「@ITドラマ 残業課長」スピンオフコラム『久実チヨの華麗なる遍歴』(1):お局さまの新人時代
「パソコンの面倒を見るより、人の面倒を見る方が好きだったのよね」――2009年9月19日~23日 毎日夜20時 O.A! 「@ITドラマ 残業課長シリーズ」に登場したマドンナ(?)久実チヨの、知られざる過去と素顔について描く、魅惑の物語である!
◆ ◇ ◆
わたしの名前は久実チヨ。某IT企業の総務部長を務めています。
昔は、ヘルプデスクとして現場にいたこともあるんですよ。でも、パソコンの面倒見るより、人の面倒見てる方が性に合ってる気がして、総務に移って今に至ります。入社後、干支が1周してしまい、今や押しも押されぬ、お局様。名前をもじって「クミチョ(=組長)」だなんて呼ばれちゃって……。頼られてるんだか、煙たがれてるんだか分からないけど、まぁ、楽しく働いてます。
さて、最近わが社では「ワークライフバランス」を推進しています。わたしは推進委員会の委員長。一昔前と違って「残業=偉い。して当たり前」っていう考え方じゃなくなってきてるんだけど、そうじゃない人にはどれだけ説明してもなかなか、分かってもらえなくて……。今度、会議でバカなこと言う人が現れたら、机ひっくり返して暴れようかしら(笑)。あら、冗談よ、冗談。……え? 冗談に聞こえないって? おだまりっ!!
ある日、いつものように出勤すると、運用本部長で同期の川場田アイちゃんからメールが。
聞いた? 和久原課長のところの朝田くん。今朝から無断欠勤してるらしいよ。
えー! よりによって和久原課長のところかぁ。嫌いじゃないんだけど、ちょっと面倒くさいのよね、彼。熱血漢なのはかまわないんだけど、「残業して当たり前だ!」って、いつの時代なのよ! しかも、頭ごなしに部下に考えを押し付けるわ、いくら言っても「ワークライフバカンス」とか言うわ、もうー!!(怒怒)
とか、言ってるうちに、早くも朝田くんの無断欠勤が3日。あぁー、かわいそうに。鬱なのかなぁ。求職とか退職とかいろいろあるし、そろそろ総務の出番かしら。
そういえば、わたしも若いころ、鬱とまではいかないけど、精神的にちょっと追い込まれた状態になったことあったなぁ……。
「えー! チヨ姐さんでも、そんなことあったんですねっ!! 初耳ですっ」
と、紅サラちゃん。彼女は、わたしがヘルプデスクをしていた時にOJTで現場に来てくれた子。今は頼りになるプログラマになってくれました。そうそう、まだサラちゃんがいなくて、わたしがヘルプデスクになったばかりの頃だったなぁ。
今の金武社長じゃなくて、前社長が断行しようとしたリストラ騒動。わたしを含む、一般事務職で入社した短大卒や、高卒の女子社員達が対象に。わたしは、たまたま運用本部にいた同期のアイちゃんと仲が良くて、LINUXやネットワークや、プログラミングの初歩とかを教えてもらって興味があったし、パソコンを使うのも好きだから、当時部長だった社長に直談判した結果、ヘルプデスクとして拾ってもらったの。
運良く案件があって、顧客先へ出向させてもらったけど、なにしろ素人だから。先輩にとっては当たり前のことも知らなくて、毎日「そんなことも知らないのか!」って言われてた。チーム内にも、顧客側の担当部署内にも女性がいないから、よく1人でトイレや倉庫や屋上やらで泣いてたな。あ、悔し泣きね(笑)。くっそー、いつか見返してやるっ! っていつも思ってたわ。
