これはピンチな現場に助けに入る、しがないIT傭兵達の物語。

Act17 欠落

»

 草薙さんは全員が同じスタートラインに立った事を確認するように間をおいて、私の方へアイコンタクトを送る。それは火蓋を切る合図なのだと理解できた。

「それでは・・・私達PMOチームからは、現在仕様が比較的明らかになっており、業務遂行の大きな導線となる機能群をまず優先して製造を進め、段階的なリリースとさせて頂く事を提言します。業務側のご要望を可能な範囲で考慮したいとも思いますが、今の状況を打開する現実的なストーリーを踏まえてここでご相談させて頂きます。段階リリースの内容やスケジュールへのインパクトなどについては、こちらの早瀬から説明させていただきます。」

 草薙さんの「段階的なリリース」と言ったあたりで、業務部長の口元が一瞬強く動いた。そこで溢れそうになった自分の声を咄嗟に噛み殺し、説明者である私の方へ視線を向けた。取りあえず話は聞いてやるという、顔。突き刺すような業務部長の視線と、おろおろしながらも説明をきちんと聞こうとしているシステム部長。
その二人の視線に耐えようとしているのか、私の体が無意識に強張る。一瞬たりとも気が抜けない。暑い屋外と違って広い会議室は空調が充分効いていて、風の当たる所ではむしろ肌寒さを感じるほどなのに。背中に冷えた汗が踊る。
そんな私に、ホワイトボードの前から身を翻して席に座ろうとする草薙さんが「大丈夫」という視線を送る。そのいつもの空気に気持ちが少し和らいだ。ふっと小さく息を整えて、プロジェクターに資料を映す。先ほどの説明の時と同じ感覚ですべり出すことができた。


【リカバリプラン】

  • 現在の開発フェーズでは「建設機材予約」のみを対象とする。
    他の機能については、次フェーズ以降での段階リリース対象とする。
  • 「建設機材予約」の制約事項に関しては明確になっている仕様のみを実装し、詰め切れておらず検討を要する曖昧な部分については、後続のエンハンス対応範囲とする。
    なお、明確になっている仕様に関しても、業務部・システム部の再度対面レビューを願う。
  • 今月中は「要件見直し」とし、1回目の「リリース」は元々のリリース予定から1.5カ月の先送りとする。この要件見直しについては、早瀬と安西社長が入る。


「正しい要件、正しいゴールを設定しなおせば、まず建設機材予約機能の再来月でのリリースは可能だと判断しました。PMOチームとしては上記の案を軸に相談させていただきたいと考えています。」


 自分でこう説明しながら、納得できない自分がいる。このプランを進めるにあたり、いくつもの不確定要素がある。それはまるで、ピースが欠落しているパズルのようにも思えた。

 まず、あの若手達の実力では明らかに足りない。彼らを支えながら進められる状況ではない。自ら動いてコミュニケーションの図れる熟練者を少なくとも3〜4名入れた上、連携しながら独力で設計・製造のできる手練れ技術者をその配下に揃える。
全体の人数は現在よりぐっと増えるが、今いる若手達の座れる席はないだろう。ここまでやってなんとか現実味を帯びるが、そもそもそれだけのメンバーを揃えられるかも疑問だ。
また、このレベルでのリカバリプランとなれば、PJ内でおさまらず役員クラスへの説明も必要になるだろう。このPJは既に社内で告知されており、業務にインパクトが出る事は明らかで、当然コストに関わる部分もワンセットに検討してもらう必要がある。そういった調整を行う工数はこの中に含まれておらず、誰が率先するのかも決まっていない。そしてなにより、重大な欠落がある。
パワーのある新しいメンバーが揃っても、どうにもできないない所が、欠けている。

