町工場から大企業、そして派遣社員も経験した現役派遣社員の壮絶体験

ホワイトな大手企業へ転職!その78 杉沼課長さえ居てくれたら。。。

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結局、広沢課長は一年ほどで技術部へ戻って行ったのだった。次にきたのが佐藤課長、この人もよくわからない人であった。現場にはほとんど顔を出さない人であったが、現場のことにはよく口を出してくる人であった。「あそこは人が多い。あんなに人は要らない」と言って人数を減らしてしまったりと、現場を知らない人間が現場のことをあーだこーだと言う。当然、現場では不満の声が高まってきた。結局、この佐藤課長は現場を散々引っ掻き回して気が付いたら居なくなっていた。

次に来たのが寺沢課長、この課長は以外にも続いていたかもしれない。ちょっと強引なところはあったが課長というオーラが出ていた人だったので現場の連中も一目置いていたのだ。しかし、実績はどうかというと、たいしたことなかった。何かをやるわけでもなく、現場はよく回っているのだが役に立たなかった。結局二年くらいは居たと思うが誰も気にしていなかった。杉沼課長さえ居てくれたら。。。こうして私たちの職場は赤字へと転落していくのであった。ここの会社は私たちの職場で大きくなったと言っても過言ではない、その稼ぎ頭の部署が崩れると会社全体が傾き始めるのだ。こうなると最初に見える形で影響が出てくるのが現場である。生産数が減ってくるので残業もなくなる、人も余る。現場全体が静かになる(機械が稼働しないから)。こんな状態になると作業者はどうなるかというと、休憩が長くなるのだ。だいたい一時間くらい休憩している猛者も居た。

というより現場に戻ってもやることがないのだ。しかし、人が余り過ぎている。面白いもんで、こうなると逆に仕事をしたくなってくるんですよね人間て。例えば班のリーダーが今日の予定を掲示板に書く、その掲示板には各作業者の仕事内容が書かれているのだ。例えば たいき➡5号機担当とか、高橋➡1号機担当、矢島➡検査とか。。。このように作業専用の掲示板にリーダーが当日の役割分担を書いていく。しかし、検査担当になった人たちはつらい。生産が少ないため検査対象の製品が少なくあっという間に検査なんて終わってしまうからだ。こうなるとあとは休憩で時間を稼ぐしかない。すると、機械を稼働させている作業者たちのところに遊びに来る。遊びにくるだけなら良いのだが、仕事をしたがるのだ。暇で暇でしょうがないからね。

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