P15.2重スパイ [小説:CIA京都支店]
初回:2019/07/17
CIA:Communication Intelligence Applications(通信情報アプリケーションズ)
SESが主な業務のちょっと怪しい会社。一応主人公の勤務先
P子:CIA京都支店の職員であり、現役のスパイ 兼 SES課営業 兼 SE 兼 教育担当
対外的には、"川伊"と名乗っている。主役のはずだが、最近出番が少ない。
Mr.J:城島丈太郎はSES課の新人SE。もちろんスパイ。
爽やかな笑顔と強靭な肉体の持ち主で、やるときはやる好青年。
Mr.M:CIA京都支店長
口が軽く、オヤジギャグが特技。にやけた笑顔で近づいてきた時は要注意。
Ms.S:謎の新任課長の佐倉ななみ。今はP子のポシェットがインターフェース
Mi7:Miracle Seven(ミラクルセブン)
人材派遣と人材紹介を主な業務とするブラック企業。CIAとはライバル関係。
373:浅倉南。Mi7滋賀営業所に勤務するスパイ。
時には派遣スタッフとして、時には転職希望者として企業に潜入します。
908:山村クレハ。Mi7のスパイとの連絡係(諜報員見習)
キュートな笑顔と人懐っこさで、男性職員の間では結構人気が高い。
773:謎の新任課長の七海さくら。浅倉南のショルダーバッグがインターフェース
MIT:Michael International Technologies
(マイケル・インターナショナル・テクノロジーズ株式会社)
人工知能の開発メーカーで、さくらプロジェクトの開発元
西田:MITの人事担当の部長。
KGB:Knowledge Global Business(世界的知識ビジネス株式会社)
人工知能関連のビジネスでMITと競合している。
井上:KGBシステム開発部の部長。
岩倉さん:岩倉友美(ともみ)MITの出入り業者の監視役のリーダー格の女性
山本君:山本五十八(やまもといそはち)MITの出入り業者の監視役。実は...
大原:MITの出入り業者の監視役
山本君とクレハさんのデートをP子と丈太郎が監視するなか、急に二人が逃げ出した。急いで後を追いかけたが、先行して追いかけていた人物がいた。絶体絶命のピンチ!?
8.追跡
P子はポシェットの佐倉課長の誘導に従って、丈太郎を追いかけた。ただ、だいぶ後れを取っていた。
(領収書の社名を書くのに名刺を渡したのが間違いだったわ。あの店員、"通信情報アプリケーションズ株式会社 日本支部 京都支店"まで、きっちり書いてたから、時間はかかるし最後の方なんて文字がちっちゃくって変なとこで折り返すし...)
通常は、"CIA京都支店" でOKをもらえた。ただし、"上様"は、NGだった。(※1)
正面から、足を引きずった男性がもう一人の肩につかまって歩いてきた。肩を貸している男性も右腕がだらんとして痛そうな表情を浮かべていた。
『もう少しよ。頑張って』
佐倉課長が応援してくれたが、だいぶ疲れていたのでどうでもよかった。
『その先を右ね』(※2)
P子が右に曲がると、丈太郎が立っていた。周りには誰もいない。
「見つかった...訳なさそうね」
「だいぶ先を走っている姿をちらっと見かけたんですけど、路地やらビルの隙間やらですぐに見失ってしまいました」
「仕方ないわね」
「所で、僕の前を一人の男性が走っていたんです。同じ方向に」
P子はレストランで自分たちより先にレジに並んでいた男性達を思い出していた。彼らから逃れるために、クレハ達は逃げたのか?
(どうせ見失うんだったら、最後のデザートまで食べるんだった...)
P子はそう思ったが、良からぬ考えだったとすぐに反省した。
それより、クレハ達がどうなったか気になりだした。まさかとは思うが、山本君は全くの素人だし、追跡していた男性達も素人じゃない。クレハさんじゃ分が悪い。逃げきれていてくれればいいけど...
