今、話題の人工知能(AI)などで人気のPython。初心者に優しいとか言われていますが、全然優しくない! という事を、つらつら、愚痴っていきます

P08.作戦完了 [小説:CIA京都支店]

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P08.作戦完了 [小説:CIA京都支店]
初回:2019/05/29

14.作戦開始

 ドライカーボンの機密情報にアクセスできるのは、軽井社長、タナベ工場長、カナイ主任の3名だった。もし、製造ラインに何かあれば真っ先にカナイ主任が対処するが、浅倉南の狙いはタナベ工場長の方だった。
 理由は単純でパソコンの扱いがタナベ工場長の方が苦手だったからだ。機密情報にアクセスさせた後、速やかに情報を取得するためにはパソコンの知識が少ない人物の方が楽に行える、それだけの理由だった。

「まず、情報を盗んだことは知られちゃいけないの。これが絶対条件」

 浅倉南が山村クレハに言った言葉だ。

「南先輩。でも特許は取られてるんでしょ。なら製造方法は特許を見れば判るし、そもそも作れないんじゃないの?」

「特許に書かれてる程度の情報じゃ、高品質のドライカーボンは作れないの。特許に関してはクロスライセンス(※1)で何とかするんじゃない? とにかく私たちは情報の入手に専念すればいいわ」

 浅倉南とクレハの準備はすでに整っていた。
 製造ラインのどの機械を故障させるかも決まっており、その時の工場長の対応手順書も入手できた。後はカナイ主任が出張や休みで出勤していない時に実施するだけだった。だが、なかなかそのチャンスが巡ってこなかった。

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 「南先輩。あした15時ですよ」

 クレハによると、電子スケジュールで明日15時にCIA京都の担当者と会うことになっていた。怪しい上杉君とカナイ主任の両方ともいなくなる。そしてタナベ工場長は、午前中の経営会議の後、午後は"売上予測の作成"という予定なので自分の席で作業するはずだった。
 このチャンスを逃すのはマズい。カナイ主任が居らずタナベ工場長だけが処理できるような軽微なトラブルを起こすことが出来れば、機密情報にアクセスするはずだった。

 作戦はこうだ。

 15時前に掛かってくるCIA京都からの内線は、南かクレハが受けてカナイ主任に繋ぐ。と同時に電子スケジュールのカナイ主任の行動予定を管理者権限で"出張中"に書き換えておく。タナベ工場長はトラブル発生時には、必ずカナイ主任の所在を確認するはずだった。出張中なら、自分で対処しなければならないと考えるはずだ。
 ただし、面談時間は30分ってとこだろう。上杉君の延長か契約終了かどちらかの話のはずだからだ。

 「じゃあ、あしたお願いね」

 南はクレハと手順の確認をすると、自分の席に戻った。

15.決戦は金曜日

 翌日、約束の15時前に CAI京都の『川伊』という人物から内線電話がかかってきた。手はず通りにクレハが電話に出て、カナイ主任と上杉に声をかけて、お客様を会議室まで案内した。
 同時に南が電子スケジュールを"出張中"に書き換えた。クレハがお茶を出し終わってから、製造ラインに仕掛けた『罠』を発動させた。

「カナイ主任は居られますか?」

 ドライカーボンの製造ラインの担当者からの電話だった。

「今、席を外されていますが、ご用件は何でしょうか?」

 南が素知らぬ顔で電話に出た。

「実はドライカーボンの機械が不調で見ていただきたいのですが...」

「ドライカーボンですか。タナベ工場長なら居られますが、電話を繋げましょうか?」

「助かります。お願いします。」

 南は、タナベ工場長に駆け寄り軽く事情を説明したうえで、いつも持ち歩いているタブレットでカナイ主任の行動予定を見せながら電話を取り次いだ。

「判った。すぐに行く」

 タナベ工場長はそういうと電話を切って、自身のノートパソコンを持って製造ラインに向かった。

 浅倉南は自分の席から工場長のノートパソコンにリモート接続して待機した。もちろんノートパソコンのスリープモードはOFFにしてあった。工場長がノートパソコンを移動中に接続することが出来るので気づかれることはない。後は工場長がノートパソコンを見た際に機密ファイルにアクセスする状態を閲覧するだけだ。機密ファイルはサーバー上で閲覧する事はできるが、ファイルをコピーして持ち出すことは出来ない設定になっていた。なので、閲覧中の画面のハードコピー、または操作中の動画を取る予定だった。

 タナベ工場長は製造ラインでノートパソコンを立ち上げてワンタイムパスワードを入力して機密情報へアクセスした。不調の機械の設定情報を1つづつ見ながら、機密情報の設定と突き合わせて問題個所を見つけた。機械を再起動して正常に稼働していることを確認した。

「工場長、ありがとうございました」

「いや、まあ簡単な設定値の変更だけでよかったよ」

 工場長はそういうと自分の席に戻っていった。

16.決着

「南先輩、うまく行きましたね」

「うん、ばっちり設定情報のコピーが取れたわ」

「え~よかったですぅ」

 クレハが語尾を伸ばしながら笑顔でそう言った。浅倉南はこの愛しい彼女をぎゅっと抱きしめたくなった自分を何とか思いとどまらせた。

「ありがとね」

 自分でもびっくりするくらい不愛想な返事だったが、それでもクレハは喜んだ。

「南先輩に褒めてもらえた」

 浅倉南はクレハの頭を"なでなで"してあげた。

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 しばらくして、カルイスチールへ派遣されていた事務の浅倉南と山村クレハが期限満了で去っていった。その1週間後、CIA京都の上杉も契約終了となった。

