P07.方針転換 [小説:CIA京都支店]
初回:2019/05/22
10.方針転換
浅倉南は、上杉と親しげに話している山村クレハを見て順調に進んでいると思った。南がクレハに耳元でささやいたのは、『上杉と仲良くなって情報を聞き出す』という任務だったからだ。
彼がスパイだという事は確信に変わっていたが、その目的が判らなかった。直感的には自分たちの狙っている機密情報の横取りだろうが、アメリカ企業の損益に関わる案件だけに、機密情報の防衛の方の可能性も高いと思っていた。
ところで、肝心の任務である機密情報の入手が順調ではなかった。
「南先輩。セキュリティフォルダへのアクセスですが、工場長のパソコンにリモートデスクトップの設定(※1)は行ったので工場長がワンタイムパスワードでセキュリティフォルダにアクセスしている最中に席を外させて、その間にリモートからアクセスするしかなさそうです」
クレハからの報告を受けて、浅倉南もちょっと危険だなと感じた。
「でも、ログイン中に席を外すって余程の事でもないと無理じゃない?」
「例えば、工場の機械を爆破しちゃうとか...」
クレハがかわいい顔をして過激な事を言うので、冗談か本気か判らなかった。
「工場長は、めったにセキュリティフォルダにアクセスしないので、リアルタイムに見張ることは難しいんじゃない?しかも機械を爆破って、リモコンで操作するの?」
『リモコンはいいかも』とクレハが妙に感心していたので、本気で機械を爆破するつもりだったのか?と浅倉南は思った。
「そもそも、そのセキュリティフォルダに本当に機密情報が隠されているのか判らないんだから、あまりリスクを負いたくないの」
浅倉南は、少し考えてからゆっくりと話し出した。
「爆破はともかく機械の設定を変更できないかしら。要するに、工場長本人に機密情報を持ちだしてもらえればいいのよ。ドライカーボンを製造している機械の調子が悪ければ、調整するために機密情報を持ちだして再設定するんじゃない?」
「南先輩、すごいアイデアですう」
クレハが人懐っこい笑顔で語尾を伸ばしながら言うもんだから、浅倉南も少し嬉しくなった。
11.進展
P子はカツヤを『デバイス開発室』に招き入れた。ミスター"Q"は隅の作業台で何やら電子機器を改造している様子だった。
カツヤとタツヤは交互にカルイスチール様で仕事をしていたが、今日はタツヤが現場でカツヤが居残りだった。
「クレハさんとは仲良くなりましたが、彼女と浅倉南さんとはあまり親しくないって言ってますが、時々2人で話している様子を見てると仲間だと思います」
カツヤはそういうと『浅倉南さんとはあまり話す機会がなくって』と申し訳なさそうに言った。
(だいぶ警戒しているようね)
P子はカツヤとタツヤが浅倉南攻略に手間取っている原因は、浅倉南も上杉を警戒しているからだと思った。最初、タツヤから怪しい人物の名前が『浅倉』と聞いて(まさか)と思ったが、隠し撮りしてもらった写真を城島丈太郎に確認してもらっていた。
機密情報を狙っている人物は、浅倉南とクレハという事は明白だった。社長に進言してこの2人を追い払うことも可能だろうが、結局別の人間が送り込まれてきたりするため根本的な解決にはならない。
やはり現行犯逮捕じゃないが、動かぬ証拠をきっちり押さえないといつまでたっても解決しないとP子は思った。ただ、あの2人がどういう行動に出るか全くわからなかった。
「あの2人は事務所と工場間で指示書を届けたり結構出入りが多いんですけど、例のドライカーボンの製造ラインに用事もないのに、よく行くんですよ。注意して見てないと判らないんですけど」
P子は少し考えた。カツヤとタツヤの観察眼は信用できる。
(それが本当だとすれば、2人は工場内で何かを仕掛けるつもりなのか?)