で、Linux、ネットワーク、Windows(サーバ&クライアント)などなど、勉強しないといけないことは山のようにあって、どこから手をつけたら良いのやら途方に暮れてたし、今と違ってウチの会社が社員の面倒見が良くない時代だったから、「現場に出たら自分でやれ」みたいな感じで、相談する人もいなくて途方に暮れてたのよね。と、いうよりも、一体何を相談したら良いかも分からなかったっていうか……。先輩や顧客側の担当者も、良い人ばかりで恵まれてたと思うんだけど、自分より年上の男性達だから、やっぱり何となく居心地が悪くてストレス溜まってたわー。
勉強については、単にわたしが怠け者なだけなんだろうけど、「やらなきゃ、やらなきゃ!」って毎日思ってるのに、帰ってもまったく勉強する気になれなかった。勉強は嫌いじゃないんだけどね。で、そんな自分がすごく不甲斐なくて、でも何だか自分の心が頑なに勉強することを拒んでるような……。本を開いてもすぐ眠くなっちゃうし、どうでも良いことがものすごく気になってイライラしたり……。
そんなある日、前の部署で一緒だった子が結婚したって聞いたの。仲が良かったのに、わたしだけが正社員のままヘルプデスクになったことが影響してたのか、結婚したって知らせてもらえなかったことがちょっとショックだった。ただでさえ、1人で頑張ってたのに、なんだかもう、誰からも必要とされてないような、すごく寂しい気持ちになって……。
そんな些細な、しかも仕事と関係ないことがきっかけで、気持ちがプッツリ途切れたのか、坂道を転げ落ちるように、精神状態がどん底へまっしぐら。家族に八つ当たりするし、部屋は散らかり放題になるし、ミスしてさらにイライラするし、でも相変わらず、帰ったらまったく何もするきになれなくて、部屋でひたすら三角座りでボンヤリ……。落ち込みがピークに達すると泣いて、少し浮上するの。でも、また限界に向ってどんどん落ちて行って、泣くか、自分の部屋にある物を壁に投げつけたり(!)とかして少し落ち着く、みたいな。
「ね、ねぇさん、それはさすがにちょっとおかしいですよ! 心療内科とか探さなかったんですかっ!?」
うん、探したわよ。心理学系の学部へ進学した友達に教えてもらったり、自分でも探してみた。でも、どうも行く気になれなかったのよね。なぜだか分らないけど。きっと、ピークの時ってそんなことする気力すらなかっただろうし、「ここだ!」って思えるクリニックが見つからなかったのもあるし。
とにかく、家に帰ると一切、何もしたくなかった。そして、「わたし、一体どうしちゃったんだろう。こんなこと今までなかったのに……」って困惑してたなぁ。これが世間で言う「プチ鬱」なのかな。でも、「わたしなんて、鬱とか言っちゃいけないレベルに違いない。もっと辛い人はたくさんいる」って思ってた。幸い、家族と同居だからご飯は半強制的に食べさせられてて、それは救いだったかな。1人暮らしだったら、もっとひどくなったかもしれない。家族には感謝、感謝。特に母親って、本当にありがたい存在よね。
「じゃあ、どうやって立ち直ったんですか?」
あ、それがね、すっごくつまらないことだから、言うのが恥ずかしいんだけど、やっと「ここに行ってみたい」って思えるクリニックが見つかったの。で、ホームページの料金表ページを見てみたら1時間8000円だって!!
安月給だったから、アタシ、びっくりしたわよ! 何これ、高ーい!!! って。
「ね、姐さん……」
それで、そのショック(?)で目が覚めたというか、「あぁ、自分で何とかしないとダメだ」って思って、立ち直ったの。
「そ、そうですか……」
ちょっと! 飽きれないでよ!
