P10.P子と南 [小説:CIA京都支店]
初回:2019/06/12
CIA:Communication Intelligence Applications(通信情報アプリケーションズ)
SESが主な業務のちょっと怪しい会社。一応主人公の勤務先
P子:CIA京都支店の職員であり、現役のスパイ 兼 SES課営業 兼 SE 兼 教育担当
対外的には、"川伊"と名乗っている。主役のはずだが、最近出番が少ない。
Mr.M:CIA京都支店長
口が軽く、オヤジギャグが特技。にやけた笑顔で近づいてきた時は要注意。
Ms.S:謎の新任課長の佐倉ななみ。今はP子のポシェットがインターフェース
Mi7:Miracle Seven(ミラクルセブン)
人材派遣と人材紹介を主な業務とするブラック企業。CIAとはライバル関係。
373:浅倉南。Mi7滋賀営業所に勤務するスパイ。
時には派遣スタッフとして、時には転職希望者として企業に潜入します。
908:山村クレハ。Mi7のスパイとの連絡係(諜報員見習)
キュートな笑顔と人懐っこさで、男性職員の間では結構人気が高い。
MIT:Michael International Technologies
(マイケル・インターナショナル・テクノロジーズ株式会社)今回のお話の舞台
西田:MITの人事担当の部長。
KGB:Knowledge Global Business(世界的知識ビジネス株式会社)
井上:KGBシステム開発部の部長。
CIA京都支店のP子が、MIT大阪支店に仕事を取りに行ったが、相手にされなかった。ところが、謎の新任課長「佐倉ななみ」が現れると態度が一変した。契約をまとめる事になり、一人の綺麗な女性が現れた...。
5.P子と南
浅倉南は、丸テーブルに座ってポシェットに向かって独り言を言っている女性に近づいた。
「初めまして。西田より話は伺っております。私は浅倉と申します」
浅倉南は笑顔で名刺を取り出しながら挨拶をした。そこには、マイケル・インターナショナル・テクノロジーズ社 経営戦略室 秘書 浅倉南 と書かれていた。
その女性は席から立ち上がると、浅倉南と名刺交換した。
「初めまして。CIA京都の川伊と申します」
(え?)
先ほどまでうつむいていたのではっきりと判らなかったが、確かに一度会っている。浅倉南としては余り会いたくない相手だったが、こうなっては覚悟しなければいけないと思った。
「西田より金額と就業条件を聞いておくようにと言われています」
浅倉南は、努めて事務的に話した。まずは、相手...いや川伊の出方を探ろうとしていた。
「SEとして私が常駐します。現場責任者は私の上司の佐倉課長が行いますが、常駐できないのでメールや電話でやり取りします。費用は160時間で65万円です」
「そのように伝えておきます。所で以前御社の城島さんと言う方に、色々とお世話になりました。お元気にされていますでしょうか?」
浅倉南は、少し探りを入れるつもりで自然な感じで聞いてみた。例の"金"のフロアタイルの一件(※1)で浅倉南の関与が疑われているはずなので、こちらから先に話題を振れば少しは疑いが晴れるかも...との思いがあった。
ただし、お互いにそんなに簡単に相手の話を信用しないので、挨拶みたいなものだった。
「ああ、あなたがそうでしたか。城島がウキウキして派遣先に通っている理由が今になって分かった気がします。何でしたら、派遣するSEは、私ではなく城島の方がよろしかったでしょうか?」
「いえいえ、私どもがSEを指定するわけにもいきません(※2)ので、先の条件で構いませんよ」
二人の会談は表面上はにこやかに終了した。
6.尾行される
P子は、MITのオフィスを出て地下鉄の駅に向かって歩いていた。東京ほどじゃないが大阪の地下鉄(※3)もP子にとっては入り組んで判りにくいと感じていた。京都の地下鉄(※4)ときたら、烏丸線と東西線だけで判りやすいというよりたったそれだけしかなかったからだ。
P子は一人で歩きながら(行く先々に浅倉南が現れる)と少し憂鬱な気持ちになった。
(しかも、必ず先を越されてる...)
(これは、情報の入手ルートの問題なのか、伝達経路の問題なのか...Mi6よりCIAの方が情報収集で劣っているってこと?)
『川伊さん、そのまま振り返らずに聞いてね』
例のポシェットの中の小さな箱から声がした。佐倉課長だ。
『あなた、さっきからつけられてるわよ』
P子は浅倉南の事に気を取られていて気づかなかった。
「佐倉課長ってすごいですね。まるで後ろに目が付いてるみたい...」
『だって、本当に付いてるから』
(???)