P子は逡巡(しゅんじゅん)したが、思い切って浅倉南に連絡してみることにした。どうせクレハには私たちが来ていたことを知られているし、明日になれば浅倉南にも情報が伝わる。
「もしもし、私、CIAの川伊(※3)と申します」
「こんばんは。こんなお時間に?お仕事ですか?」
「実はクレハさんのことで...」
少し間が空いた。
「クレハのデートを監視されてたんでしょ?」
浅倉南は努めて冷静に、そして少しだけ楽しそうな声を出していた。
「実は、その後不審な二人組の男性に追いかけられたようで...見失ったんです」
P子は素直に打ち明けた。
「その話も聞きましたよ。わざわざ心配してくださったんですね。うまく逃げきれたって言ってましたからご安心ください」
浅倉南は(「明日、ちょっとお話ししましょう」)といって、電話を切った。
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「あのアマ...」
一人の男が立ちあがろうとしたが、膝(ひざ)が痛くて言うことを聞かない。もう一人の男が肩を貸そうと左手を差し出した。反対の右腕はだらんとして動かせなかった。
一瞬の出来事とはこのことだろう。別に危害を加えるつもりはなかった。"山本"という男性を連れて来いという命令だけを受けていたので、女性の方には興味がなかった。
"山本"に手を伸ばした瞬間、手前の女性に肘(ひじ)をねじられながら関節を逆方向に押された。強い力ではなかったが利き腕が使えなくなった。相棒の男が一歩踏み込んで全体重がその足にかかった瞬間、足元を払われたうえで膝を外から蹴られた。ほんの少しの力だったが、バランスを崩して全体重がのった膝は、あらぬ方向に曲がったかに思えた。
二人が走り去っていくのを追いかけようとしたが、腕が痛くて走れなかった。もう一人は立つことすらできない様子だったので、追跡はあきらめざるを得なかった。
二人とも腕力には自信があった。戦闘訓練も受けている。なのにあんな小娘にやられるとは...
それよりも、どうやってこの事態を上司に報告しようか、それが最大の悩みだった。
9.例の一件
定時を少し過ぎた頃、浅倉南がP子の席まで近づいてきた。
「30分後に出られる?」
浅倉南が確認してきたので、了解した。
浅倉南とP子が連れ立ってMITのオフィスから出てきた。正面の喫茶店には入らずに少しだけ歩いて別の喫茶店に入った。
「南せんぱぁ~い」
店に入ると、クレハがキュートな笑顔で手を振っていた。その横には山本君も座っていた。
「さて、どこから始めましょうか?」
浅倉南がP子と山本君を見ながらそう言った。考えるまでもなく、山本君に説明する所から始めないと彼には何のことだかさっぱりわからない状況だったからだ。
クレハが口火を切った。
「昨日、私が言った言葉、覚えてる?」
山本君は恐る恐る言った。
「クレハさんは、...スパイ...なんですか?」
クレハは少し肩をすぼめて、ペロッと舌を出した。浅倉南が小さく頷(うなず)いた。
「実は、クレハがあなたに近づいたのは、KGBの動きを探る為なの」
浅倉南の言葉に、山本君はショックを隠せないという表情になった。
「でも、クレハが辞めたいって言うの...あなたに嘘はつきたくないって」
クレハは山本君の腕にしがみつく様にまとわりついた。
「つまり、クレハがこの任務から降りれば、KGBを探る手段もなくなるってことなの」
山本君には話の流れがもう一つ見えない様子だった。浅倉南はそれでも話をつづけた。
「要するに、クレハの代わりに、あなたがKGBの動きを探る手伝いをして欲しいという事」
P子は、このやり取り...いや一方的な浅倉南の話をただ聞いているだけだった。この先の展開も全く予想が付かなかった。
「山本君は、今まで通りKGBで働いていて。情報提供の報酬は別に用意するって」
クレハが言った。
「それから、情報提供は私と直接会って渡してね。メールや電話は監視されてるかも知れないから」
(クレハったら...)