多分、この不調の原因の大部分が、あくまで自分自身が原因だったから、自分で立ち直れたのかなって思う。例えば、上司からのパワハラとか、セクハラとか、仕事が理不尽にキツすぎるとか、外的な要素が原因だったら解決しようにも、自分だけの問題じゃないから、難しいじゃない?わたしは、あくまで「自分が腹を括れば、ある程度何とかなる」ことでウジウジしてただけだから。まぁ、本当の意味で社会人になり切れてなかった、甘えん坊さんだっただけなんだと思うわ。
でも、それから少なくとも自分自身のコンディションについて話す時に、「病んでる」だの「プチ鬱」だの、軽々しく言わなくなった。本当に、「わたし、どうしちゃったの!?」って思う経験をしたからね。だから、ストレスで押しつぶされそうな状態の人に対して、少しは寛容になれた気がする。
確かに、つまらないことですぐに凹んで引き籠る、ひ弱で幼稚な社会人もどうかと思うけど、何をもって「つまらないこと」って言うかなんて、人それぞれだし、総務部の人間としては、そうやって断罪する前に話ぐらいは聞いてあげたい。心が折れる人がいなくなるような会社になるよう、努力も譲歩もしないといけないと思ってる。だから、ワークライフバランス推進委員会を立ち上げる話が出たときに、委員長に立候補したってわけ。
「へぇー! 姐さんも意外と苦労してたんですね……。ちょっと感動しました。」
さ、サラちゃん……「意外と」って何かしら……?
……あ、そうだ。わたしの昔話はいいんだった! 鋼野部長と朝田くんのことを相談しなくっちゃ! え? 変な封書が届いてる? 何かしら……。
■次回予告:
「ま、確認せんかった、お前が悪いな。かなりお粗末な感じやな」
はい、返す言葉もございません…………。わたし、そのまま身投げしたくなりました。
次回「へっぽこなお引越し」、2009年9月20日(日)、20:00放送!
コメント
インドリ
おお、これは面白いです♪
森姫
どうも!森姫です。
「おだまり!」って・・・(笑)
知らないところに放りだされて
自分の知識が浅いため、
すっごい傷つくことありますよね・・・。
それにしても1時間8000円の心療内科は
値段だけ表示だけで
患者を元気にしますね。
組長
>インドリさま
どうもー。コメントありがとうございました。
次回以降も、へっぽこな感じで物語は続きますので、お楽しみ★
>森姫さま
どうも、どうも★コメントありがとうございますー。
>「おだまり!」って・・・(笑)
1回、言ってみたくないですか?このセリフ。笑
そうです、そうです。何か思った以上にダメージ受けてたみたいです。確か、そのクリニックは、心療内科=お医者さん、じゃなかったんです。だから高かったんだと思いますが、何だったんだろう??カウンセラーの方が診て下さるところだから、インチキとかじゃないんですけど、お医者さんじゃないから保険が効かないんだろうと思います。値段見て立ち直った私も、どうかと思いますけどね。笑
第3バイオリン
久実チヨさん
第3バイオリンです。
久実チヨさんにも大変な過去があったんですね。
私にも似たような経験がありました。
私の場合はきっちり心療内科に通院しましたが、
誰のせいでもなく自分自身が原因だったというのは同じだったと思います。
ドラマの続き、楽しみにしています。
組長
>第3バイオリンさん
そうなのです。チヨにもそれなりに、いろいろとあったのです。笑
この後もいろいろ出て来るので、お楽しみにー。
>みねさま
はいー。お陰さまで無事に始まりました。なんか、緊張してソワソワしてしまいます。ある意味、期待を裏切らないすごいエピソードも出てきますので、お楽しみにー。
mojina
もう1つ始まっている!