「冗談じゃない!!」

業務部長はこらえていた憤りとともに声を張り上げる。空気が一気に熱をはらむ。彼なりの我慢の限界をあきらかに超え、いろんなものを含んだ感情を憚らず露わにして。

「アンタらの失敗をなんで俺達がカバーするんだ!?こっちは客だぞっ!!」
「IT屋ってのはなんなんだ!?素人にゃわからないと思ってえらくふっかけておいて、自分らの失敗は客に平然と被せるのかっ!」
「だいたいアンタらの仕事ってのは段取りがあやふやなんだよっ!!建設業界の俺らから見ればー」
「もう一度いうぞ、俺らはやることやってたんだ!目を離したらワケわかんなくなって、結果コレかよっ!?」
「ンな話、ウチの役員に俺らが説明しろってのか?俺はヤダね、システム部で責任持ってやってくれるのか?俺は知らないからな!!」

 業務部長の激高はピークを越え、我を失ったまま手に持っているボールペンを机に叩きつけて真っ二つにへし折った。持ち手あたりのプラスチック部分が破片となって、折られた反動とバネの作用ではじけ、運悪く私の額に当たった。

「ぁ、痛ぅ....」

予期しない事だったため反射的に一瞬声が出てしまったが、そもそも軽く小さい破片で当たり所も悪くなく、特に実害はなかった。
静まり返る室内。からんからんと落ちるボールペンの残骸。業務部長自身もびっくりしてしまったらしく、ばつも悪い。言葉が途切れた。

「ドン」

 重い音が、床を打ち抜く様な主張気味の振動と共に響く。立て続けの予想外に、むしろこっちの音の方で体がビクッと反応してしまったが、これは草薙さんが椅子から立ち上がった時のものだと気付いた。ほんの一瞬だけ感じられた草薙さんの怒気が会議室の中の空気をまた冷やして、そつなく消え去る。彼は流れる様に、またホワイトボードの前に立った。

「話をもう少し進めてよろしいですか?」

業務部長の方に少しのぞき込む様な形で声をかける。

「部長のお気持ちは理解できます。ただ、私が関わらせていただいた中での認識ですが、本件、製造チーム、システム部側、業務部側。すべてに課題点があったと思っています。その部分を少しだけ、書かせていただきます」

 そういって、先ほどまで見ていたホワイトボードの部分を指し、それぞれに関連付けながら課題点を書いていく。誰を責めるわけではないという配慮からなのか、先ほどの書いていた「問題点」を素早くそっと消して、「課題点」という書き方にしたのが彼らしい。


【課題点】

  • 業務側
    • 現業が優先された際に、業務担当者から他の担当者へ引き継ぐべきだった?
    • 業務担当者のレビューが形だけになってしまった?
    • 1人の業務担当者ではなく、複数の担当者による観点(複眼)でチェックすべきだった?

  • システム部担当者
    • リスクが発生した時点(業務担当者や後藤の離脱)で上長に報告すべきだった?
    • 設計時に机上レビューだけでなく、複数人で対面レビューを行うべきだった?
    • 仕様変更履歴などで、変更された仕様を管理すべきだった?

  • 製造T
    • 設計時に、複数人での対面レビューを働きかけるべきだった。
    • 自社へ遅れやリスクなどを正確かつリアルタイムに報告すべきだった。
    • 人員の技量をアサイン時にきちんと見るべきだった。
    • 「仕様変更にはこんな影響が出る」という説明を丁寧に行ったうえで、レビューに臨んでもらうべきだった。

「責任の軽重はあるかと思います。それはリカバリを終えた後にしっかり分析する必要もあるでしょう。でも、今一番大切なのはこのシステムを要求通りの方向に、業務へのダメージを抑えつつリリースすることだと考えます。」


 少しの沈黙の後、まっすぐな声が通る。システム部長の声だ。

「ここまでのご説明、ありがとうございます。状況と課題はよくわかりました。
 課題点について、これが全部ではないかもしれませんが確かにその通りだと思います。」

 オロオロしていたシステム部長だが、おそらく腹をくくったのだろう。業務部長を見ると、ぶすっとした表情で納得できない色を出しつつも異論といった追撃はなかった。この人もきっと、今は前に進む姿勢という事で腹をくくり始めている。ここでシステム部長が私や草薙さんの方向に向いて言葉を続ける。

