世界コンピュータ将棋選手権に参加してきた
こんにちは手塚規雄です。
前回のコラムでも宣伝していましたが、5月3日~5日に第26回世界コンピュータ将棋選手権(以降、選手権と略します)が開催され、私はそれに参加してきました。
コンピュータ将棋選手権ネット中継:http://computer-shogi-live.cocolog-nifty.com/
エンジョイ勢なので予想通りの一次予選落ちでしたが、参加してとても楽しむことができました。選手権や電王トーナメントは開発者のお祭りだと思ってくれれば、その楽しさがなんとなくわかってもらえるでしょうか。
そんな今回の選手権ですが、ニコ生や一般向け大盤解説会もありましたが、どんな事があり、私が何を感じとったのかをコラムにしました。
コンピュータ将棋は何をやっているのかよくわらない方へ
今回二次予選にて解説をしてくださった千田先生からの情報です。
「コンピュータ将棋、何をやっているのかよく分からないよ」という方へ。
— Shota Chida (@mizumon_) 2016年5月8日
Sawada Ryotoさんの『Qhapaq』のアピール文書と、西海枝さんのコンピュータ選手権の記事を読むことをおすすめします。(※私も若葉マークレベルです)https://t.co/vMfLfNFJ6N
Selene(西海枝さん)のアピール文リンク:http://www.computer-shogi.org/wcsc23/appeal/Selene/Selene.txt
<2016/5/17 20:10 追記分>
Selene(西海枝さん)の今年の選手権兼について:http://msaikaishi.hatenablog.com/entry/2016/05/06/224604
<2016/5/17 20:10 追記分 終>
一番古いアピール文はもう無い模様。
Qhapaq(澤田さん)のアピール文リンク:http://www.computer-shogi.org/wcsc26/appeal/Qhapaq/qhaq-2016-may2.pdf
ぜひとも読んでみてください。他のアピール文はネタか難しいかのどちらかになります。
コンピュータ将棋を知る上で、前提知識となる「Floodgate」とレーティング
選手権の前にはコンピュータ将棋ソフト同士がテスト対局する場としてFloodgateがあります。http://wdoor.c.u-tokyo.ac.jp/shogi/
こちらでは選手権と同じルールでソフト同士の対局が組まれます。そこで勝ち負けの結果からイロレーティングを簡素化したレートが測定され各ソフトの強さの基準となっております。レートの値についてですが、レート差が100で勝率約60%、レート差200で勝率約75%、レート差400で勝率約90%程度となっています。そしてこのレート3000前後が一次予選突破レベルなのではないか?少なくとも私はレート3000が当落ラインと思っていました。ちなみにレート3000の強さですが、トップクラスのプロ棋士でも勝つのはなかなか難しいレベルと思っていただければ、一次予選なのに人外魔境だったのか、その度合いがわかるかと思います。今回優勝したponanzaは3600位ですが、ほとんど負けないので計測不能とも言われています。
レーティングはしょせん目安に過ぎない
勝負の世界というのはこわいもので、いくらレーティングに差があってもその少ない確率が出てしまえば、強いソフトでも負けてしまう事がある。それが一次予選の第7回戦にて対局したnozomi-名人コブラ戦でした。後日判明した2つのソフトのレートですがnozomiのレートは3350前後、名人コブラのレートは2750前後で、そしてnozimiは去年の秋に開催された第3回電王トーナメントで準優勝しているソフト。選手権当日においてもほとんどの人がnozomiが勝つだろうと思っていました。しかしnozomi側に序盤の誤算があり、大波乱の結果名人コブラが勝ちました。その結果、nozomiは一次予選落ち、名人コブラは一次予選突破という結果となりました。初日終わったあとにnozomiの作者の大森さんと話したのですが、相当悔しがっていました。
しょせんレーティングは目安の値であって、一発勝負では何が起こるのかわからない。それが一発勝負の楽しさとも言えます。電王トーナメントでも強豪ソフト勢が格下ソフトと当たる時におそれているのはこの一発勝負のこわさです。プロ棋士でも一番強い羽生名人でさえ勝率は7割で、残りの3割は負けてしまうのと同じようなものです。
