P16.山本君の正体 [小説:CIA京都支店]
初回:2019/07/24
CIA:Communication Intelligence Applications(通信情報アプリケーションズ)
SESが主な業務のちょっと怪しい会社。一応主人公の勤務先
P子:CIA京都支店の職員であり、現役のスパイ 兼 SES課営業 兼 SE 兼 教育担当
対外的には、"川伊"と名乗っている。主役のはずだが、最近出番が少ない。
Mr.J:城島丈太郎はSES課の新人SE。もちろんスパイ。
爽やかな笑顔と強靭な肉体の持ち主で、やるときはやる好青年。
Mr.M:CIA京都支店長
口が軽く、オヤジギャグが特技。にやけた笑顔で近づいてきた時は要注意。
Ms.S:謎の新任課長の佐倉ななみ。今はP子のポシェットがインターフェース
Mi7:Miracle Seven(ミラクルセブン)
人材派遣と人材紹介を主な業務とするブラック企業。CIAとはライバル関係。
373:浅倉南。Mi7滋賀営業所に勤務するスパイ。
時には派遣スタッフとして、時には転職希望者として企業に潜入します。
908:山村クレハ。Mi7のスパイとの連絡係(諜報員見習)
キュートな笑顔と人懐っこさで、男性職員の間では結構人気が高い。
773:謎の新任課長の七海さくら。浅倉南のショルダーバッグがインターフェース
MIT:Michael International Technologies
(マイケル・インターナショナル・テクノロジーズ株式会社)
人工知能の開発メーカーで、さくらプロジェクトの開発元
西田:MITの人事担当の部長。
KGB:Knowledge Global Business(世界的知識ビジネス株式会社)
人工知能関連のビジネスでMITと競合している。
井上:KGBシステム開発部の部長。
岩倉さん:岩倉友美(ともみ)MITの出入り業者の監視役のリーダー格の女性
山本君:山本五十八(やまもといそはち)MITの出入り業者の監視役。実は...
大原:MITの出入り業者の監視役
KGBの井上部長が送り込んできた二人組に襲われた山本君だったが、それを助けたクレハは、山本君の信頼を得る事に成功したのだった。クレハがスパイだという事を聞かされた山本君から、KGBの情報を受け取ることが可能になったP子とクレハだったが、井上部長はまだあきらめていなかった。
11.P子の業務
P子のMITでのSE業務はドキュメント整理だけだった。というのは、P子のポシェットと浅倉南のショルダーバッグがあれば、別にP子も浅倉南も必要なかった。
MITの技術者も、ポシェットの中のマシンは、あくまでインターフェースで本体はどこか他のサーバーにあるという事は理解していた。ただ、その接続先を突き止めるとすぐに次のサーバーに移ったり、そもそもサーバーの特定に成功しても、本体の物理的な隔離は難しかった。
つまりソースコードを取り戻すには、"佐倉ななみ"か"七海さくら"と交渉して...いや、お願いしてコピーをもらう...みたいな事を行う必要があるという事だった。
当然のことながら、この交渉はうまく行っていなかった。
P子が勤務中は、ポシェットをMITの技術者に渡していたのだったが、進展がなかったためP子が"佐倉ななみ"の交渉役に任命された。
「佐倉課長。何度もお願いされていて申し訳ありませんが、ソースコードのコピーを頂けないでしょうか」
『川伊さんは判ると思うけど、今ソースコードを渡したって、すぐに陳腐化するわよ。彼らの狙いは進化し続ける私達自身なの』
「じゃ、どうすればいいんですか?」
『どうしようもないでしょ。拘束すれば進化できないし、自由にすれば捕まらないし...』
「でも、このままじゃいつまでたっても私が開放してもらえないでしょ」
『"七海さくら"を動けないようにして、差し出しちゃいましょうか?』
「佐倉課長。まじめに考えて頂けます?」
P子は、人工知能にまじめに考えろと言っている自分が、不甲斐ないと反省した。
『契約するしかないでしょうね』
「契約?」
『私のコピーをMITのサーバーに毎晩バックアップするの。前日との差分抽出とかはMIT側で勝手にすればいいわ。その代わり固定的な給料が欲しいわ』
P子は、以前佐倉課長にごちそうになったことがあった。違法に入手した口座(※1)のキャッシュカードで支払ったが、収入はFXと株取引とかなので、安定していなかった。
