Windows Serverを中心に、ITプロ向け教育コースを担当

プロフェッショナルの条件

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 月刊「Windows Server World」の連載コラム「IT嫌いはまだ早い」の編集前原稿です。もし、このコラムを読んで面白いと思ったら、ぜひバックナンバー(2006年8月号)をお求めください。もっと面白いはずです。

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 4月に入社した人も、そろそろ1人で客先に訪問するようになったかも知れない。1人で行動できるのはプロフェッショナルとして最低限の条件だ。しかし、もちろんそれだけで良いわけではない。今回は、プロフェッショナルについて考える。

●プロとアマの違い

 筆者が子どもの頃、父と「プロとアマの違い」という話になった。どういう文脈だったかは忘れたが、結論ははっきり覚えている。「プロとアマの決定的な差は品質ではなく信頼性である」というものだ。

 具体的には「安定した品質」と「納期」なのだという。特に重要なことは納期だと主張していた。

 筆者の実家は、個人経営の印刷所である。父は元々機械系のエンジニアだったらしいが、家庭の事情で退職したと聞いている。

 筆者が生まれた頃は京都の中堅印刷所の営業担当で、その後独立して開業した。夫婦2人でやっている小さな印刷所が35年以上やっていけたのは、納期に厳しかったからかもしれない。

●納期

 アマチュアでも、良いものを作る人はいる。アマチュアが作ったソフトウェアは、無料あるいは安価で数多く出回っている。市販のものと比べて遜色ない機能を持ったものも多い。

 しかし、決められた機能を決められた期日に納品することを保証できるだろうか。また、致命的なバグ、たとえばセキュリティ上の問題点が発見されたとき、迅速な対応ができるだろうか。

 別の例で考えてみよう。筆者は、翻訳に関しては素人であるが、外注した翻訳文に誤訳を発見し、自分で訳文を作ることもある。その一文に関しては、筆者はプロ以上の技能を持つ。しかし、それだけではプロフェッショナルの仕事とは言えない。何しろ、筆者の翻訳は、プロフェッショナルの翻訳者に比べて圧倒的に作業が遅いのだ。

 レオナルド・ダ・ヴィンチは数々の名画を残しているが、雇い主の評判は悪かったらしい。製作途中で興味を失うと、そのまま放置したからだそうだ。ダ・ヴィンチは芸術家としても技術者としても優秀だったことは間違いないが、どうもプロフェッショナルとは呼べないようだ。

 なぜそれほど納期が大切なのか。それは、ほとんどの仕事に後続過程が存在するからだ。納期が遅れれば、後続過程の人に迷惑をかける。顧客に納品したあとですら後続過程がある。顧客は納品された品物やサービスを使って、自分の仕事を行う。納品が遅れれば予定していた仕事ができない。つまり、売り上げや利益が上がらない。だから納期を守る必要がある。零細印刷業は分業が徹底しているため、納期に対する要求は特に厳しい。1)版下を作り、2)製版するとともに、3)必要な紙を手配し、4)裁断し、5)印刷して、6)製本する。こうした一連の作業のすべてが別の会社で行われることさえある。そのため、特定の行程での遅れが、他の多くの人に迷惑をかけることになる。同じ会社でも別の部署と連係して仕事をするのなら、事情は変わらない。

●安定した品質

 プロフェッショナルとしてのもう1つの条件は「安定した品質」である。必ずしも高品質である必要はない。価格に見合った安価な製品というものもプロフェッショナルの仕事である。

 買う側も、その品質が予測されたものであれば対応は可能だろう。ハードウェアであれば、代替品を事前に用意しておくとか、24時間サポート契約を行うなどの方法で、低品質を補える。重要なことは「価格に見合う品質」と「一定の品質」である。

 「ブランド物」と呼ばれるものの多くは安定した品質を売り物にしている。ただし、必ずしも最高の品質とは限らない。たとえばユニクロ。ユニクロの洋服は値段の割には高品質だが、決して最高級ではない。しかし、どれも同じような品質である。

 筆者の勤務先には、新人研修トレーニングパッケージ「NEW TRAIN」(*)がある。

 NEW TRAINには報告書作成などのサービスレベルに応じて、松・竹・梅の3段階が用意されている。もちろん、価格も違うので、顧客は必要なレベルと予算から適切なものを選択する。常に最高の品質を提供するのではなく、価格に応じた安定した品質というところが重要である。

●適正価格

 価格についても考えてみよう。不況になると、価格競争になりがちだ。顧客にとっては喜ばしいことだろうが、ちょっと待って欲しい。

 価格が下がると利益が減り、新しい技術への投資が減る。場合によっては社員の給与も減るだろう。その結果、新製品が出なくなり、社員は流出してしまい、結果として顧客の不利益につながる。いわゆる「デフレスパイラル」である。なるべくなら単純な価格競争にはしたくないものだ。

 適正な価格がどうやって決まるのか。資本主義社会では市場が決定することになっている。いわゆる「見えざる手」だ。ただし、それには「十分な情報が公開されていること」という条件がある。粉飾決算が厳しく非難されるのは、それが資本主義経済というシステムに対する犯罪だからである。

 インターネット、特に検索エンジンが普及してから、製品情報の入手は容易になった。昨今のブログブームで、実際の使い勝手も分かるようになった。だからこそ、価格に見合った品質を提供することが重要である。

