P14.逃走と闘争 [小説:CIA京都支店]
初回:2019/07/10
CIA:Communication Intelligence Applications(通信情報アプリケーションズ)
SESが主な業務のちょっと怪しい会社。一応主人公の勤務先
P子:CIA京都支店の職員であり、現役のスパイ 兼 SES課営業 兼 SE 兼 教育担当
対外的には、"川伊"と名乗っている。主役のはずだが、最近出番が少ない。
Mr.J:城島丈太郎はSES課の新人SE。もちろんスパイ。
爽やかな笑顔と強靭な肉体の持ち主で、やるときはやる好青年。
Mr.M:CIA京都支店長
口が軽く、オヤジギャグが特技。にやけた笑顔で近づいてきた時は要注意。
Ms.S:謎の新任課長の佐倉ななみ。今はP子のポシェットがインターフェース
Mi7:Miracle Seven(ミラクルセブン)
人材派遣と人材紹介を主な業務とするブラック企業。CIAとはライバル関係。
373:浅倉南。Mi7滋賀営業所に勤務するスパイ。
時には派遣スタッフとして、時には転職希望者として企業に潜入します。
908:山村クレハ。Mi7のスパイとの連絡係(諜報員見習)
キュートな笑顔と人懐っこさで、男性職員の間では結構人気が高い。
773:謎の新任課長の七海さくら。浅倉南のショルダーバッグがインターフェース
MIT:Michael International Technologies
(マイケル・インターナショナル・テクノロジーズ株式会社)
人工知能の開発メーカーで、さくらプロジェクトの開発元
西田:MITの人事担当の部長。
KGB:Knowledge Global Business(世界的知識ビジネス株式会社)
人工知能関連のビジネスでMITと競合している。
井上:KGBシステム開発部の部長。
岩倉さん:岩倉友美(ともみ)MITの出入り業者の監視役のリーダー格の女性
山本君:山本五十八(やまもといそはち)MITの出入り業者の監視役。実は...
大原:MITの出入り業者の監視役
佐倉課長から七海さくらやMITの思惑を聞いたP子は、本格的にKGBの動きを探ることにした。その為にはクレハが誘惑した山本君の動向を追跡するのが近道だった...
4.監視
『川伊さん、動き出すわよ』
ポシェットの佐倉課長が、声をかけた。
「何がですか?」
P子には状況がつかめなかった。
『クレハさんが、山本君とディナーするって』
そういえば、佐倉課長が山本君に渡されたイルカのストラップ(※1)に仕込まれたGPS発信機と隠しマイクの追跡をしていた事を思い出した。
『追跡してみない?』
やはり、機械的な音声の佐倉課長だったが、楽しんでいるようにしか思えなかった。
「判りました」
P子は少し考えた。クレハさんは先日見た限り相当優秀な"連絡係"だし、尾行するにしても気付かれる可能性は大いにある。なら、いっそのこと...
「丈太郎君、ちょっといい?」
P子は電話で派遣先にいる丈太郎を呼び出した。丈太郎は通常のSESとして大阪のシステム会社に派遣されていた。
「P子先輩、久しぶりです、って、先週末に会ったとこですよね?」
「所で、今晩デートしてくれない?」
「いいですよ。誰と?」
「ちょっと、あなた失礼よ」
P子は少しすねた風の声を出したつもりだったが、うまくできなかった。きっとクレハさんならもっとうまくできたかも...と考えていた。
P子は山本君とクレハさんが食事する予定のレストランの場所をGoogle マップで共有して丈太郎にメールした。最近のGoogle マップは、一部がおかしくなっている(※2)が、レストランの位置は問題なかった。
P子は、MITでの勤務を終えると、待ち合わせのレストランに向かった。ちょうど店の前で丈太郎と合流できたので、二人で連れ立ってレストランに入った。
「今日は、おごりですか?それとも割り勘?」
丈太郎は冗談交じりにP子に確認した。
「経費で落としていいって、支店長が許可してくれたわよ」
丈太郎は、"メロイック・サイン"(※3)で、感謝を示した後で、中指と薬指を伸ばして親指と繋げた。
「それは狐のサインでしょ」(※4)
程なくして、山本君が入ってきた。P子達は彼らより30分早く待ち合わせをしていたにも関わらずだ。
「ちょっと早すぎない?」
丈太郎は、P子が目で追っていた人物を、悟られないように同じく目で追いかけた。単なるデートに支店長が経費精算を認める訳がなかったので、今日の任務のあらすじが読めた。
以前、山本君はP子を尾行したが、すでに覚えていない様子だった。だが、クレハはP子を覚えている。クレハと一度だけしゃべっただけでも覚えていたし、写真を見ただけでその場にいた山本君の存在にも気づいた。
指定の時間が10分程度過ぎた頃にクレハが現れた。事前にLINEで遅れる事を伝えていたらしく、山本君は笑顔で迎えた。
