第11話:“育成中のメンバーにどこまでまかせよう?”の巻(上)
ある日の夕方。明日香が部内のグループ・リーダー・ミーティングを終えて自席に戻って来ると、サイゴウとイサハヤが話し込んでいた。
ベテランのサイゴウと、入社3年目になったばかりのイサハヤは、半年前からペアを組んでいる。通りがかりに明日香がちらりと目をやったところ、2人は夏山興業のシステムの仕様書を広げていた。夏山興業のシステムは、現在、この2人が一緒に担当しているプロジェクトである。
イサハヤは、このプロジェクトで経験を積んだ後に、小さい案件を1人で担当できるようになることを目標にしている。サイゴウは、OJTのアドバイザーとして、イサハヤの指導にあたる役目を担っている。
(ペア制も順調に効果が上がっている。特にこのペアは、いい感じね!)
明日香は、2人の様子を見てひそかにうなずいた。そして自分は、先ほどのリーダー・ミーティングから持ち帰った課題に取り組んだ。
ふと気付くと、終業時間を過ぎてかなりたっていた。オフィスにはまた数人が残っており、明日香のグループではサイゴウが1人で自席にいた。明日香は、立ちあがって上半身のストレッチをしながらサイゴウに話しかけた。
明日香「サイゴウさん、おつかれさまです。何か急ぎの案件でも?」
サイゴウ「明日、夏山興業さんの進ちょくミーティングがあるので。報告資料の準備です」
明日香「夏山興業さんですか……あら、だったらイサハヤくんは?」
サイゴウ「今日は帰りましたよ」
明日香「サイゴウさんがまだ準備をしているのに?」
サイゴウ「お客様への進ちょく報告は、いつも僕が準備しているので」
明日香「進ちょく報告には、イサハヤくんはかかわらないのですか?」
サイゴウ「少しずつやってもらっていますよ。今回も、僕の頼んだ作業はしっかり終えてくれました。後は自分の仕事ですから」
明日香「そうでしたか。遅くまでごくろうさま」
明日香は、帰り支度を始めながら、何となく気になっていた。
サイゴウは、どんなに忙しくても、ちゃんと十分に時間をかけて、イサハヤに依頼する作業のやり方を丁寧に指導している。それは傍から様子を見ていても、よく分かる。イサハヤも、きちょうめんな性格で、依頼された作業はきっちりと仕上げる。2人で担当した仕事は、いつもうまく回っている。
(でも、考えてみればイサハヤくんはいつも、サイゴウさんに事細かに指示されたことをこなしているだけ。このままで、案件を1人で担当できる力が付くのかしら……?)
明日香は、思い切ってもう1度、サイゴウに話しかけた。
明日香「サイゴウさん。あの、イサハヤくんのことだけど」
サイゴウは顔を上げて、明日香の顔を見た。
明日香「夏山興業さんのプロジェクトが終わったら、イサハヤくんも小さな案件を1人で担当することになりますね。そのためには、プロジェクト全般を俯瞰して進ちょく報告ができる力を付けておくことがとても大事だと思うのですが…」
サイゴウ「それはその通りですね」
明日香「いまイサハヤくんが担当している作業って、どんなことをやってもらっているのですか?」
サイゴウ「僕とイサハヤくん2人の作業を記録し、お客様との連絡メールを振り返り、報告期間の作業実績をまとめるところまでです。予実評価や問題点と対策など、お客さまに伝える内容を考えるのは、まだ彼には無理なので」
明日香「単独で進ちょく報告をするのは、まだ無理かもしれませんね。ただ、作業実績だけまとめたら帰ってしまって、一番大変な作業を見ていないのでは、案件を1人で担当するときに困るのではないか、と思うとちょっと心配で」
サイゴウ「毎回、進ちょく報告にも必ず連れて行って、僕がお客様にどう説明するか一緒に聞いてもらっています。個々の評価や対策の立て方も、順を追ってこれから指導していきます」
明日香「サイゴウさんの指導のおかげで、イサハヤくんも力が付いてきていると思います。そろそろ、自分だけで考えたり判断したり、単独で担当できるための経験を積んでもらう時期かもしれませんね。
手始めに、グループ・ミーティングでの進ちょく報告を、イサハヤくんに任せてみたらどうでしょう」
サイゴウ「そうですね。お客様に対しての進ちょく報告はまだ無理でも、グループ・ミーティングならいいかもしれません。次回からやってもらうようにします」
翌日、早速サイゴウは、次回のグループ・ミーティングでの進ちょく報告について、イサハヤにいろいろ指導しているようだった。明日香のところのグループ・ミーティングでは、進ちょく報告の形式などに特に決まりはない。プロジェクトごとの報告時間はせいぜい数分だが、サイゴウはかなり熱を入れてイサハヤを指導していた。(中 に続く)
メンバーの自立を考えて接していますか(上)
□仕事の指示をするときに、常にやり方を細かく指導していませんか? 慣れて来たらやり方を任せるようにしていますか?
□メンバーには育成の観点から、無理のない範囲で力量を少し上回る仕事を任せていますか?
~原案:株式会社エムズ・ネット・スクエア 講師 樋口敦子~ (文:吉川ともみ)