P12.クレハを誘惑 [小説:CIA京都支店]
初回:2019/06/26
CIA:Communication Intelligence Applications(通信情報アプリケーションズ)
SESが主な業務のちょっと怪しい会社。一応主人公の勤務先
P子:CIA京都支店の職員であり、現役のスパイ 兼 SES課営業 兼 SE 兼 教育担当
対外的には、"川伊"と名乗っている。主役のはずだが、最近出番が少ない。
Mr.J:城島丈太郎はSES課の新人SE。もちろんスパイ。
爽やかな笑顔と強靭な肉体の持ち主で、やるときはやる好青年。
Mr.M:CIA京都支店長
口が軽く、オヤジギャグが特技。にやけた笑顔で近づいてきた時は要注意。
Ms.S:謎の新任課長の佐倉ななみ。今はP子のポシェットがインターフェース
Mi7:Miracle Seven(ミラクルセブン)
人材派遣と人材紹介を主な業務とするブラック企業。CIAとはライバル関係。
373:浅倉南。Mi7滋賀営業所に勤務するスパイ。
時には派遣スタッフとして、時には転職希望者として企業に潜入します。
908:山村クレハ。Mi7のスパイとの連絡係(諜報員見習)
キュートな笑顔と人懐っこさで、男性職員の間では結構人気が高い。
773:謎の新任課長の七海さくら。浅倉南のショルダーバッグがインターフェース
MIT:Michael International Technologies
(マイケル・インターナショナル・テクノロジーズ株式会社)
人工知能の開発メーカーで、さくらプロジェクトの開発元
西田:MITの人事担当の部長。
KGB:Knowledge Global Business(世界的知識ビジネス株式会社)
人工知能関連のビジネスでMITと競合している。
井上:KGBシステム開発部の部長。
岩倉さん:岩倉友美(ともみ)MITの出入り業者の監視役のリーダー格の女性。
山本君:山本五十八(やまもといそはち)MITの出入り業者の監視役。実は...
大原:MITの出入り業者の監視役
KGB社員の山本君を味方につける事にしたP子は、まず、丈太郎にクレハさんを誘惑させ、そのクレハさんに山本君を誘惑してもらう事にした。その為に、浅倉南に協力を要請することにしたのだが...
14.佐倉と南
P子は佐倉課長の作戦がうまく行くかどうかは判らないが、とりあえず丈太郎にクレハを誘惑させてCIAの2重スパイに仕立て上げる計画を進めることにした。
どちらかと言うと、丈太郎は浅倉南派で、上杉兄弟がクレハ派だったが、上杉タツヤはすでにクレハに撃沈されている(※1)ので丈太郎しかいなかった。
ただ、P子にはクレハとの接点もなかったし、唯一の繋がりと言えば浅倉南だけだったがどう切り出せばよいのかもわからなかった。
「浅倉さん。この前話した城島丈太郎君が、おたくのクレハさんに会いたいって言ってるんですけど...」
(あー無理無理。こんなこと言えないわ)
「浅倉さんとこのクレハさんって、魅力的なんですってね。一度会ってみたいわ...」
(んー、意味不明ね)
「浅倉さん。この前話した城島丈太郎君が、可愛い娘を紹介して欲しいって言ってるんだけど、誰かいない?」
(ますます、意味不明ね)
P子は色々とシミュレーションしてみたが、うまい口実が見つからなかった。あれこれ悩んでいる間に、マイケル・インターナショナル・テクノロジーズ社(通称MIT)の大阪支店のオフィスに着いてしまった。
「おはようございます」
真っ先に、浅倉南が出迎えてくれた。
「おはようございます。こちらの席をお使いください」
浅倉南は必要最小限の会話でP子を案内すると、その場を離れようとした。
「あの、浅倉さん。実は相談があるんですけど...」
P子はその後のことはまだ何も考えていなかった。だが、ここで引き留めないと、いつまでたっても切り出せないと思っていた。どうせ良い理由はこの先も思いつく可能性は低いと感じていた。
浅倉南はなんとなく言い出しにくそうにしている川伊を気遣って、奥の会議室へ案内した。
「何でしょうか?」
「実は...あの...」
P子が言いよどんでいると、ポシェットから声がした。
『浅倉南さん。始めまして、私は佐倉ななみと申します』
「え? まさか。じゃあ、七海さくらもご存知でしょうか?」
(???)