ちなみに私達が作ったソフトSilverBulletのレートは2000未満。それでも一次予選の結果が4勝3敗、一次予選で16位(全体では31位?)という結果でした。こんな弱小ソフトなのに勝ち越したのは完全にくじ運に助けられました。こんなレートでは予選突破はできませんが、勝ったり負けたりを十分楽しめることができました。
公開ライブラリとApery動物園の台頭について
今回の大会をもっとも表したのは公開されているライブラリであるAperyのライブラリを使用したAperyチルドレンが大活躍しました。Aperyチルドレンはなぜか動物の名前のソフトが多く、そのため選手権期間中にAperyチルドレンのことをApery動物園と言われました。
一部ではAperyチルドレンばかりで面白くない、パクっているだけで工夫がない独自性がない、などの批判があるようです。しかし開発者間では強いソフトが新規勢からもいっぱい出てきて大変だ!という感想は多いものの、批判はほとんどないように感じました。
実際に公開ライブラリを使って開発をしてみると、8~9割の改造は弱くなります。やねうら王の磯崎さんがブログにて話していましたが、その代表例がきふわらべです。きふわらべは去年の秋に行われた電王トーナメント時点では完全なネタソフトという認識だったのですが、きふわらべの選手権時点でのレートが2800程度となり、開発者はみんな驚きを隠しきれませんでした。そんなきふわらべについてやねうら王の磯崎さんがブログにて見解を話しました。その内容は改造すればするほど弱くなるので、きふわらべの強さは本来あるべき姿、との事でした。チルドレン勢の方に聞くと、やはり改造すると基本的に弱くなるし、ほんの少しでも強くするのは難しいと話していました。私に至ってはバグがとりきれずあんな弱さに収まっています。
そんな中でも公開バージョンから7割8割勝つソフトを作るのは本当に難しいことなので、パクリとか、独自性がないとか言われる筋合いはありません。そんな中、親であるAperyが4位というのはチルドレン勢からの下克上というのは難しいことであり、親の平岡さんの実力が高いことがうかがえます。
技巧の本当の強さ
一次予選からの全勝優勝があるかと思えた技巧ですが、決勝リーグ最終戦で惜しくも敗れて準優勝となった技巧ですが、その強さの源は作者の出村さんのスキルの高さもありますが、根本的な部分として人間的な強さだと思います。コンピュータ将棋ソフトの開発は最初に強くするためのアイデアを生み出すことですが、アイデアそのものは案外出てきます。いろいろ出てきます。もちろん古参の方はアイデア切れ(もしくはすでに誰かがやっている)と聞きますが、新参者はアイデアがいっぱいあります。
でもそれを全部やるにはスキル、時間が圧倒的にできず、どうして優先度の高いものに絞ってからやっていきます。出村さんの場合は出たアイデア全部やるために、どの部分を効率的にやって、どうすればすべてのアイデアを試して、強いソフトを完成させることができるのか?これを計画して実行しているようでした。(私が直接聞いたのでなく、公式/非公式のニコ生のトークで聞きました)もちろん他にも技術的な強さもありますが、私のようなサボりぐせのある人間には絶対に追いつけないと思わせる話を聞くことができました。
技巧の技術的な強さについては今後ソースが公開されるようなのでそれから調査という事になります。技巧の強さは技巧に勝ったponanzaチームの山本さん、下山さんのお二方でもやっぱり知りたいようなので、今後もコンピュータ将棋全体の底上げが図られるのでしょう。
最後にこれからコンピュータ将棋を開発したい方へ
今回の選手権では公式、非公式のニコ生や実況ブログ、棋譜中継、一般向け大盤解説会などでコンピュータ将棋に興味を持ち、開発したいと思った方がいると思います。私自身も一昨年の選手権が最初のキッカケで実際に開発開始するまでに1年間経ってしまい時間を無駄にしてしまったと思っています。
Apery動物園で今回新規参加の方々は4~5ヶ月間で開発して選手権に出場している人も多いです。今から開発開始すれば公開ライブラリを使えば秋に開催されると言われている電王トーナメントには十分に間に合います。みんなが大好きな技巧チルドレンになる事も今後は可能になるでしょう。
もし出来上がったソフトが弱くても、選手権や電王トーナメントに参加すると間違いなく今まで以上に参加者として楽しめますので、趣味としてもオススメです。そして私や他の開発者同様に変な魔力のあるコンピュータ将棋ソフト開発を楽しんでくれればと思います。あと実は今回の新規勢の中にコラム読者の方がいらっしゃったのはちょっとだけ嬉しかったです。
今回の選手権での話については書き足りない気分もしているので、番外編を書く気力があれば今週中に投稿しようと思います。
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