『私が入ってるポシェットには、前後にUSBカメラが付いてるの』
P子は尾行をまくのは簡単だと思ったが、誰がつけているのか正体を確かめようと思った。
「佐倉課長。一旦尾行をまいて、逆に後をつけてみない?」
『止めても無駄でしょ』
そのポシェットは、機械的な音声で答えただけだったが、P子には佐倉課長も楽しんでいるように聞こえた。
7.尾行する
P子は一旦地下街に潜るとウィンドウショッピングを始めた。(※5)尾行しているのが男性だと判ったので、レディス向けの店を重点的に回った。通常は男女ペアで尾行するのが自然で良いのだが、どうもターゲットはMITから出てきた来客の素性を探る程度の軽い依頼の様であった。
すでに1時間以上引っ張りまわしていたのだが諦める気配はなさそうだった。
(ここでの買い物を、支店長は経費で落としてくれるかしら)
P子は店員と話しながら、男性の死角に入った。尾行の男性は店の中まで入ってきていなかったので、試着室に入るところも見られなかった。これまで、何度か死角に入り再び現れるという行為を繰り返してきていたので、尾行者もそれほど不思議に感じていない様子だった。
P子は試着した洋服とパンプスをそのまま着て帰りたい趣旨を申し出た。女性店員も「お似合いですよ」と笑顔で答え紙袋を持ってきてくれた。支払いを素早く済ますと、他の客と連れ立つように装って店を出た。
P子は男性から少し離れた店に入り、商品を見て楽しんでいるふりをして尾行者を目で追いかけていた。10分もすると、尾行者が店の中を何度か覗いたり入り口近くまで来て店の中の様子を伺っているのが見えた。たまりかねたのか店の中に入っていき先ほどの女性店員に何やら話をしていた。
そして、店を出るとスマホでどこかに連絡した。何度か恐縮した感じで頭を下げていたが、電話を切ると元来た道に向かって歩き始めた。
(さてと、反撃開始ね)
"尾行者"を尾行する尾行者になったP子は、少しだけ離れて付いていった。"尾行者"は自分が尾行されるなんて露ほども考えて無いのか、全く警戒することなく歩いていた。自宅に直帰するにはまだ早い時間だったので、MITに戻るなら他の仲間と合流するはずだし、そうでなければアジトにでも帰るだろう。
"尾行者"は地上に出て、周りを見渡しスマホを取り出した。
(気づかれたかしら?でもそんな感じでもないし、本部から連絡でもあったのかしら?)
すると、ポシェットから佐倉課長の声が聞こえてきた。
『道に迷ったんじゃない?』
「え?」
慣れない地下街を歩くと方向感覚がおかしくなって道に迷うことがある。P子もウィンドウショッピングに夢中になると、今いる場所がどこか判らなくなることもあったが、比較的男性の方が方向感覚には自信があると思っていた。
再び歩き出した"尾行者"の追跡を再開した。しばらく歩くと先ほどまでいたMITのオフィスビルの前まで来た。そのまま通り過ぎ、何個目かの小さなオフィスビルまで行くと中へ消えていった。
エレベーターに乗り込むのを見届けて、停止する階を確認した。3階、5階、8階、9階に止まった。
「ここね」
佐倉課長が目の前に立っていれば、お互いに顔を見合わせてにっこり微笑んでいるところだろう。そのオフィスビルのテナントサインの5階に、KGB大阪支社と書かれているのを見つけた。他の階に入っている会社は、MITとはあまり関係なさそうな業務をしていた。
KGBというのは、Knowledge Global Business(世界的知識ビジネス株式会社)の略号で、世界中の知識を集めてビジネス展開するという業務を行っている民間企業だった。当然人工知能の世界にも進出しており、MITと激しいシェア争いをしていた。
「佐倉課長。折角なので営業活動してきてよろしいでしょうか?」
P子は、ポシェットに向かって話しかけた。
『あなた、まさか?...想像していた以上ね』
佐倉課長は、あきれた風の声を出そうとしたが、機械的な音声しか出すことが出来なかった。
8.乗り込む
「すみません。SESの営業をしている川伊と申します。人事関係かシステム関係の責任者の方は居られますか?」
P子は、アポイント無しの飛び込みであることを伝えて、受付の電話で総務部の担当者に繋ぎを頼んだ。
しばらく待っていると、一人の男性が現れた。
「お待たせしました。システム開発部の井上と申します」
「突然で申し訳ございません。CIA京都の川伊と申します。本日はSESの客先常駐の営業にお伺いさせていただきました」
「では、こちらまでお越しください」