浅倉南はちょっと感心した。メールや電話も盗聴されない方法はあるしクレハもそういうツールを持っている。あえて、直接やり取りするというのは、山本君と会う口実だった。
「所で、私たちへの情報提供と、お礼はどうしましょう。個別に会って頂けます?」
P子が口を挟んだ。
「山本君、モテモテね」
浅倉南がチャチャを入れた(※4)と同時に、P子はクレハに睨(にら)まれた...ような気がした。
「そんなの、山本君に手間だと思いますので、私が報告書をまとめてお送りします」
クレハはそう言ったが、当然P子が納得するはずもなく(「同時に会いましょうか?」)というP子の提案に今度は本気でクレハに睨まれた。
「じゃあ、川伊さんがお持ちの盗聴防止機能付きの携帯でメールしてもらえればいいんじゃない?」
浅倉南がクレハに助け舟を出した。実際、P子もいちいち会いに行くのは面倒だったし、最初からそのつもりでいた。
「じゃ、そういうことで」
浅倉南が締めくくった。
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「店長、この間、アイスコーヒーをケーキセットにチェンジ(※5)したお客さんが来てますよ」
奥の調理場に戻ったその店員が店長に報告した。
「店長がおっしゃったように、4人で来てますよ。しかも今日は最初からケーキセットを頼みました」
「君はやけにあのお客様の事が気になるようだね」
店長がちらっとそのテーブルを見ると、男性客1人に女性客が3人という構成だった。
「店長と俺が加わって、3対3でセパタクロー(※6)でもしますか?」
店員は、自分と店長の間に冷たい風が吹き抜けるのを感じた。
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10.二人の男
KGBの井上部長の前に、二人の男が座っていた。
一人は右腕を三角巾で吊っている姿が痛々しかった。もう一人の椅子の横には、松葉づえが置かれていた。
「大変だったね、と言いたい所だが...」
井上部長は二人を代わる代わる見ながら、最後の言葉をゆっくりと言った。
「すみませんでした。予想外のことがあって...」
「山本君から、ほんの少し事情を聞きたかっただけなんだけどな」
「本当にすみませんでした」
腕を吊っている男性が恐縮しながら答えた。
もう一人の男が、質問した。
「でも、部下なんですから普通に会議室に呼べばいいんじゃなかったんでしょうか?」
「私が知りたがっているという事を、山本君には知られたくないんだよ」
井上部長は(「そんなことも判らんのか?」)と言わんばかりの表情を浮かべた。
「所で、もう一度と言いたい所だが...」
井上部長は二人を代わる代わる見ながら、先ほどと同じように最後の言葉をゆっくりと言った。
「出来ると思います」
腕を吊っている男性がすぐに答えた。たが、もう一人の男性は少し躊躇しながら答えた。
「例の女がいつも横にいるんで...私は尾行も出来ないので辞退させてください」
「そうだな、判った。どちらにしても、その怪我が治るまでは代役を立てるとするか」
井上部長は、そういうと二人に治療費込みだと言って、紙封筒を渡した。
======= <<注釈>>=======
※1 上様
https://airregi.jp/magazine/guide/4114/
領収書で「上様」は使って大丈夫? 領収書の正しい宛名の書き方とは?
※2 その先を右ね
P子はポシェットをお腹に押し付けた体勢のまま...のようですね。
※3 川伊
P子が使っている偽名の一つ
※4 チャチャを入れた
https://www.yuraimemo.com/1649/
「茶茶を入れる(ちゃちゃをいれる)」 の由来
※5 アイスコーヒーをケーキセットにチェンジ
https://el.jibun.atmarkit.co.jp/pythonlove/2019/07/p13_cia.html#t5
P13.さくらプロジェクト [小説:CIA京都支店]
※ 『後からセットに変更って結構やれますよ』というコメント頂きました。
(編)さんからも、Facebookにコメント頂きました。
皆様ありがとうございます。
※6 セパタクロー
セパタクロー(Sepak Takraw)東南アジア発祥の「空中の格闘技」
https://aseanpedia.asean.or.jp/sports/sepak_takraw/
クレハも同じ事言ってましたね。
https://el.jibun.atmarkit.co.jp/pythonlove/2019/06/p12_cia.html#t2
P12.クレハを誘惑 [小説:CIA京都支店]