Windows Serverを中心に、ITプロ向け教育コースを担当

ヤンキーとIT業界人は昔話が好き

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●Web公開のためのまえがき

 月刊「Windows Server World」の連載コラム「IT嫌いはまだ早い」の編集前原稿です。もし、このコラムを読んで面白いと思ったら、ぜひバックナンバー(2005年6月号)をお求めください。もっと面白いはずです。

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●ヤンキーとIT業界人は昔話が好き

 「IT業界人とヤンキーは昔話が好き」というのが筆者の説である。ここでいうヤンキーは、アメリカ人のことではもちろんない。嘉門達夫の「ヤンキーの兄ちゃんの歌」のアレである(関西ではかなり流行した歌だが、全国的にも売れたのだろうか?)。

 ヤンキーの場合「おれも若い頃はやんちゃしたもんや」と20歳くらいの男の子が言っていたりする。ヤンキーの方々は1歳違うと世代が変わるそうだから、IT業界と同様、彼ら(彼女ら)もドッグイヤーで生きているのだろう。

●なぜ昔話をするのか?

 IT業界人が昔話を好きなのは、IT業界の速度のせいだと筆者は信じている。「ドッグイヤー」は7年分だそうだから、5年もすれば一般人の35年分の経験ができる。25歳でIT業界に踏み込んだ人が、5年で60歳相当になるのだから、昔話をしたくもなるというものだ。

 ただし、イヌの1年は、人間の7歳分に相当するという換算式だけは賛成できない。筆者はイヌを飼ったことがないので、同じような期間で成熟し、同じような寿命を持つネコで考えてみよう。ネコは1年弱で性成熟を迎え15歳くらいまで生きる。20歳まで生きるネコも珍しくない。1年で20歳換算、20年で100歳換算だとしたら、成熟してからの1年は4年分くらいにしかならない。15年で100歳だとしても5年半くらいである。ドッグイヤーというのはちょっと大げさだ。

 しかし、まあ、これは本質ではない。とにかくIT業界の変化が速いため、早く年寄りになり、昔話が増えるというのが筆者の説である。

 幸いなことに、IT業界では歳を取っても居場所がある。もうひとつの筆者の持論は「コンピュータ技術の見かけは変わっても本質はそれほど変わらない」というものだ。本当に進歩しているのだったら、昔話も理解できないはず。確かに業界は日々進化しているかもしれないが、本質的な技術の進化は意外に遅い。いや、同じ技術を焼き直して繰り返し使っているだけとも言える。

 現在使用されているコンピュータ技術のほとんどは1960年代までにアイデアが登場しているし、変化の方向もそれほど意外性はない。問題なのは速度だけである。逆に言うと、昔話には現在に通じるヒントがあると考えられる。歳を取っても居場所があるのはそのためだ。新人君たちは、うるさがらずに昔話を聞いて今後に役立てて欲しい。

●昔話を聞くのは楽しいか?

 筆者もよく昔話をする。もっとも、よく思い出してみると、入社した頃から昔話をしていたような気もする。筆者がコンピュータに興味を持ったきっかけは中学3年生の時、講談社ブルーバックスの「マイ・コンピュータ入門」(安田寿明著)を読んだことである。当時は「PC」という言葉はなく「マイクロコンピュータ」を略して「マイコン」と呼ぶのが普通だった。しかし、安田氏は「自分だけのコンピュータ」という意味をかけて「マイ・コンピュータ」と呼んでいたのである。今聞くと「My Documents」や「My Pictures」みたいで、ちょっと新鮮である。

 その後、友人が(というより友人の父親が)NECのPC-8001を購入したので、よく家まで遊びに行ったものだ。初めて自分のPCを買ったのは、大学1年生の時で、機種は富士通FM-8である(生協の3回ローンだった)。発売当時は「マイクロエイト」と呼ばれ、イメージキャラクタに伊藤麻衣子が採用されたと記憶している。大学では、日立製の大型汎用機HITAC M-200を使った。学部の授業ではFORTRANを、ゼミではまずアセンブラの基礎を学び、LispとPrologを修得した。いずれもプログラム言語の1種である。最初の就職先はDigital Equipment社(DEC)で、同社製の32ビットコンピュータVAXとVAX専用OSであるVMSを主に担当した。

 さて、ここで問題。これらのコンピュータの主記憶はいくらだったでしょう。答:友人のPC-8001は16KB(後に増設して32KBになった)、FM-8は64KB、HITAC M-200は8MB、VAXは32MBくらいだったと思うがよく覚えていない。単位を間違えないで欲しい。それでは、ここから学べることは何だろうか。昔のプログラムはあまりメモリを消費しなかった? それもあるかもしれない。しかし教訓とは言えない。筆者は「搭載されるメモリはどんどん増える」ということだと思う。

●歴史を学ぶ

 歴史を学ぶのは何のためだろう。歴史は人間ドラマであり、歴史自体が娯楽だということもある。IT業界の合コンでは、もしかしたら役立つかもしれない(逆効果かもしれない)。しかし、本当に重要なことは、過去の経験を現在に生かせるからである。

 もちろん、状況は変化する。「それは前にやって駄目だった」と切り捨てるのは、アイデアを殺す最も効果的な文句である。前にやって駄目だったのはなぜか、前と今と状況が変わっていることはあるか、変わっているとしたらどこか、それは前にやったことを繰り返した場合にどういう影響を与えるか、といったことを考える必要がある。