事務所の中を通って、奥にある簡易なつくりの会議スペースに案内された。その道すがら、事務所内の様子を伺ってみたが、先ほどの"尾行者"を見つけることは出来なかった。
そのフロアだけで70名程の社員がいる感じだった。低めのパーテーションで区切られた個人スペースは適度に遮蔽された雰囲気と開放感が上手く両立していた。高めのパーティションは部門や会議室の間仕切りとして使われており、その角に部署名の書かれたプレートが貼り付けられていた。
会議スペースに通されたP子は、システム開発部の井上部長の正面に座った。
「実は急ぎの案件があって、ちょうどSEが一人足りないから探していた所なんです」
「本当ですか?ありがとうございます」
「ただ、御社とはお付き合いがありませんので、人事部が採用を渋ると思いますので出来ればミラクルさん経由で派遣していただけないでしょうか?」
ミラクルさんとは、あのミラクルセブン株式会社(略してMi7)の事だ。しかもCIAのSEをMi7へ派遣して、そこからKGBに派遣される。その先にどうなるかは判らない。
「それって、二重派遣じゃないんでしょうか?」
井上は、一瞬面倒臭いなあという表情を浮かべたが、すぐに笑顔に戻った。
「それは御社のやり方の問題でして、弊社としてはあくまでミラクルさんからの派遣の受け入れをしたいというご要望をお伝えしただけですから」
「判りました。上司と相談してどうするか決めたいと思います。貴重な情報とお時間、ありがとうございました」
P子は(何とかしましょう)という意思をこめて笑顔で答えた。
9.二重派遣
『どうするつもり?』
ポシェットの佐倉課長が声をかけてきた。
「そうですね~。丈太郎君を首にして、Mi7に就職させましょうか?」
『じゃあ、早速手続きを...』
「ちょ、ちょっと待ってください。冗談です」
佐倉課長の音声が機械的なので、本気か冗談か判らなかったが、P子は慌てて否定した。
『なら、希望通りに丈太郎君をMi7に派遣して、そこからKGB経由に派遣してもらう?』
なんとなく、佐倉課長もノリノリになってきた様子だった。
「所で、KGBとMi7の関係ですが、協力関係と言うより騙し合いをしている気がします」
P子は続けた。
「Mi7の浅倉さんは正社員としてMITにいました。つまり、Mi7とKGBが結託してMITに潜入しているのとは違う気がします」
『私もそう思うわ』
佐倉課長は、機械的な音声で答えた。
『Mi7は派遣だけじゃなく人材紹介もしてるから、きっとMi7独自の判断で浅倉さんって娘をMITに潜入させてるんでしょ。KGBがミラクル経由で派遣を依頼してきたのは、単にその手のブラックなお仕事を平気で受けるという理由だけだとすれば、両社はまだ騙し合い続行中と思うわ』
『所で、あなたを尾行してた人の名前が分かったわよ』
「え?」
P子は突然の話で驚いたが、佐倉課長は機械的な音声だったが、自信たっぷりに話しているように感じた。
======= <<注釈>>=======
※1 "金"のフロアタイルの一件
https://el.jibun.atmarkit.co.jp/pythonlove/2019/04/p04_cia.html
P04.最後の課題 [小説:CIA京都支店]
※2 SEを指定するわけにもいきません
SES契約(準委任契約)では、クライアント企業はエンジニアを選べません。
https://it-bengosi.com/ses-point/
SES契約は労働者派遣(偽装請負)?違法にならないための5つのポイント
(1)ポイント①について
https://topcourt-law.com/labor-issues/labor-law_is-ses-contract-illegal#i-8
※3 大阪の地下鉄
大阪市営地下鉄路線図
https://jp.piliapp.com/japan-railway/osaka/
※4 京都の地下鉄
京都市交通局:地下鉄路線図
https://www.city.kyoto.lg.jp/kotsu/cmsfiles/contents/0000008/8995/ja.pdf
※5 ウィンドウショッピングを始めた
尾行なんて簡単でしょ?
http://www.galu.co.jp/uwakisodan/uwaki_column3/
コメント
atlan
>しかもCAIのSEをMi7へ派遣して
CIAのミスですね
ちゃとらん
あちゃー・・・・
見逃してました。
ご指摘、ありがとうございます。