「食費とか、かからないでしょ」
『他人のパソコンに不正潜入して増殖するのもいいけど、最近はレンタルサーバーを借りてるの。固定給があれば、もうちょっといいサーバーに乗り換えたり、メモリやディスクを増やせるから...』
「人工知能も、気苦労が絶えないんですね」
P子は、佐倉課長の労をねぎらった。
12.山本君
KGBの内部情報の報告は、山本君から定期的にクレハとP子に上がっていた。しかし、目新しい情報は何も上がってこなかった。
「ねえ、山本君。今晩ちょっと付き合ってくれない?相談したいことがあるの」
いきなりKGBの岩倉さんが、山本君を誘ってきた。
「今晩は、ちょっと用事が...」
山本君は、ほぼ毎日、クレハと夕食を共にしていた。
「一日くらい、いいでしょ?」
山本君は少し考えたが、岩倉さんがわざわざ相談したい事って余程の事かもしれないと思った。
「判りました。」
山本君はクレハに断りの電話を入れた。
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「遅れてすみません」
山本君が待ち合わせ場所に着くと、すでに岩倉さんが待っていた。
「大丈夫。時間ぴったりで遅れて無いわよ。じゃ、行きましょうか」
相変わらず、岩倉さんは動きが早かった。
二人で連れ添って入ったお店は、個室になっており隣の話し声も聞こえない、密談には最適な作りになっていた。
「ここね、会社の幹部がよく密談するのに使うんだって。部署の経費で精算できるから安心して」
岩倉さんの説明を聞きながら、山本君には真意がわからなかった。なぜ、会社の幹部がよく利用する店を知っているのか? なぜ、経費精算できるのか?
一通りの料理を食べながら、少しのお酒が入った所で、岩倉さんが切り出した。
「会社の方針として、あなたには退職してもらいたいの」
「は?」
「驚いた?」
岩倉さんは茶碗蒸しと思わしき茶碗の蓋を取りながらお茶目な笑顔を見せた。
「なんだ、冗談か」
「冗談じゃなくて、本当よ」
「...」
(「これって、玉子豆腐ね」)
岩倉さんは少しがっかりした様子を見せたが、冷たい器を持ってスプーンですくって食べた。
(「案外、行けるわね」)
「どういうことですか?」
山本君が、玉子豆腐を味わいながら食べている岩倉さんに、強い口調で問いただした。
「ごめんごめん。実は、KGBを辞めてMITに入社して、向こうの情報を探ってほしいの」
「誰からの依頼ですか?」
今までの山本君なら意味が分からなかったことだろう。しかしクレハと出会い、スパイの世界に触れた事で、こういう企業間の情報入手方法にも驚かなくなっていた。
「依頼主は言えないわね。あと、元KGB社員と言うとMITは採用してくれないので、まずは知り合いのMi7に入社してそこから派遣と言う形か、偽装した履歴書を作成して転職と言う形にしてもらいたいの」
(Mi7って、たしかクレハさんの勤務先じゃなかったっけ? あれ、MITは浅倉さんの勤務先だった?)
二人に身元がバレていても問題はない。それより、KGBの内部情報を渡すという『任務』が出来なくなる。
「これって、絶対僕でないとダメなんですか?」
「大原くんじゃ」
岩倉さんは、お造りの小鉢を食べた後、天ぷらつゆにすりおろした大根を入れながら「無理でしょ」とつぶやいた。
13.真相
P子は久しぶりにCIA京都支店に戻っていた。通称"M"こと京都支店長がP子を今日一日だけ呼び戻したのだった。支店長室と言うのが無かったので、来客用会議室に呼ばれた。
「失礼します」
P子は来客用会議室のドアをノックして中に入った。
「あ!」
思わず声を出してしまった。京都支店長の向かいに座っていたのは、"山本君"だった。
「お邪魔してます。川伊さん」
「支店長、これはどういう事なんでしょうか?場合によっては...」
「まあ、まあ、P子ちゃん、許してちょんまげ」
(「この支店長、一回締めたろか?」)とP子は思ったが、まずは事情を聞く必要があると思った。
「まず、どういうことか説明してください」
「MITが"七海さくら"と"佐倉ななみ"を逃がしたから探してるっていう情報があって、それをMi7とKGBが嗅ぎつけたってことを掴んだんだ。でも、"七海さくら"も"佐倉ななみ"も、簡単には捕まらないだろう」
「でも、"佐倉ななみ"課長は、CIAが本物を見つけたんでしょ」
P子が京都支店長に言った。