ほぼ同時にクレハがP子に気づいた。が、何事もなかったかのように山本君と話している。
(「今日は本当にありがとうございます」)
(「いぇいぇ、こちらこそ少し遅れてすみませんでした」)
(「本当に割り勘でいいんですか?僕が持ちますよ」)
(「大丈夫です。それより気を使っていただいてありがとうございます」)
山本君は高級レストランではなくファミリーレストラン系列の中でほんの少し高価な店を選んでいた。自腹なら高級レストランでも構わないと思っていたが、割り勘なので高級すぎても相手に悪いと思っていた。かといって居酒屋でも結構な値段がするし、ファミリーレストランやお好み焼きではデート気分が味わえない。
クレハは、山本君の気づかいに感謝した。割り勘と言ってもクレハの分は、Mi7で経費精算することになっている。前回のランチも同様だった。だが彼は本当に自分で支払っていた。
二人でディナーを食べながら、他愛のない話で盛り上がっていた。クレハは話すのも上手かったが、聞き役としても才能が有った。
(「所でお仕事、お忙しいんですか?」)
(「いや、そんなことないですよ。ただ、今の仕事もちょっとやりたかった事と違って...」)
(「そうなんですね。やっぱり技術的なお仕事がお好きなんですか?」)
クレハはP子たちの方をちらっと見ると、いつも持ち歩いているクラッチバッグをテーブルの上に置いた。
5.盗聴
「あれ、P子先輩。聞こえなくなりましたよ」
先ほどまで、感度良好に二人の会話が聞こえていたのに、急に聞こえなくなった。山本君がレストランに来て席に着いた時に、丈太郎がその脇を通る際にテーブルに盗聴器を仕掛けていたのだった。
だが、クレハは話が佳境に迫る頃を見計らって、盗聴を妨害してきたのだった。きっと、例のクラッチバッグに妨害電波を出す機械でも仕込んであったのだろう。
「仕方が無いわね」
P子はそういって、佐倉課長の入っているポシェットをテーブルの上に置いた。
(「今の会社ではもうやっていけないかもしれません」)
(「実は、私の会社ってSESの人材派遣や人材紹介もしているの。一度来てみる?」)
(「でも、SESってあまり評判が良く無いし、キャリアもないのに転職というのも...」)
(「気持ちの持ちようですよ。SESでも努力する人は努力するし、人材紹介で第二新卒という枠もあるので、山本さんなら大丈夫だと思いますよ」)
(「山村さんにそう言ってもらえると心強いです」)
(「山本君ならクレハって呼んでくれてもいいよ」)
「P子先輩。また、聞こえるようになりました。佐倉課長、何かされたんですか?」
『秘密よ』
ポシェットの佐倉課長が、P子にウインクした...ように丈太郎には感じられた。
丈太郎が使用した盗聴器は、ミスター"Q"が改造したものだった。万一電波が妨害された時のために、音声を赤外線LEDの点減に変換して送信する機能を持たせていた。それを佐倉課長が赤外線受光機で受信して、音声に変換してイヤホンの電波に変換していたのだった。
「Mi7(ミラクルセブン)も大抵ブラックですけどね」
丈太郎がP子に耳打ちした。
(「実はもう一つの道があるの」)
(「と、いうと」)
(「ミラクルの社員として就職するの。実は私の先輩に頼めば何とかなると思うの」)
(「嬉しいですけど、少し考えてもいいですか」)
(「...実は、んー言っちゃうほど仲良しになってないしなー、どぅしよっかなー」)
(「な、何なんですか?急に」)
今まで向かい合わせに座っていたクレハが山本君の横に回り込んできた。あの技は前にも見たことがある。
(「山本君って、真面目だから...」)
本気か演技か、山本君の手を握って、お祈りする時のようなポーズを取った。そしてしっかりと目を見つめてこういった。
(「私、スパイなんです」)
6.逃走
「P子先輩、どういう事なんでしょう?」
「んー判らないわ。騙そうとしているにしてはリアル過ぎるし、あえてそんな嘘をつく必要もないし...」
(「KGBの社員に近づいて情報を得るのが私の仕事...でも...」)
クレハは山本君の手をさらに強く握り、顔を近づけて言った。
(「でも、山本君にこれ以上嘘をつけないの...」)
クレハの澄んだ瞳から、大粒の涙がこぼれ落ちた。
「ピ、P子先輩!、涙流してますよ」
「し、もっと小さい声で言って」
P子は丈太郎を制止した。ただ、同じようにP子自身も動揺していたのだった。
クレハが踵(きびす)を返すように、化粧室に向かった。残された山本君は一瞬のことで未だに意味が分からないと言った感じだった。
P子も丈太郎も同じだった。あれは何だったんだろう。
クレハが化粧室から戻ってきた。
(「行きましょ」)
(「え、でも、まだ、支払いが...」)
(「さっき済ませたわ。さあ、早く!」)
クレハと山本君が急にレストランを出た。
(しまった!)