「ただ、リカバリプラン.......対応策については少し難しいと感じます。安西さんを戦力として計算するのですか?」

 システム部長は少し言いにくそうに口を開いた。どうやら、私が気にしている「重大な欠落」について、彼も気づいていたようだった。
そう「誰が仕様をホールドするか」だ。後で安西さんや草薙さんと詰めるべきと思っていた部分を突っ込まれて、私の背中にまた汗が滲む。


さて、今ここをどうするべきか。
この点で会議が停滞し始めた最中、私と安西社長の携帯が同時に震えた。

Comment(11)

コメント

ジェットマグロ

いつも楽しみにしています。

>まず、あの若手達の実力では明らかに足りない。彼らを支えながら進められる状況ではない。

3年生10人じゃなくてエース1人でも出してくれよ…ということってありますね。
余裕があれば、教育がてら若手メンバーを入れるのは良いことなんですが。

BEL

今回はいつになく、いいとこでひっぱる終わり方。

ありがちなサクセスストーリーでもなく、技術者が喜びそうな痛快あるあるネタでもなく、
意外と着目されてこなかった部分をじわじわと突くなんとも痛々しい空気感と、
ハッピーエンドなのか否かも検討つかないこの感じに逆に引き込まれます。
それでいて「こっちは客だぞっ」なんていう、いかにもなセリフも飛び出したり。

欠落を認識したまま突き進むととんでもないことになりますね、
このあと、どう挽回していくのか(いかないのか)。

なーR

マグロさま
お世話になります、なーRです。
 #かわいい名前できゅんきゅんしました☆
こちらこそ、ありがとうございます。

>3年生10人じゃなくてエース1人でも出してくれよ…ということってありますね。
ありますね。。でも、できれば、育ててやりたいと毎回思います。
かつての自分が少しだけ育てたことによって、今でも付き合いがある若手→中堅っていますもの。。
でも、この案件では無理だと思います。
やっぱり、通常の業務の中でないと、無理ですよね。
こんな火事場になってからではやはり難しいですね。。


 BEL様
いつもありがとうございます。
こうなってしまったら...想像すると胃が痛くなりますよね。。
欠落を認識したまま進むと、おっしゃる通り絶対に穴は大きくなっていきます。
リソースがない状態...早瀬達はどうひっくり返すのか(返せるのか)。
最後までゆっくりですが見守っていただけたら幸いです。

ふっちーLoveo

業務部長の怒りはよく理解できる。
正当とすら言える。

比喩を用いればかえって誤解を招くかもしれないがあえて比喩を使う。

医者が患者から病状を聞く。
その情報をもとにカルテを創り治療をする。
医者は言う。
あなたはヒアリングした時に、その主訴を言いませんでしたね。
私はカルテの情報に基づいて診断し、治療したんです。
私が病気を誤診したとしたら患者であるあなたのせいです。

いいさ、システム開発が失敗するのはユーザ企業のせいでいい。
しかし、医者もまともな技術がない、
旧石器時代の呪述医レベルの能力しかないことは自覚してほしい。

現代の医者は患者の主訴を聞き、
血圧、脈拍、その他の倍たるデータを測定し、必要に応じて各種検査をする。
現代のSI業者については、武士の情けで比喩表現すら控える。

まとめると、この主人公が苦労しているのは同情するが、正当化は無理。

ふっちーLove

ふっちーLoveo は ふっちーLoveの間違いです。
リーベルさんのコラムに投稿していたものと同じ人物です。
(少し成り済ましがいましたがほぼ同一です)