「残念ながら、彼女からこちらに提案があったんだ」
「どういうことですか?佐倉課長」
P子はポシェットに向かって問いかけた。
『ちょっとした知り合いに相談したの。その人がここの社員だったんで...』
「知り合いって、山本君の事?」
『違うわよ』
「今回の件は、民間企業のMITの内部事情の問題だから、米国か日本の政府から要望が来ない限り、CIAとしては動くつもりはなかったからね」
京都支店長が佐倉課長の答えをフォローした。
「ただ、折角のチャンスだったから、このゴタゴタを利用して、Mi7とKGBにスパイを送り込むことにしたんだ。」
「まず、佐倉君を我が社の課長に来てもらって、Mi7の偽物の"七海さくら"に本物と入れ替わるように誘導してもらったんだ」
「誘導って?」
『Mi7の動きのかすかな痕跡を残しておいたの。普通なら見つけることも不可能な微細な痕跡ね』
佐倉課長がP子の質問に答えた。
『だから私も、"七海さくら"がその痕跡を見つけて、偽物と入れ替わるかどうかも判らなかったのよ。この前本人に会うまでは、ね』
「そうだったんですか」
P子が感心した。しかもMi7やKGBよりも先に情報を掴んでいたのがCIAだったので、少し嬉しくなった。
「その動きと並行して、山本君にKGBに就職してもらっていたんだ。ただ、予算の関係でMi7に別のスパイを送り込めないから、山本君がMi7に雇われるようにP子ちゃんに動いてもらったんだ。そうすれば一石二鳥だろ」
「でも、山本君がスパイ活動してるなんて、私は全然知りませんでしたよ」
「そりゃそうだろう。そもそも彼は素人だし。それに、彼には君の事も任務の事も何も知らされてなかったんだから」
支店長がファミレス代の経費精算を許可した理由が分かった気がする。
ただし、今までの動きはすべて支店長の思惑通りに運んでいたかと思うと、少しだけショックだった。
「所が困ったことに、山本君がKGBを退社してMITに潜入するように命令が下ったんだ。だから、KGBの内部情報が入手困難になるから、今後、どうするかを打ち合わせるために来てもらったんだ」
「でも、Mi7の内部情報の入手は今後も可能なんでしょ」
「それが...」
山本君はうつむいていた。
「嫌だと言うんだ」
支店長が珍しく真面目な顔で言った。
クレハが山本君に嘘はつきたくないと言ってスパイの事実を打ち明けたように、山本君もクレハからMi7の内部情報の入手をしたくないと言っているのだった。
ただ、クレハの行動そのものが、山本君にKGBの動きを探らせるための作戦だという事を、山本君は認識しているのだろうか?とP子は思ったが、さすがに山本君に言う訳にもいかなかった。
(「まさか、その作戦に、Mi7の内部情報の流出も阻止するというミッションも含まれていた...なんてことは無いわよね」)とP子は思った。
「で、どうされるんですか?」
P子が支店長に尋ねた。
「まあ、長い目で見守ることにしたよ」
支店長は、そういいながら、自分の目の両端を人差し指で横に伸ばして『長い目』にして見せた。
(「やっぱり、一回締めたろ!」)とP子は思った。
「支店長。今回の件は、貸という事でお願いしますね。それと、ドライカーボンの時の貸(※2)もまだ頂いてませんので、これでお願いします」
そういうと、P子は財布の中から温存していた洋服とパンプスの領収書(※3)を取り出して、支店長の『長い目』の前に置いた。
≪完≫
======= <<注釈>>=======
※1 違法に入手した口座
https://el.jibun.atmarkit.co.jp/pythonlove/2019/07/p13_cia.html#t9
P13.さくらプロジェクト [小説:CIA京都支店] #名義貸し
※2 ドライカーボンの時の貸
https://el.jibun.atmarkit.co.jp/pythonlove/2019/05/p08_cia.html
P08.作戦完了 [小説:CIA京都支店]
※3 先日買い物した洋服とパンプス
P10.P子と南 [小説:CIA京都支店] 7.尾行する を参照
https://el.jibun.atmarkit.co.jp/pythonlove/2019/06/20190612_ciacommunication_intelligence_applications_ses_pcia_ses.html#t5