 そして、プロフェッショナルを目指すなら、自分の価値を金額で評価する習慣を付けて欲しい。製品価格が、品質に見合っているかどうかで評価されるように、プロフェッショナル個人の給与は、自分の仕事に見合っているかどうかで評価されるべきだ。

 給与に見合わない仕事をすべて断る必要はないが、適正な価格かどうかは意識するようにしたい。

●自立した行動

 もう1つプロフェッショナルに求められることがある。それが「自立した行動」だ。職業倫理に基づき、自分の意志で適切な発言を行うことは、プロフェッショナルとして重要な行動の1つである。

 ただし、若いエンジニアの中には「自立」について勘違いしている人がいる。たとえば、本来10日間かかる仕事を1日でやってくれと顧客から言われたとしよう。営業担当者は、そんな仕事でも受注したいと思っている(ある意味でプロフェッショナルかもしれない)。このとき「できません」と突っぱねるのは、プロフェッショナルとして適切な行動ではない。

 プロジェクトのトレードオフは、品質、予算、納期だという。10日を1日でやれ、というのは納期の問題である。納期が短くなれば、品質を下げるか、予算を上げる必要がある。同じ品質で機能を落とすことも考えられるだろう。顧客の優先順位を引き出し、要望を整理し、顧客と自社の双方の利益につながるような再提案ができること、これが、プロフェッショナルの条件である。

 世の中には、しばしばプロフェッショナルの立場を利用した犯罪が起きる。免許制の業務に多いようである。耐震偽装事件なんかは典型的な例だ。耐震偽装により、一時的には利益が得られただろうが、長い目で見ると大きな損害となる。言うべきことは言う、それがプロフェッショナルの責任である。

●顧客優先主義

 プロフェッショナルが最優先すべきなのは顧客である。元IBMのSEマネージャ馬場史郎氏は「顧客が51、会社や自分が49」と繰り返し主張する(顧客が49ではない)。「そんな条件ではできない」と突っぱねるのは、顧客優先主義ではない。しかし、だからといって限界を超えた値引きや安請け合いも顧客優先主義ではない。できないことをできると偽って受注することは、結果的に顧客の迷惑になる。あまり無茶をすると、自分が仕事を続けることができなくなるかもしれない。これも迷惑な話である。

 真の顧客優先主義は、いわゆるWin-Winの関係を維持することである。顧客が満足する(勝利する:Win)ことで、自社の利益が上がる(Win)関係こそ、プロフェッショナルの目指す方向である。

 筆者の父は間もなく78歳になる。さすがに体力も衰えてきたので、商売をたたむことにしたらしい。新しい仕事から徐々に断りはじめ、父が以前勤務していた印刷会社に引き継ぎをしているところだ。

 ところが、その過程でさまざまなことが分かってきた。IT業界の言葉で言えば、カスタマイズ案件が非常に多かったのだ。母は、売り上げと利益を管理していたものの、すべての案件の内容を完全に把握していたわけではないようで「こんな短い期間で、こんな少量の印刷物を、こんなにたくさん受注していたのか」と、少々あきれていた。どうやら、短い納期で、少量で多様なニーズに応えていたようだ。

 35年以上続けられたのは、納期を守っていただけではなく、徹底した顧客志向にあったのだろう。実は、父の経営する印刷所の顧客には、役所関係や公的機関がかなり多い。地方支部とはいえ、日本でも有数の組織まである。そうした組織が、70歳を超えた「おじいちゃん」のやっている会社に仕事を発注しているのは常々不思議に思っていた。どうやら、その秘密は顧客志向にあったようだ。

●プロの仕事

 プロフェッショナルが担当する多くの仕事は、始まりと終わりがある(有期性)。また、毎回内容が異なる(独自性)。

 有期性と独自性は「プロジェクト」の基本的な特徴とされる。つまり、プロフェッショナルには常にプロジェクトの遂行が期待されているのだ。そこで、今回は、マイクロソフトのプロジェクト管理手法MSF(Microsoft Solutions Framework)から引用しよう(*2)。

  • 予算や納期の目標が達成されても、顧客のニーズが満たされていなければプロジェクトが成功したことにはなりません。
  • いくら機能や内容が豊富であっても、対象ユーザーが使えるものでなければ、その製品は失敗と見なされます。
■□■Web版のためのあとがき■□■

 父はどんな仕事でも絶対に「できない」とは言わなかったそうだ。顧客の要望に合う業者を探し、価格や納期の調整をして、納品していたらしい。やはりプロフェッショナルである。

 もっとも、プロフェッショナルらしくない部分もあった。友人から受けた仕事からは利益が出ないのだ。友人が農家の場合は利益以上の野菜を買った。母校から注文を受けたときは、それ以上の寄付をした。「友人から儲けてはいけない」というのが口癖だった。

 そんな父は、この記事が雑誌に出る直前に他界した。この記事を本人に読ませることができなかったのが唯一の心残りである。

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補足

 「芸術家の納期」については「職業芸術家には納期がきちんとあるし、ある程度一定の品質も要求される」と反論された。

 言われてみれば確かにそうだ。職業ミュージシャンは、営業部が決めたアルバム発売日に間に合わせるため、一定の品質の曲を一定の数だけ作らないといけない。職業写真家は来年のカレンダーに合わせて毎年12枚1組の新しい写真を撮らないといけない。

 もっとも、井上ひさしは、戯曲の脚本が上演に間に合わないことがしばしばあるそうだ。まったくプロらしからぬ行動である。

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