表現の不吉な匂い
先日、バスに乗って街の景色を眺めていたら、とある家電量販店の看板に「家電からマルチメディアまで」と書かれているのを目にして、そこに『不吉な匂い』を感じた。『不吉な匂い』というとソースコードから漂ってくるリファクタリングのサインとして知られているが、実はソースコードだけではなく文章表現の中にも存在する。致命的という観点でいうと、こちらの方がシステム構築にとってはより不吉なものといえよう。
■そこに含まれるものは何か?
「○○から○○まで」という構文は、範囲を示す。たとえば「1年生から6年生まで」といえば、小学校の全校生徒を指しているのはほぼ明確だ。また「A地点からB地点まで」といえば、地図を広げればその間に何があるかも明確だろう。
しかし「家電からマルチメディアまで」といった場合はどうだろう。家電とマルチメディアの間には、一体何が存在するか明確に答えられるヒトはいるだろうか。そもそも「マルチメディア」って何だ?
あなたはマルチメディアをどう定義しているだろうか。IT業界で働く100人に聞いて、100人全員がまったく同じ答えを返すとは思えない。ましてや一般消費者に対して、そんなことなど期待できるわけもない。このような曖昧な表現からは、『不吉な匂い』がプンプンと漂ってくる。
■読み方を変えれば範囲も変わる
付け加えるなら、「家電」という省略形もあまり明確とはいえない。たとえば「いえでん」と読んで固定電話のことに違いないと主張するヒトさえいるかも知れない。
逆に、家電のひとつのカテゴリーとして情報家電を考えるなら、マルチメディアはそこに含まれるという解釈もできる。とすると、「家電からマルチメディアまで」は、まるで「頭痛が痛い」と一緒で少々滑稽なキャッチフレーズに思えてくる。
■表現の『不吉な匂い』を嗅ぎ分ける鼻を持とう
このように、世の中にはわかったようでわからない表現が非常に多い。もちろん家電量販店の看板に、それほど論理的な表現を求めるのはナンセンスだ。
一般消費者は「家電からマルチメディアまで」といわれれば、「なんだかわからないけど色々となんでも揃ってそうだ」というイメージを持つ。そういうイメージが伝われば、このコピーは十分にその役割を果たしているのだ。それに対して文句をいう気は毛頭ない。
私がここで問題にしたいのは、ITエンジニアとして、このような表現の中から『不吉な匂い』を嗅ぎ取るスキルの重要性だ。マーチン・ファウラーはソースコードから漂ってくるその匂いを、リファクタリングが必要なサインとして嗅ぎ分ける必要性を説いた。
しかし、ソースコードは多くの場合、コーディング前までのフェーズで作成されたドキュメント類を元に書かれる。つまり、そのドキュメント類に『不吉な匂い』が紛れていれば、ソースコードをどんなにリファクタリングしたところで『正しい』システムは完成しない可能性が高くなる。
だから我々ITエンジニアは、ドキュメントが発する匂いに敏感になる必要がある。そのために、日常生活の中でも、ふと見上げた看板のコピーからさえも、表現の『不吉な匂い』を嗅ぎ分ける鼻を養うべきなのだ。
身近なところに潜む『不吉な匂い』を探してみよう。それを繰り返せば、矛盾や曖昧な表現を一瞥しただけで、その匂いを感じ取ることができるようになるだろう。
コメント
仲澤@失業者
あ~ありますね。たまに。
自分はC++とJavaなので基本クラスに影響が出る話なんてのが、それですかね。
つまり「本質的変更」というやつですね。
さっこんのこの村では憲法を変えたいとか言う話でしょうか。
もっとも、囚人が牢屋の仕様を変更したいって言われてもねぇ(vv;)。
onoT
そうですね。基本クラスに影響が出る部分で曖昧な表現などがあると、あとで大問題になることが多いですよね。
まぁ、法律なんかはその辺りを十分に考えて条文を作るんでしょうけど、それでもヒトによって違う解釈がなされたりしているのを目の当たりにすると、何でも完璧ってわけにはいかないのはわかるんですけど。。。