『浅倉南さんとこでは、そこまで情報が伝わってるんですね。川伊さんには知らされていないの』
「佐倉課長!どういう事なんでしょうか?」
P子がポシェットに詰め寄ると『川伊さん、落ち着いて』とポシェットが後ずさりしたように見えた。
二人、いや、P子とポシェットとのやり取りを見ていた浅倉は、その会話に入っていくことが出来なかった。
『川伊さんに簡単に説明すると、MITは"七海さくら"と"佐倉ななみ"を探しているの。一人は私だけど、もう一人が見つからないの。察するにMi7さんでは、"七海さくら"の偽物を使って、MITに潜入したんじゃない?』
ポシェットが、浅倉南の方を見て言っているようにP子には感じられた。
浅倉南は、まだ一度も二人の前に現れていない"七海さくら"を偽物と見破った"佐倉ななみ"について、本物である確信を得た気がした。
「所で、何かの用事があったんですよね」
浅倉南は、P子に本題に戻るように促した。
「実は、昨日KGBの社員に後をつけられて...」
「ああ、向かいのビルの喫茶店にいる3人組の事ね」
「え?」
「大原、山本、岩倉だったかしら。かれこれ2週間程前から陣取ってるわよ」
彼らは最初の打ち合わせに使うだけのつもりだったが、喫茶店代が経費で落ちるという事と、お店の人に別段何も言われない様子だったので、そこに居座ることにしたのだった。
『その後をつけてきた"山本"という人物を、こちら側に引き入れたいの』
佐倉ななみが、いきなり本題に切って入った。
「なるほど。...そこで、私に?...いや、クレハを貸して欲しいと?」
浅倉南は、自分で言っておきながら「私じゃなくクレハね」と、少し不満げな表情を見せたが、すぐにクレハに連絡を付けてくれた。あの表情は、あくまで社交辞令的なパフォーマンスだった。
15.クレハと山本君
浅倉南とP子とポシェットの佐倉ななみ、そしてクレハは、昼休みにもう一度合流することにした。
「南せんぱぁ~い」クレハが浅倉南を見つけると人懐っこい笑顔で小走りで近づいてきた。
「川伊さん。お久しぶりです」
クレハは、なんだか楽しそうな会ですね、と言って席に着いた。
「クレハさんには、誘惑して欲しい人がいるの」
浅倉南がP子からあずかった"山本君"の写真をクレハに見せた。
「ふ~ん」
クレハは少し考えてから、クラッチバッグから手鏡を取り出し窓際のテーブルに座っている人物を確認した。
「あの人ですね」
P子は感心した。クレハは単なる連絡員だと思っていたが、洞察力があり頭も切れる。3人(+ポシェット)が待ち合わせに使ったのは、尾行者達がいるMITの向かいのビルの喫茶店だった。そこには男性客が2人座っていた。
「どういう手で行きます? 2対2で、合コンでもセッティングしましょうか?」
「今は居ないけど、もう一人いるのよ」
「じゃあ、3対3ならセパタクロー(※2)でも行います?」
「あなた、ルール知ってるの?」
「じゃあ、6人で出来る事ってバレーボールかしら?」
「対戦相手が必要でしょ。まじめに考えてよ」
クレハは、ペロっと舌を出してキュートな笑顔で微笑んだ。
浅倉南とクレハの会話を黙って聞いていたP子だったが、ふと丈太郎の事を思い出していた。何となく2人の会話のテンポが丈太郎との会話のテンポと似ている気がしていた。
「じゃあ、レシピ18 で行きましょうか」
浅倉南とP子は彼らに面が割れている。クレハは知り合いの女性たちに形式的に挨拶だけして席を立った風に装って、化粧室に向かった。
「レシピ18って何です?」
P子が浅倉南に確認した。
「一か八か、出たとこ勝負って戦法よ」
(それって戦法?)
クレハが化粧室から戻って、私たちの席ではなく少し離れた所に一人で座った。ちょうど山本君と目が合う位置だった。
クレハはメニューを見ながら「スフレチーズケーキとミルクティのセットでお願いします」と店員さんに注文した。
ケーキセットがクレハに運ばれてくるのを見て、P子は浅倉南に質問した。
「Mi7って、ケーキセットも経費で落とせるの?」
「え? CIAでは経費で落としてもらえないの?」
P子は、先日買い物した洋服とパンプスが経費で落としてもらえなかったことを、少し根に持っていた。(※3)
「所で...」
浅倉南が、COACHのショルダーバッグをテーブルの上に置いた。
『お久しぶりです。佐倉ななみさん。例の件は順調ですか?』
ショルダーバッグから声が聞こえた。七海さくらだった。
『こんな形で再会できるなんて思わなかったわ。あなたの方こそ順調そうね』
ポシェットから、佐倉ななみが応答した。
(「動きがあったわよ」)
浅倉南が、2人の方を見ないで小声で言った。その言葉をきっかけに、ショルダーバッグもポシェットも静かになった。
MITから2人連れの訪問者が出てきた。それを見て大原という若者が立ちあがった。残るはターゲットの山本君だけになった。
クレハがスフレチーズケーキを食べ終わり優雅にミルクティを飲んでいたが、なんだか様子がおかしい。少しバタバタしている感じだったが、ついに自分のクラッチバッグの中身を全てテーブルに広げだした。注意して見ていれば判るが、一般客からは判らない動きだろう。