 P子は、CIA京都支店の支店長(通称"M")とSES課の川島課長(通称"K")に今回の任務の報告を行った。その帰りに、ミスター"Q"のいる『デバイス開発室』に立ち寄った。

「P子先輩、お疲れさまでした」

「あら、丈太郎君。来てたの?」

 通称"J"こと城島丈太郎は、P子に連れられて来た日以来、時間があれば『デバイス開発室』に遊びに来るようになっていた。と言っても殆ど派遣先に常駐しているので、月に数回程度であった。

「P子先輩。上杉先輩からカルイスチール様の件聞きましたよ」

「あら、そうなの?」

 決戦の金曜日、P子はカツヤに指示をして、浅倉南と山村クレハに機密情報を盗ませた。まず、カツヤのパソコンからタナベ工場長のパソコンへリモート接続した。そしてゲートウエイにハッキングして彼女達のパソコンからタナベ工場長のパソコンへの通信がカツヤのパソコンに行くように仕掛けた。
 簡単に言うと、南かクレハが工場長のパソコンに繋いだつもりが、カツヤのパソコンに繋がるという仕掛けだ。カツヤのパソコンは工場長に繋げてあるので、彼女達はカツヤのパソコン経由で工場長のパソコンにリモートアクセスしていることになる。

 さらにもう一つの仕掛けが、画面のイメージの書き換えだ。

 機密情報はファイルで持ち出せないので工場長がアクセスしている画面のハードコピーを取るしかない。その際、工場長には実際の機密情報を見せつつ、彼女達には偽の画面を見せる必要がある。といってこちらも機密情報自体を見たこともないため、偽画面を作ることは出来ないのでリアルタイムで画像を書き換える必要があった。

 つまり、カツヤのパソコンで工場長のリモート接続の画面を見せつつ、その表面に数字の『3』を『8』に書き換えるプログラムを走らせてその画像を彼女達に盗ませたのだった。

 その間、カツヤは打ち合わせ中だったので本当にうまく動いているのか不安だったが、アクセスしていた時の動画を取っていたので、きちんと動作していることは確認できた。

「でも、『3』を『8』に書き換えたくらいで情報流出を防げたんですか?」

「まず、無理でしょうね」

「は?」

「また、丈太郎君にも良い案件を回したげるわね」

 P子はミスター"Q"に笑顔で軽く会釈して、丈太郎に『じゃね』と言いながら『デバイス開発室』を出た。

 丈太郎は P子の機嫌が良かったのがなぜだか判らなかった。

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 ここはミラクルセブン株式会社(略してMi7)の滋賀営業所。浅倉南は上司である矢沢部長(コードネームヤザワ⇒"830")に呼ばれて会議室にいた。

「いや~この度はお疲れさんでした。先方もドライカーボンの製造ラインの機械や材料、設定情報が入手出来て助かったと言っていたよ」

「恐れ入ります」

「所で、設定情報が書き換えられていることをどうやって知ったんだね」

「機密情報にアクセスしているときの動画を見ていたら、時計部分の表示がおかしかったんです。15:86 ってなってて。たぶん『3』を『8』に書き換えてるんじゃないかと」

「それだけで?」

「でも他の数字も書き換えられている可能性もあるので設定情報はあまり役に立たなかったかも知れません」

「そこは専門家が明らかにおかしな設定値は除外して確認した所『3』を『8』に書き換えてるだけだったみたいだよ」

「では、設定情報はすべて使えたんですか?」

「いや、元々『8』が『3』なのか『8』なのか判定が付かない箇所があったが、評価範囲がものすごく狭まったのでほとんど解明できたそうだよ」

「よかったです」

 浅倉南は会議室を出ると少しだけ落ち込んだ。設定値の書き換えは、工場長のパソコンではなく誰かのパソコン経由で画面を見せられていたとしか考えられない。CIA京都が来てカナイ主任と上杉君が都合よく消えた。どう考えても敵の戦略に乗せられたとしか思えない。
 しかも、書き換えの範囲が限定的過ぎたのは時間がなかったのか?

(わざと機密情報を盗ませたのは判るけど、書き換え程度の単純な方法じゃ専門家はごまかせないはず...)

 浅倉南はあのCIAの女性に出し抜かれた気がして仕方がなかった。

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 P子が『デバイス開発室』で丈太郎と会う30分ほど前、CIA京都支店の支店長(通称"M")とSES課の川島課長(通称"K")に今回の任務の報告を行っていた。

「P子ちゃん、お疲れちゃんちゃんこ」

 支店長のおやじギャグは疲れる...P子は愛想笑いを浮かべながら話を聞いていた。

「今回は依頼元のアメリカ企業が『わざと盗ませるように』との急な方針変更があったからな~」

「でもそれで良かったんですか?」

「相手企業が不正に情報を入手した事実を突きつけて、クロスライセンスで欲しい特許を手に入れる事にしたんだって」

 支店長の表現が余りにも軽かったので、P子は肩の力が抜けた気がした。

「支店長。今回の任務の件は、貸という事でお願いしますね」

「P子ちゃんは、チャッカリしてるね」

 支店長は笑いながら『判った判った。次はもっと良い任務を紹介するからチャラにしてね』と言った。

 P子としては、ミスター"Q"が前から欲しがっていたスパイ道具を必要経費で購入出来たことで『良しとするか』と納得したのだった。

≪完≫

======= <<注釈>>=======

※1 クロスライセンス
 ウィキペディア(Wikipedia)より
 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AF%E3%83%AD%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%BB%E3%83%B3%E3%82%B9

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