『分かったつもり』が積もり積もってプロジェクトを座礁させる
オープン時にアカウントを作ったきり放置していたShareWizを久しぶりにチェックしてみたら、宮城教育大学の西林克彦教授による高校生向けに作られた認知心理学のビデオがアップされていた。
私の高校時代、心理学との接点といえば、筒井康隆の『心狸学・社怪学』くらいのものだった。それに比べて、最近では高校生も認知心理学が手軽に学べるとは、いい時代になったものだ。
それはさて置き、ビデオのタイトルは『理解を深めるために - 「分かったつもり」を抜け出そう - 』というもの。この内容が、エンジニアにとっても示唆に富んだものだったので紹介したい。
■分かったつもりとは?
ざっくり言うと、『分かったつもり』という状態は、実際にはわかっていないのに、自分では分かっているつもりだからそれ以上理解しようとは思わなくなるので、『分からない』という状態よりもタチが悪い、という話だ。
だから、『分かったつもり』という状態があることを認識し、そのサインを見逃さずに、本当は分かっていないことに気づくことが重要なのだ。
なんか、耳が痛い話しではないだろうか?
プロジェクトが崩壊する大きな要因として、ステークホルダー間のコミュニケーションの問題が挙げられることが多い。
自分の胸に手を当てて考えて欲しいのだが、そのコミュニケーションの問題の多くは『分かったつもり』に起因していないだろうか?
プロジェクトのあちこちで、「え? そういうことだったんですか?」「ボクはこうだと思ってました」「それはあなたのチームがやってくれるものと思ってましたが…」「大きな問題ではないと思ってました」「見解の相違です」「聞いてないよー」「だからあの時言いましたよね?」「今更そんなこと言うんですか?」
そんな悲鳴や怒号混じりの会話が繰り返されているのではないだろうか?
それらの中で、『分かったつもり』が元凶のものを数えてみればいい。あまりの多さに、きっとゲンナリするはずだ。
■『分かる』とはどういうことか
『分かる』ということを、認知心理学では『コンテキスト』と『スキーマ』で説明している。『コンテキスト』とは状況のことで、『スキーマ』とは自分が持っている知識だ。
開発プロジェクトに当てはめてみれば、『コンテキスト』はプロジェクトの状況、『スキーマ』は業務に関する知識、テクノロジーに関する知識などだろう。
あるいは別の視点としては、『コンテキスト』は立場、『スキーマ』を用語の定義ということもできる。
ヒトは常に特定の状況に置かれている。だから物事を理解しようとするときにはその状況の中で、自分の持っている知識を使って解釈する。
しかしそのとき、あなたは話している相手と同じ『コンテキスト』、同じ『スキーマ』を使って理解しようとしているだろうか?
それができていないなら、あなたは単に『分かったつもり』でいるだけなのだ。そしてそれは、確実にあなたのプロジェクトに不吉な影を落とす。
■『分かったつもり』の見分け方
そこで、われわれは『分かったつもり』から抜け出すために、それを見極めなければならない。どうすれば見分けることができるだろうか。
先ほどの認知心理学のビデオでは、「内容をまとめる」ことを勧めている。確かにそうだ。まとめてみれば、理解度がわかる。それはわれわれも普段やっていることだ。
要件をまとめ、仕様書をまとめ、報告書をまとめる。
このようなまとめるという行為は、ステークホルダーにわかってもらうという以外に、自分自身が報告しようとしている内容を理解しているかどうかをチェックするという意味もあるわけだ。
チェックポイントとしては、「簡単すぎないか?」「矛盾点はないか?」「ステレオタイプで考えていないか?」「結末ありきで考えていないか?」といったものが挙げられる。
まず、「簡単すぎないか?」とは、つまり、具体的なことが書けるかどうかがポイントになるだろう。抽象的だったり一般論の域を出ていないものだと、目の前の状況を本当に理解できていないのかも知れないと疑うべきだろう。つまり、その『コンテキスト』に対する理解が浅く、しっかりとした『スキーマ』もまだ持っていないということだ。
「矛盾点はないか?」については、自分の解釈で矛盾なく説明が可能か。矛盾をはらむようであれば、それは理解できていないからと考えられる。『コンテキスト』や『スキーマ』を共有できていないということに他ならない。
ステレオタイプは、認識をねじ曲げることが多い。それは間違った『スキーマ』を持ってしまった状態といえる。しかし、ステレオタイプから解放されるのは難しい。これは、第三者の意見にも耳を傾ける態度なくして解消することはできない。
「結末ありきで考える」とはどういうことだろう。『コンテキスト』を間違えているということだ。例えば確認や交渉もせずに「どうせ納期は変えられない」「どうせ仕様は変えられない」「どうせプラットフォームはこれまでと同じ」などと決めつけてしまっていないだろうか。
こういった点に注意して、自分の『分かった』が本物かどうか、常にチェックしていれば、プロジェクトを座礁させる危険物を航路上に積もらせることも少なくなるだろう。
プロジェクトに、『分かったつもり』を積もらせてはならない。