これはピンチな現場に助けに入る、しがないIT傭兵達の物語。

Act14 失った自信

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 もう24時。突然かかってきた電話の向こうには、後藤さんがいた。

 「今、助けに入ってくれてるんだって? 安藤社長からの留守電で知ったよ。今の僕なんかで……。できることないかな?」

 心も身体も疲弊して現場から離脱したのに、私たちが入ったことを知ってすぐ連絡をくれた後藤さん。

 もしかすると、私の想像を越えるくらいの呵責を持ちながら、それでも勇気を振り絞って出してくれた、渾身の支援の気持ち。 今の私には、とても嬉しく心強いものだった。

 私は後藤さんのその言葉に甘えて、現在の状況と自分が考えている方針を簡単に伝えた。現在の進ちょくのこと。 変更管理がされず、放置されていること。 今回の必須機能である「建設機材予約」は「優先度:高」として、現フェイズで実装しようと考えていること。

 後藤さんは状況把握をすると、総論/各論の各論部分で、今の私に足りない部分を指摘してくれた。

 この部分の仕様の解釈について確認した方がいい。このあたりのメールや共有フォルダに参考となる資料があったはずだ、等彼の持っている知識と情報の中から、必要な情報を的確に与えてくれる。その頭脳は1カ月ほど休んでも鈍っていないようだ。

 ひとしきり私と話をしたのち、後藤さんは申し訳なさそうな静かな声になる。

 「君にまで頼ってしまうことになってしまって……。本当に申し訳ない」

 「いえいえ、後藤さんの話を聞いて、いてもたってもいられなくて来ちゃっただけですから」

 

 私には後藤さんを責めるつもりなどまったくなかった。彼だって逃げるつもりなどなかっただろう。日を追うごとに心も身体も疲弊していく中で、護りきれない自分の弱さや、杉野PMを止められなかった自分の無力さから。限界点を越えてしまった途端、耐えられないものになってしまったのだろう。その感覚は何となく理解できる。私自身も身体のどこかでそれを覚えている。

 「僕は止められたはずなんだ。でも、そこから逃げてしまったんだ」

 声が震えている。こんな弱々しい後藤さんは今まで見たこともなかった。きっと、穏やかな人ゆえに必要以上のものを背負ってしまったのだろう。彼の送信済みメールから読みとれば、杉野PMと「やりあった」こともはっきりしている。しかし、現状を見る限りその効果はなかったのだろう。

 

 「大丈夫ですよ」と言おうとして、私はすぐその言葉を止めた。少なくとも、その言葉は何の役にも立たないのは分かっていた。

 それは、以前の私も陥った“闇”だったから。

 「後藤さん、私も1年程前。大きなプロジェクトで失敗しました。後藤さんとは違い、自分の油断と判断ミスが生んだものでした。気付いた時には一気に炎上してしまって、コントロールもできなくなってしまって、そこから逃げてしまったんです」

 私はいったん、言葉を区切る。正直、社外の人にそのことを話すことなどなかったから、言葉を選ぶ必要があった。

 「その後のプロジェクトは、数カ月のリリース遅れと複数の離脱者を出してしまいました。結局、私は戻ることもできず、最後まで逃げ続けてしまったばかりか、しばらく現実を直視できず休んだりして。なんとか立ち直れるように計らってもらった私が言うのもおこがましいのですが……、現場で無くした自信は、現場でしか取り戻せないと思ってます。私達、結局……。戦場を渡り歩いて生きていく、傭兵みたいなものですから」

 しばらくの沈黙の後、「そうだね、この1カ月、本当に苦しかったよ」。そう、少しだけ涙の滲んだ声で後藤さんは返事をしてくれた。

 

 電話を終えてから、後藤さんから頂いたアドバイスを元にWBSと方針素案を修正する。素案を一通り直し終わった頃には、うっすらと空が白くなり始めていた。今日の昼過ぎ、安藤社長と草薙さん、杉野PMとで話をすることになる。とりあえず安藤社長と草薙さんへ、出来上がった資料と共に、後藤さんとの会話の要旨もメールにして送った。

もうすでに、始発の時間だ。シャワーだけでも浴びたい。でも、眠りたい。どちらを優先するか。そう迷っているうちに、私は短い眠りに就いていた。

Comment(7)

コメント

BEL

月一ペースになってきました。今も戦場なのでしょうか、投稿があると何故か安心しますw

もともと、着眼点がありふれたものではない独特な小説と思っていましたが
なにやら一段と深い話になってきました。

この業界、技術論などがどうしても優先されがちですが、
本当はこういった精神論的な話や人間関係論などもものすごく重要なのだと思います。

なーR

ありがとうございます。
うう。。今月は引っ越しのため、忙しくて時間とれそうにないですが、
来月は必ず(涙)

PMOとして渡り歩くことが最近増えて来たため、
一番大事なのは「人間関係」だと心の底から想います。。
人間関係よければ、ルールさえ作れば上手くPJを回す事ができる。
逆にルールがあっても、人間関係が悪いとPJが回らない。。

色々行って、そう想う様になりました。
これからもよろしくお願い致します。

ごろう

早く続きが読みたいです...。

なーR

ごろうさん
すみません、すみません(涙
リリース終わるまで。。。待ってくださいませ。

そして、楽しみにしてくださってありがとうございます!!

ナンジャノ

「一番大事なのは"人間関係"だと心の底から想います。」に同感です。
戦史が証明するように一番効果があるやり方は軍隊のような組織的行動だと思うのですが、人間結局環境に一番左右されると思います。ましてチーム戦なら人間関係がよくなくては上手く進めようがないと思います。
うちは本作品の環境とは逆ですね。暴君リーダとは違い、怒って煽るばかりで方針が決まりきらず、遅れた責任をあやふやにすることが最優先。上層部が動かない&決めないので、各担当者が良かれと思って勝手に進めて、無駄な事ばかりしています。
"来月(9月)"もそろそろ終わりますが、続きを楽しみにしております。

なーR

ナンジャノさん
お世話になります、なーRです!
ありがとうございます。

やはり、「人間関係」が一番大事だと思います。
作っているモノは0と1の塊かもしれませんが、
作っている人は生身ですから。。

上がきちんとしていないというのも、上が押し付けてくるのも困りますものね。
マネージメントはホント難しいなと普段から考えております。

だいぶ書き上げましたので、週末くらいにはこちらもリリースできると思います。

待っていてくださってありがとうございます!!
精一杯、書かせていただきます。

ナンジャノ

なぜかこの業界、良い人も悪い人も、何かに全力を出して成し遂げようとしているんですよね。マネージメントとしては、できるだけ好ましい方向にみんなの力が向くように、環境を作ったり、働きかけたりすることではないかと、思います。結果はそのあとでついてくるものですよね。失敗も成果の一つだと思うのですが。
/違和感があるので、書いておきます。
後藤さんが社長からの留守電をきっかけに連絡をとってきたのですが、Act11の最後にある「とある1通のメールを化粧室」でうった相手がてっきり後藤さんだと思っていたので、違和感を感じました。
火消の結末を楽しみにしています。よろしくお願いします。

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