P04.最後の課題 [小説:CIA京都支店]
初回:2019/04/24
11.最後の課題
4週目の月曜日、例の帰社日ということでCIA京都支店に戻っていた丈太郎は、P子に進捗を伝えた。
「下は全完で上は8のみ残っています。P子先輩の指示通り、明日にはパネルの入れ替えを完了できます」
生産管理システムの機能追加は順調に進んでいた。実際に今回の提案はP子のアイデアだった。正確に言うとP子も誰かにアドバイスをもらった様だった。
残るは社長室のパネルの入れ替えだけであった。すでにフロア業者の所在は突き止めておりパネルも入手済みだった。ただし、その際に浅倉さんと食事に行くというミッションはインポッシブルだった。(※1)
「あきらめた方がいいわよ」
P子がそう言った。
(え?)
丈太郎はP子には浅倉さんの言は何も言っていなかった。
「何の事でしょうか?」
丈太郎は努めて冷静に聞き返した。
「初めての面接のときに会議室まで案内してくれたきれいな彼女よ。あの娘はきっと余園常務の愛人よ」
「え?」
丈太郎は今度は声を出してしまった。
「でもP子先輩はあの時初めて会っただけでしょ。なぜ愛人だって言い切れるんですか?」
「言い切れないわよ。単なる女の勘ってやつよ」
「女の勘って...たったそれだけ?」
「あえて理屈を付けるなら、お茶を出した時に小指が触れ合っていたのと、お互いを見る時の目線と時間、まあ、瞳孔の開き具合までは判らなかったけど、彼女のつま先が余園常務の方を向いていたのは確認できたわ」
丈太郎には意味が分からなかったというより、信じたくなかった気持ちの方が強かった。
12.突然の退職
次の日、丈太郎がいつも通りヨソノシステムに出勤すると、始業前だというのに余園社長が騒いでいた。
「ワシがおらん間にフロアパネルを変えたんは誰じゃ?」
余園常務も来ており(いや社長に呼び出されたのだろう)ホカノ氏と困惑した表情を浮かべている。
「昨日フロア業者が来て作業していましたが、てっきり父さんが手配したものと思ってました」
「会社では父さんと呼ぶな。それにワシは手配なんかしとらん。そもそも昨日まで出張で居らんかっただろ。実際に業者に連絡したのは誰だ」
(まさか、P子先輩が?)
丈太郎もフロア業者の連絡先は知っており、P子と情報はシェアしていたので P子に先手を打たれたかと思った。
「確か事務の浅倉さんだったと思います」
ホカノ氏がそう答えると、社長は『その浅倉君を呼んでくれたまえ』と言った。
「あの...、浅倉さんは先週末で派遣契約が終了しましたけど」
恐る恐る、ホカノ氏が口を挟んだ。
「え?」
社長と余園常務の2人が同時に叫んだ。丈太郎も声には出さなかったが、同じ反応をしていた。
社長は社長室に戻るとフロア業者に電話をしていた。常務は携帯で誰かに連絡を取ろうとしているようだが繋がらないようだった。
急に丈太郎は不安に襲われた。社長の慌てぶり。社長が出張中にフロア業者が来た。その業者が"金"の事を知っていた場合...
丈太郎は急いで自分の席に戻ると、P子に暗号化メールで連絡した。
(業者フロア入れ替え。至急追跡頼む)
すぐに返信が来た。
(業者追跡中。要午後帰社)
業者が運び出したのは確かだが、あの浅倉さんが関係している? いや、単なる偶然かも知れない。それとも社長に内緒で余園常務が彼女と共謀した? でもあの慌てぶりを見ていると無関係の可能性が高い。
丈太郎はどれ一つ確信が持てないまま、思考だけが堂々巡りしていた。
13.Jの失敗
CIA京都支店に戻った丈太郎は、すぐにP子に会いに行った。P子はミスター"Q"のいる『デバイス開発室』に丈太郎を連れて入った。
「室長、ちょっと部屋を借りるわね」
P子がそういうと、ミスター"Q"は笑顔でうなずくと部屋を空けてくれた。
「フロア業者を追いかけたんだけど、単にフロアパネルの交換を頼まれただけだったの。その中古パネルを引き取った産廃業者が捕まらないの。というか会社の電話番号も住所もでたらめで...」
P子が続けた。
「中古パネルの引き取りに来た産廃業者が 1回で載せきれなかったそうで、もう一度来る前にフロア業者に『違法業者に引き渡すとあなたの会社も処罰されますよ』とけん制したのが効いて、残りのパネルを『無償で』引き取ってあげたの」
「無償で? 親切な業者さんですね」
「でしょ!」
P子はちょっと得意げに言ったが、運び出されたパネルの半分しか取り戻せていなかった。それでも、市場価格の半値で買い取る予定が、半分でも無償で手に入ったのだから良しとすべきところだろう。
「じゃ、残りのパネルを取りに産廃業者が来た時に捕まえれば?」
「それが、フロア業者の事務所の電話に盗聴器が仕掛けられてて、私との会話を聞かれたみたいで産廃業者は取りに来なかったの」
(相当用心深いというか、手慣れているというか...)