しかし、山本君はその異常な行動を見ていた。クレハは何度か山本君と目が合ったが不審な行動を隠すように振舞っていた。それが逆に山本君から見ると余計に不自然な動きに見えた。
(「その手で来たか」)
浅倉南が小声でP子にささやいた。
ついにクレハは勝負に出た。クレハは空いたお皿と飲みかけのティーカップと伝票を持って、山本君のテーブルに移った。
「あの、本当に申し訳ないんですけど、ここの支払いが出来なくって...」
クレハは本当に憔悴した感じで懇願した。
「いいですよ」
山本君はあっさりその伝票を受け取った。どうせ自分たちの支払い分も経費精算するつもりだったので躊躇しなかった。
「本当にすみません。あの、よろしければ連絡先交換していただけます?必ずお返ししますから」
「いえ、大丈夫ですよ」
「そんな事おっしゃらずに...」
クレハは雨に濡れて凍えて震えている子犬のような目で、山本君を見つめた。
「まず私から」
そういうとクレハは自身の携帯を取り出して、自分のLINEのQRコードを表示した。
山本君はてっきり"ふるふる"で交換すると思っていたので戸惑ったが、いつのまにかクレハが横に回り込んで携帯をのぞき込んでいた。顔と顔が10cm位の距離に近づいている。
「ごめんね。訳があって、位置情報サービスをOFFにしているので"ふるふる"できないの」(※4)
(「あれは"うるうる"で"ふるふるできない"の技ね」)
浅倉南が小声でP子に説明した。正面に座ったままで"ふるふる"するより、ターゲットの横に回ってQRコードを読み込ませる方が、圧倒的に近づける。
(「特に目を"うるうる"させながら近くで見つめ合うと効果的なの」)
浅倉南が補足した。
QRコードの読み取り方法を一緒に操作しながら、無事ID交換が終わった。クレハはすぐに「ありがとうね!」というメッセージを山本君に送った。
そして、クラッチバッグからイルカのストラップ(※5)を取り出して山本君に渡した。
「これ、あげるね。それと明日、ランチにご一緒できない?」
クレハは完全に山本君の横にへばりついていた。この救世主にお礼がしたい、感謝でいっぱいという雰囲気を全身から漂わしていた。
(「あの状況でクレハのランチを断われる男性はいないわね」)
浅倉南の説明を受けるまでもなく、P子も同感だった。タッちゃんが撃破されるのも無理はないとP子は思った。
クレハが、笑顔で別れて店を出ると、ほぼ同じタイミングで岩倉さんが帰ってきた。山本君の向かい側に座ると、空のお皿とティーカップが目に留まった。そしてクレハが置いていった伝票を横目で見た。
「ケーキセットを追加したの? そんなの注文したの初めてじゃない?」
岩倉さんは、ちょっと不審感を持ったが、尾行で疲れたのか「私も甘いのがいいわ」と言って、店員を呼び止め「いちごショートとクリームソーダのアイスダブルでお願いします」と伝えた。
少しすると、浅倉南の携帯がぶるぶる震えた。クレハからの電話だった。
「危なかったですぅ。南先輩、ありがとうございました。明日のランチの場所が決まったら、また連絡しますね」
浅倉南が、岩倉さんが帰ってきた事をクレハに知らせたのだった。
(丈太郎君にクレハさんを誘惑させるという計画は、たぶん無理だったわね)
P子はそんなことを思いながら浅倉南と連れ立って、向かいのMITのオフィスに戻っていった。
≪Part2につづく≫ (※6)
======= <<注釈>>=======
※1 上杉タツヤはすでにクレハに撃沈されている
P07.方針転換 [小説:CIA京都支店] 11.進展 を参照
https://el.jibun.atmarkit.co.jp/pythonlove/2019/05/p07_cia.html#t4
※2 セパタクロー
セパタクロー(Sepak Takraw)東南アジア発祥の「空中の格闘技」
https://aseanpedia.asean.or.jp/sports/sepak_takraw/
※3 先日買い物した洋服とパンプス
P10.P子と南 [小説:CIA京都支店] 7.尾行する を参照
https://el.jibun.atmarkit.co.jp/pythonlove/2019/06/20190612_ciacommunication_intelligence_applications_ses_pcia_ses.html#t5
※4 "ふるふる"できない
https://appllio.com/howo-to-use-line-furufuru-friends-search
LINE「ふるふる」の仕組みと友だち追加方法、使えない時の権限/位置情報の確認など
※5 イルカのストラップ
P07.方針転換 [小説:CIA京都支店] 12.監視 を参照
https://el.jibun.atmarkit.co.jp/pythonlove/2019/05/p07_cia.html#t3
カルイスチールのキャラクタ『逆さイルカ』のストラップです。
創立30周年の記念に社員に配布された...という設定です。
※6 Part2につづく
1か月4話完結で想定しています。
1話を12分でまとめればテレビドラマ1本分として放送可能...かも