 マイクロソフトは失敗もたくさんしているが、歴史から学ぶことの上手な企業のひとつでもあると思う。Windowsの新版は常にその時点でのCPUパワーとメモリ量では少し足りない。しかし、新版の評価が終わり、企業内に展開する頃には適正なCPUとメモリ量が一般的になっている。PCの買い換えも起こり、マイクロソフトもPCベンダもウハウハである(この表現も歴史的である)。最近は、それほどうまくはいかないらしいが、それでも新しいOSが出たら、新しいPCが欲しくなることは変わらない。

 歴史を学ぶことで、言葉の使い方や不自然な操作を理解するのに役立つこともある。 先に「汎用機」という言葉が登場した。汎用機とは、主として事務計算に使われるコンピュータである。しかし、事務計算用なのに「汎用」とは変だと思わないだろうか。汎用機の元祖はIBMのシステム360である。それ以前のコンピュータは、科学技術計算用と事務計算用に分かれていた。科学技術計算用のコンピュータは実数演算が得意だったし、事務計算用のコンピュータは整数演算が得意だった。しかし360は、実数も整数も同じようにこなす「汎用」のコンピュータだったのだ。実際に現在でも科学技術計算に汎用機を使っているところもある。筆者も大学の実習では実数計算をしていた。1970年代後半から、事務用としての機能がより強化されたために「汎用機=事務計算」ということになったのである。

 PCのBIOS設定情報を記憶する場所を「C-MOS」と呼ぶのも変な話である。C-MOSとは半導体構造の一種だが、現在PCに使われているCPUやメモリなど、ほとんどの半導体はC-MOS構造である。BIOS設定の記憶場所だけがC-MOSと呼ばれるのはなぜだろうか。実は、昔のCPUやメモリはN-MOSと呼ばれる構造が主流で、BIOS設定の記憶メモリにのみC-MOSが使われていたのである。これは、N-MOSに比べC-MOSの消費電力が小さく、電池によるバックアップが容易だったためである。

●考える力を付ける

 ある技術を学習するとき、「で、どうすればできるの?」と聞く人がいる。その気持ちも分からないではないが、ちょっと待って欲しい。操作を覚えるのも大事だが、なぜそうなっているのかを考えて欲しい。そうすれば、より深いところで理解できるだろう。

 「なぜ」は、マニュアルや参考書などに書いていないことが多い。しかし、本当に重要なのは「なぜ」である。「なぜ」が分からない限り、学習は単なる暗記となり、実に味気ない作業になってしまう。応用もきかない。調べても分からなければ想像してみよう。そこで役に立つのが歴史である。誰でも過去の経験の上にしか新しいアイデアは作れない。だから、歴史を学ぶと元の設計者の考えを想像しやすくなる。

 「もし私が、より遠くを眺めることができたとしたら、それは巨人の肩に乗ったからです」というのはニュートンの有名な言葉で、アインシュタインも引用している。「巨人」というのは「先人の研究」という意味である。先人の研究とは、つまり歴史である。

●IT業界の歴史を学ぶ

 ところが、IT業界の歴史を学べる場所は、実は意外に少ない。特に、ハードウェアやソフトウェアの実物を目にするのは絶望的に難しい。自動車博物館や航空機博物館はいくつか存在するが、コンピュータ博物館は本当に少ない。米国ですら数えるほどしかない。実は、情報処理学会でもこのことは問題になっていて、国立科学博物館に対して資料収集を協力すると共に、Web上に仮想博物館を作成している。機会があれば見て欲しい。

 書籍を読むのもいいと思う。いくつかのプロジェクトは書籍になっている。Windowsユーザーにぜひ読んで欲しいのは、Windows NTの開発プロジェクトを描いた『闘うプログラマー(上・下)』(日経BP)である。データ・ゼネラル社の新製品プロジェクトを描いた『超マシン誕生』(ダイヤモンド社)も抜群に面白かったが、絶版らしい。残念である(注)。

 コンピュータ業界といえども、歴史から学べることは多い。しかし、ヤンキー世界のルールを書いた書籍がないように、コンピュータ業界の歴史を学べる場所も少ない。旧世代のエンジニアが引退する前に、ぜひ昔話を聞いておこう。歴史を学ぶチャンスである。間違ってもこんなことは言ってはいけない。

 「昔とは違いますよ」

(注)現在、復刊ドットコムで復刊リクエストを受け付けている

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●Web公開のためのあとがき

 ところで、「マイクロVAX」というコンピュータは「Z-MOS技術を使っている」と宣伝していた。実際には完全なN-MOSなのだが、一種のマーケティング用語として使ったようである。その真相は「Nを右に倒すとZになる」だとか。真偽は不明である。

 ちなみに、N-MOSはN型半導体で構成されたMOS構造である。そして、N型半導体に対応する概念はP型半導体である。P型よりN型の方が高速だが、消費電力が大きい。そこで、P型とN型を相補的(Complementary)に組み合わせたC-MOSが生まれた。詳細は省略するが、C-MOSの採用により消費電力も削減できるようになった。

 ただ、筆者の中学時代「C-MOSの最大動作周波数は30MHz程度」と言われていた。技術革新の結果、3GHzを超えているのは周知の通りである。技術の進歩は、常識を非常識に変えてしまうのだ。

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コメント

横山哲也

「超マシン誕生」は、日経BPから復刊されました。

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