こちらも楽しみにしています。
「値段が高いから立ち直った」くだりで爆笑しました。
もともとたくましいお方なのですね……
組長
>mojinaさま
コメントありがとうございます。
>>もともとたくましいお方なのですね……
どうなんでしょうかね。ある意味ではそうなんですかね。笑
あくまで、自分で勝手に自分を追い詰めてただけで、他の何かから係る圧力に苦しんでたわけじゃないので、別のショックを与えればスコーンっと頭の中に巣くっていたモヤモヤが飛んで行ったのかもしれないですね。
これを、人は「居直る」と言う・・・。笑
tenjya
こんな連載があったんですね~
クリニックってカウンセラーのことですよね。
8,000円は安いほうですよ。最初は病院の先生にかかってから紹介して
もらったほうがいいです、でも本当に役に立つかどうか‥(笑)
あまりに長期間つらい状況が続いていると心の問題だけでなく、神経も
疲れてしまって回復までに1~2年かかるとかいうこともあったり
しますので、あせりは禁物です。
頑張ってね☆
逆転仕事術
お盆に残業課長を連載していた逆転仕事術です。
おぉ-!
やられました、完璧にやられました、こりゃー面白い!
スピンオフということですが、組長さんの意外な一面を知ることができてお得でした。
文章は相変わらず表現豊かで、その場にいるような感じを受けております。
各キャラクターの特徴も私が考えていたのと同じで、今後も楽しみです!
組長
tenjyaさん
コメントありがとうございます。
そうです、そうです。お医者さんじゃなくて、カウンセラー(臨床心理士)の方が話を聞いて下さったりするところだったと思います。
逆転仕事術さん
コメントありがとうございます。楽しんでいただけて、本当に嬉しいです★自分自信のネタと、久実チヨ像を上手く融合させようと考えましたが、最初の設定キャラが私のイメージと合わせやすかったので、スムーズに行きました!最終回まで、乞うご期待!!笑
組長
<連載裏話>
この連載は、金武さんとの別件でのメールのやりとりから生まれた企画です。その時に、ネタとして残業課長に登場させていただいたご縁で、久実チヨのスピンオフという形式を思いついたのでした。
久実チヨは、私の実年齢29歳より少し年上で、残業課長シリーズの作者、逆転仕事術さんのイメージを損なわないよう、実際の自分よりもかなり美化しています。自分が、「数年後にこういう女性になりたいなぁ」という理想を反映してみました。
また、文中でチヨは和久原課長のことを良く思っていないような書き方になってしまっていますが、設定では特にそういうことはありません。「熱血なところは、むしろ好きなんだけど、ちょっと熱血すぎて相手するの大変だわ」みたいな、「愛すべき熱血なおじさん」的に見ているとイメージしています。
更に、残業課長シリーズで、運用本部長の川場田アイ氏と仲がよさそうだったので、勝手にチヨと川場田氏は動期だから仲が良いという設定にしました。紅サラ氏についても、自分の実際の後輩を想定し、チヨが現場に出ていた頃にOJTで配属されて以来、仲が良いのでよくランチしたりお茶したり、飲みに行ったりしている仲という設定にしてみました。
<第1回ネタばれ>
これは、自分が23歳の時に実際に経験したことを、コラム化したものです。いずれ書こうと思っていたので、ちょうど良い機会を得て形にすることが出来ました。
モンモン
組長さん、こんにちは。
組長さんも心が疲れた経験をお持ちなんですね。
>それで、そのショック(?)で目が覚めたというか、「あぁ、自分で何とかしないとダメだ」って思って、立ち直ったの。
一線を越えずに立ち直れた場合、後の自分の生活にとって何らかの力になってくれてるような気がします。
「あの時の辛さに比べたら、今は~だぁ」と。
「逆境をバネに」とはこのことなのでしょうねぇ~
組長
モンモンさん
こんばんは。コメントありがとうございます★
>「あの時の辛さに比べたら、今は~だぁ」と。
確かに・・・。それと、もう2度とああいう状態になるのは嫌というか、怖いな、と思ったので、そうならないように上手に周りに助けてもらうことが出来るようになりました。
それと、私のようにお気楽な人生を歩んで来た人でも、何かの拍子に心が疲れてしまい、それが進行すると鬱になるということを、実感したのが良かったと思います。決して他人事ではないということが分かったので、自分と似た状態に陥っている人や、もっと深刻な状態になっている人の気持ちを思い遣ることが出来るようになったと思います。