あと、倍たるデータは、バイタルデータです。
タイプミス失礼しました。

能力のないSI業者は藪医者というのはタイプミスではありません。
プロフェッショナルとしての技能のなさを他者に押し付けている恥知らずという
比喩のとおりと受け取ってください。

なーR

ふっちーLOVE様
ありがとうございます。なーRです。
そうですね、言い方は別として業務部長の気持ちは最もだと思います。
早瀬も草薙もその辺りを理解しつつ、PJを立て直すために結構、無理を言っているという感じです(笑

>この主人公が苦労しているのは同情するが、正当化は無理。
私もそう思います(笑
早瀬がいくら頑張ったところで100%正当にはなれないでしょう。
でも、起こってしまったことは仕方が無いから、
どう、本来の目的を果たすか..と彼女は考えていると思います。
その考えの上で開き直っているのかもしれませんね。
できれば、上記の流れになる前に、リカバリできていたら良かったんですが。。

この物語の中の全ての登場人物には、「純粋な正義を持つ」人はいません。
草薙さんも含めて誰しもがどこか欠けていて、
誰しもがそれぞれの事情を抱えています。

そう言う意味で「すっきりとした終わり方」にはならないかもしれませんが、
ゆっくりですが最後までよろしくお願いいたします。

うっちー

ふっちーLoveが現れてしまったか
ご愁傷様です…

なーR

うっちーさま
お世話になります、なーRです。
ご心配、ありがとうございます。

個人的にはコメント欄でいろいろなご意見をいただけるのは大変助かります。
今のところはその全てにできる限りお応えしております。
 #一部、放送禁止的なワードを書き込まれたものがありましたが、
 #そちらは非表示にさせていただきましたが、
 #心には残しております(笑

案件が盛り上がってくるとそうも行かないかもしれませんが、
様々な考えを見ること自体は私にとってプラスです。
もちろん、全ての人に納得していただける終わりは作れないと思いますし、
私自体物書きではないのでつたない部分はありますが..

なんにせよ、お心配りありがとうございます!
これからも、何とぞ見守っていただければと思っております。

公チキ

責任の所在を明らかにしたところで状況は改善しない。
やるべきことは、状況を改善し着地点を見つけてソフトランディングさせること。

そういう至極シンプルなことが、なかなか共有できないんですよね。
状況を前に進めることよりも、自分に責任がないことを滔々と述べることが優先な人がどれほど多いことか。

責任の所在なんてものは、プロジェクトが終了して、打ち上げでもした後にやればいいんです。
まあ、失敗したプロジェクトに限って、責任の所在を明らかにすることすらなされないので、失敗が繰り返されるのでしょうが。

なーR

公チキ様
お世話になります、なーRです。
仰る通りだと思います..
それでも、自分の失敗を認めることって本当に難しいですよね。。
私自身も失敗した時、難しいと毎回感じます。
それでも、その失敗を繰り返さないためにもやはり振り返りは必要ですよね。。

>プロジェクトが終了して、打ち上げでもした後にやればいいんです。
そうですね!
最近は「振り返り会」「PJ反省会」などをやるところも増えてきているのかと思っています。
誰かを吊し上げる会ではなく、それぞれが各フェーズでよかったこと、足りなかったことを出し、自分に対してきちんと律していくことで仕事の質が上がっていくのかなと思います。

とはいっても、理想は理想。
現実をどこまで理想の姿に近づけていけるか。
毎日、私も葛藤しています。

なーR

いつもご覧いただき、ありがとうございます。
週明けにはまた1本上げさせていただきます。

が、来月から新しい現場に入りますので、
多少また、進捗が鈍くなります。ご了承ください。

いま、書き溜めた分だけゆっくりとリリースしたら、
また、次の話をゆっくりと書き始めようと思っています。
 #年末年始を使ってかこうと思っています。

「こんな話が読みたい」というお話しありましたら、
是非、こっそり教えてください。

よろしくお願いいたします。

コメントを投稿する