P子は瞬間的に悟ったが、時すでに遅し。急いでレジに向かったが、出口近くの二人連れの客が先にレジに並んだ。
丈太郎はその間、山本君のテーブルに仕掛けた盗聴器を回収し、P子の横に並んだ。
「あなたは先に追いかけて。私は佐倉課長と一緒にGPSを追いかけるから」
レジで支払いをしている客がちらっとP子を見た。
『それが駄目なの。GPSを切られてるようなの』
ポシェットの佐倉課長が答えた。
すでに丈太郎はクレハと山本君を追いかけているが、たぶんまかれていると思われた。
支払いを済ませて表に出たが、丈太郎の姿も見えない。とりあえず丈太郎の携帯を追いかける事にした。
『あっちよ』
ポシェットの佐倉課長が言った。
「あっちって、ポシェットに腕が付いてないんだから判んないでしょ」
『南南西よ』
「余計に判んない!」
P子はポシェットに苛立ちを覚えている自分に苛立った。少し冷静さを取り戻し、ポシェットを正面にしてお腹に当てて言った。
「この体制で、右・左で教えてください」
『20メートル先を左よ』
「要するに次の曲がり角を左ですね」
P子はポシェットをお腹に押し付けた体勢のままで、小走りで丈太郎を追いかけた。
7.闘争
「山村さん、山村さん、ちょ、ちょっと待ってください」
店を出て山本君の手を取り急に走り出したクレハに、山本君が制止を願い出た。
「もう少しだけ走って...お願い」
山本君もクレハさんの行動の意味は分からなかったが、緊迫した状況であることは察した。
「クレハさん。先ほどの話と何か関係があるんですか」
山本君はどさくさに紛れて、"クレハさん"と呼んでみた。
(こんな時に、僕はいったい、何を考えてるんだろう...)
山本君はそう思ったが、今は思考がまとまらなかった。
「さっきの店の入り口近くに二人連れの男性客がいたでしょ」
クレハは少し息を切らせながら、話していた。
小さなわき道を通り抜け、ビルの隙間を経由してあちこち逃げ回って止まった。
「さすがにもう大丈夫でしょう」
クレハは走るのを止めたが、山本君の手は握ったままだった。
「誰かに追われてるんですか?」
「あなたが、ね」
クレハは、元のキュートな笑顔で答えた。もう緊迫した様子はなかった。
「しまった!」
道の角から一人の男性が飛び出してくると同時にクレハが叫んだ。そして反対側からもう一人の男性が走ってきた。
(山本君の携帯の位置情報も妨害してるはずなのに...)
何か別の手段で私たちの居場所を突き止めたんだとクレハは思った。壁際に追い詰められた二人だったが、山本君は気丈にもクレハをかばって前に出た。ほんの少し広げた両腕の先が震えている様にも見えたが、走り続けて呼吸が乱れているだけなのかもしれなかった。
「山本君。さっき私が言った言葉、覚えてる?」
山本君には、どの言葉か判らなかったが、クレハは山本君の手を握り軽く下に押し下げると、自分が前に出た。
======= <<注釈>>=======
※1 イルカのストラップ
P12.クレハを誘惑 [小説:CIA京都支店]
https://el.jibun.atmarkit.co.jp/pythonlove/2019/06/p12_cia.html#t5
※2
「Googleマップが劣化した」不満の声が相次ぐ ゼンリンとの契約解除で日本地図データを自社製に変更か
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1903/22/news067.html
※3 メロイック・サイン
https://andmore-fes.com/7731/
メロイック・サインって一体何?
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B3%E3%83%AB%E3%83%8A
本来はコルナ (corna)といって、地中海諸国では侮辱的な意味を持ちます。
https://eikaiwa.dmm.com/blog/36697/
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※4
https://www.h-plaza.co.jp/contents/code/eigyo_column_detail/id/161
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