丈太郎は想像以上に巨大な組織が関与しているのではないかと思った。
「所で、フロア業者に依頼した浅倉さんは、この件に関与してたんでしょうか?」
丈太郎としては色々な意味で気になっていた。
「それがはっきりしないの。確かに連絡が取れないけど、そもそも派遣会社と契約していたフリーランスだったそうで、予定通り契約終了しただけのようなの。産廃業者との繋がりも見当たらないし」
丈太郎としては関わっていなさそうなので、一安心した。
「ただ、私は彼女が仕組んだと思ってるの」
「え?」
丈太郎としては、先ほどまでの話の流れで、その結論はないでしょと思った。
「なぜですか?」
「単なる女の勘ってやつよ」
「またですか?」
「あえて言うなら...出来過ぎなの。というか彼女がいないとこれ程見事に事が運ぶわけがないの」
丈太郎にはまったく理解不能だったが『出来過ぎ』と言われると確かにそんな気もする。
「あなた、彼女に何かしゃべった?」
「しゃべるわけないでしょ」
丈太郎は即座に答えた。さすがに幾ら気になる女性でも、そこまでベラベラとしゃべったりはしない。
(あ!)
丈太郎は少しだけ不安になった。
「何か思い出した?」
P子に即される様に初めて会った日の事を思い出した。
「初めて派遣された日に床下を調査しようと覗いているところを彼女に見られました」
「それで」
「ペンを落としたってうまく誤魔化しました」
「で、そのペンを彼女に見せた?」
「はい。でも、まさか...」
「まさか...ね。でも万一彼女が私たちと同類だとしたら、一目でそのペンが盗撮カメラって見抜くわよ。しかも机の下に潜って何かしてるとなると...」
今度だけは、丈太郎は本気で落ち込んだ。自分の責任だったのか?
「まあ、何の証拠もない単なる勘よ、カン」
P子は丈太郎が落ち込んでいるのを見て慰めるつもりで言った。ただ、自分で言っときながら、彼女がスパイだろうという確信みたいなものも感じていた。
今回の件は、はた目からみればフロアパネルの交換の連絡ミスというだけだった。余園社長にとっても大騒ぎするわけにもいかず、単なる事務手続き上のミスで、数千万円レベルの損失(といっても不正に集めた"金"だが)を出す羽目になったのは非常に痛かったが、どうすることもできなかった。
ただ、本棚の後ろの"金"は無事だったのがせめてもの救いだった。
また、親会社のヨソノ工業社長の余園一郎の耳にも入らない些細な出来事だった。ヨソノシステム社長の横領の件も、CIA側としては黙って"金"を手に入れておいた方が都合が良かったので、何も連絡していなかった。
「とりあえず今回の件は、良い方に転んだという事でいいでしょ」
丈太郎としては今回の件に責任を感じていた。P子としては結果オーライではあるが納得できるものでもなかった。
(今回は浅倉南という女性に出し抜かれたけど、次に会った時には借りを返すわ)
P子はそう心に誓った。
≪完≫
======= <<注釈>>=======
※1 ミッションはインポッシブルだった
『スパイ大作戦』(原題:Mission:Impossible)
https://arachide0219.com/tomu-kuru-zu-932
トム・クルーズがディスレクシア(難読症、識字障害)という話を知ったのが、吉岡里帆さん主演ドラマ『健康で文化的な最低限度の生活』でした。そのあと、高橋一生さん主演ドラマ『僕らは奇跡でできている』でも仲良しの子供が識字障害?ぽい話になっていました。