「もしかすると、製造ラインか機械に何か細工をして工場長が席を外した時を狙って行動を起こすのかも...」
P子がそういった時、ミスター"Q"が横から口を挟んだ。
「ワシなら、その工場長に直接機密情報を持ってきてもらうがね」
「機械に爆弾を仕掛けたとかいって、身代金の代わりに持ってきてもらうとか?」
カツヤが少し笑いながらそう言った。P子とミスター"Q"が 2人揃って"shrug"のポーズ(※2)を取ったので、カツヤは照れたように自分も同じポーズを取った。
「でも、いい線行ってるかも」
P子がそういった。
「例えば、機械を止めるとか設定を変えるとかして機密情報を見ないと再始動できなくするとか...」
「でも、工場の監視と事務所の監視の両方を同時に行うのは無理です」
カツヤが今度は真顔で言った。
12.監視
カツヤとタツヤの当面の任務は、浅倉南とクレハの監視に決まった。『在庫管理システムの改修案件』が派遣業務だったので、現場で物の流れを確認するという名目で工場内に頻繁に出かける事にした。
ただ、浅倉南とクレハが出かけるタイミングで一緒に行くと色々な意味で怪しまれるので注意が必要だった。なので2人が出かけた後で何かしていないかを確認する事にした。
やはりドライカーボンの製造ラインに興味があるみたいで、頻繁にその周辺に行っている様子だった。といって何かをする感じでもないので、何をしようとしているかも分からなかった。
今は、2人の席が見られるように隠しカメラを仕掛けていた。また、工場内のドライカーボンの製造ラインも監視できるようにカメラを仕込んであった。夜間の動体検知も働かしているので、何かあればすぐに連絡が来る。
「上杉さん。今日も工場でヒアリングですか?良かったら一緒に行きましょうか?」
クレハが声をかけてきた。環境にも慣れてきたので、ここ何日かはタツヤの当番だった。
「え、嬉しいな。じゃ帽子を取ってくるね」
タツヤはカルイスチールのタナベ工場長から頂いた帽子を着用した。支給というより本当にもらったという意味だった。その帽子は全体が黒色で横にジャンプして海に飛び込むイルカのイラストが水色で刺繍されていた。(※3)
「システムの開発の方は、だいぶ進みました?」
クレハが横に並んで歩きながら話しかけてきた。腕が当たるか当たらないか位の距離感だった。
「システム的にはだいぶ進んでるんだけど、業務フローに適用して本当に現場が回るかどうかの検証が余り進んでないんだ」
それは事実だった。タツヤはSEとしてもそれなりの能力があり、業務フローと現場の乖離が激しい事を懸念していた。開発が長引くのは困るので本当に工場に出向く回数が増えていたのだった。
「ところで、クレハさんも結構工場に用事があるんだね」
「ええ、事務所で印刷した伝票を毎回現場まで持っていかなくちゃいけないの。上杉さんのシステムが動けば、そんなことしなくても良くなるの?」
(たぶん、製造指示書と変更連絡書、出庫明細と出荷連絡書の事だろう)とタツヤは思ったが、今回のシステムでは現場にネットワークを敷いてプリンタを持っていく要件定義はなかった。
「今の所対応する予定はないけど、カナイ主任に話しておくよ」
「ありがとう。嬉しいわ!」
クレハはキュートな笑顔でそういうと、タツヤの腕を抱え込んで上目遣いでもう一度『ありがと』と言うと『じゃね』と小さく手を振りながら離れていった。
タツヤのファイヤーウォールが突破(※4)された瞬間だった。
13.罠
P子はカツヤをミスター"Q"の『デバイス開発室』に呼び出した。
「タッちゃんが例の彼女に撃破されちゃったらしく、明日からカッちゃんに行って欲しいの」
「判りました。所でいつまで続けるんですか?全然進展しないですね」
「そこで揺さぶりをかけようと思うの」
P子が言うには、2人は機械の設定を変えるか何かして機密情報にアクセスした所を狙うんじゃないか?と。しかも狙うなら主任じゃなく工場長の方を。なら、そのチャンスを作ればよい。
「今週末にカルイスチール様に訪問するわ。そこでカナイ主任とあなたを足止めすれば、きっとそのチャンスに乗ってくるはずよ」
「でも、それじゃミスミス機密情報を盗ませてしまいますよ」
「それが狙いなの」
「え?」
「盗むのを阻止し続けるという事は彼女たちも盗むのを止めないわ。盗んで始めて終了するんだから」
「で、でも?」
「まあ、そこはちょっと協力してもらうわよ」
P子はそういうとカツヤに今後の手順を説明した。
「決戦は今度の金曜日よ」(※5)
======= <<注釈>>=======
※1 リモートデスクトップの設定
リモートデスクトップの接続を許可する方法 ( Windows 10 )
http://faq3.dospara.co.jp/faq/show/06300?site_domain=default
※2 "shrug"のポーズ
(両方の手のひらを上に向けて)すくめる、肩をすくめる、肩をすくめること
https://ejje.weblio.jp/content/shrug
※3 海に飛び込むイルカのイラスト
え?判りました?すごいですね。
海に飛び込むイルカ ⇒ 逆さまのイルカ ⇒ イルカの逆 ⇒ カルイ
カルイスチールのキャラクタは『逆さイルカ』です。
※4 ファイヤーウォールが突破
タツヤのセキュリティーレベルは高かったのですが、クレハは優秀なハッカーでした。
※5 決戦は金曜日
DREAMS COME TRUE
http://www.utamap.com/showkasi.php?surl=37105
コメント
風尾
いつも楽しみに読んでいます
> イルカのイラストが水色で~
てっきり昔懐かしい煩わしいあのイルカかと思いました