合いが強過ぎる。

●FREEex

 著作者の希望は大きく分けて2つある。自分の作品が広く評価されることと、生活に困らないだけの収入を得ることだ。著作権(copyright)は、著作の複製(copy)を制御する権利(right)を主張することで、作品の価値をコントロールし収入を得る仕組みだ。しかし、デジタル時代になって複製の制御は極めて困難になった。

 そこで、作品からの利益を限りなく下げ(具体的には印税をゼロにして)、支援者の会費で生活するモデルを考えたのが岡田斗司夫だ。彼はこのシステムを「FREEex(フリックス)」と呼び、自身のFREEex組織「オタキングex」を立ち上げた。筆者もそのメンバーである。

 FREEexの理論的考察には未熟な面があるし、実際に成立するかどうかも不確実な面があるが、面白そうである。詳細は「オタキングex創世記」を参照してほしい。

 ある種のソフトウェアには、このモデルが適用できる可能性もあるだろう。

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