第10話:“他部門との調整ができるメンバーを育てよう!”の巻(下)
経理部システム切り替え後の対応に困り果てているウオヌマに、チーム・リーダーの中田真紀子は、交渉を進めるポイントをいくつか助言した。
翌日、真紀子の席にさっそくウオヌマがやってきた。
ウオヌマ「昨日はありがとうございました。いろいろ考えてみたので、聞いていただけますか?」
真紀子は、オフィスのオープン・エリアの空きテーブルに移動すると、ウオヌマの話に耳を傾けた。
ウオヌマ「まず、昨日おっしゃっていた、交渉で大事なそれぞれの“関心事”を、こんなふうに整理しました」
ウオヌマが取り出したメモには、こう書いてあった。
僕の関心事:
・質問や苦情の内容をまとめてほしい
・経理部が優先順位を判断してほしい
・経理部エンドユーザーの希望にはできるだけ応えたい
・経理部以外の仕事にも十分な時間を割きたい
経理部ヤマガタリーダーの関心事:
・経理部エンドユーザーの信頼に応えたいことが一番
・自分が推進して導入したパッケージを活用して、経理部の業務を良くしたい
・来年度予算の大幅な変更に追われているので、エンドユーザー対応に時間をかけたくない
経理部エンドユーザーの関心事:
・とにかく早く新しいシステムを使いこなすようになりたい
ウオヌマ「こんな感じだと思います。洗い出してみたら、少し気が楽になりました」
真紀子「そうなのよね。ウオヌマくん、これだけ書き出せれば、大きな前進よ」
真紀子は相槌を打ってニッコリほほ笑み、しばらくメモを見て考えた。
真紀子「ヤマガタさんも、パッケージを推進した立場上、本当はもっとエンドユーザーをフォローしたいんだけど、時間が取れない、というのが本音らしいわね」
ウオヌマ「まさにそうだと思います」
真紀子「エンドユーザーの人たちは、いくら使いにくいって文句を言っても元のシステムに戻らないことは、分かっているのかしら」
ウオヌマ「経理部内でヤマガタさんは人望がありますし、旧システムが限界だったことは皆が理解しています。新パッケージに対する文句は、僕からみるかぎり機能への不満ではなくて、単に不慣れであることが原因です。エンドユーザーは、早く使いこなせるようになって、以前と同じくらいの時間で業務をこなせればいいんじゃないかと思います」
真紀子「さすが、ね! 経理部内の事情もよく把握していて素晴らしいわ。それで、解決策は考えてみた?」
ウオヌマ「まず、リーダーのおっしゃった研修会のアイデアです」
もう1枚のメモを示しながら、ウオヌマは説明した。
ウオヌマ「パッケージ会社と、移行に関係した弊社の開発チームに声をかけて、新しいパッケージのユーザー研修会兼質疑応答の場を企画したい、と思いました。こんなに運用側に質問が来るのは、そもそもきちんとユーザー研修をやっていないせいだから。頼んでみていいんじゃないかと」
真紀子「これだけでも、単純な質問は相当減らせるわね。この案を実施するには、他の会社や開発チームも巻き込まなくてはならないから、あらかじめ声をかける必要があるわね」
ウオヌマ「はい。それから、もう1つ、新しい連絡フォームを僕がエクセルで作ろうと思います」
メモには、次のように書いてあった。
新規連絡フォーム(エクセル)〔フォーム考案担当:ウオヌマ〕
1.エンドユーザーがこのフォームに改善要望などを記入して、ヤマガタさんに提出
2.ヤマガタさんが優先順位を決めて所定欄に記入
3.ウオヌマは、ヤマガタさんが記入した優先順位に応じて、対応する順番を決定
4.対応後は、そのフォームに対応策と結果を記入し、経理部に戻す
ウオヌマ「このフォームに、ヤマガタさんが優先順位を決めて記入する欄を設けることにより、ヤマガタさんが内容に目を通さざるを得ないようにします」
真紀子「経理部側で優先順位を付けてもらえば、ウオヌマくんも安心して作業に取り組めるし、良い考えだわ。そのフォームを共有サーバーに蓄積していけば、経理部のメンバーもいつでも見られるようになるから、調べたりできるし便利よね」
ウオヌマ「そうか。中田リーダーと話をすると、アイデアがどんどん膨らみます!
とりあえず考えてきたのは、以上2つの案です。両案とも、ヤマガタさんの関心事である『エンドユーザーの満足度を上げる』『時間をかけないようにする』ということを満たしているんじゃないかと思います」
真紀子「そうね。いいところに気がついたわ! お互いの共通の関心事を解決する手立てを考えると、相手も受け入れてくれる可能性が高くなるのよね。『ああ、ウオヌマくんは自分のことも考えてくれているんだ』ということで、信頼関係もさらに深まるわ。
研修会の準備で他社や開発チームとの交渉を進めるときも、ぜひ今回と同じように、相手の関心事を考えて準備をしてみてね」
ウオヌマ「はい。何となく、解決のきっかけがつかめそうな気がしてきました」
真紀子「考えて煮詰まったときは、たたき台を元にして他の人の意見をもらうといいのよね。アイデアが出るだけでなく、欠陥に気づくこともあるから、手戻りが減るし!
さて、2つの解決策がうまくいかなかったときはどうする?」
ウオヌマ「この解決策でたぶん大丈夫だと思います。もしうまくいかないときは、中田リーダーにエスカレーションして、経理課長と直接の話し合いで決着していただけるようお願いします」
真紀子「分かりました。では、この線で進めましょう!」
ウオヌマは、さっそくヤマガタとの打ち合わせに臨み、2つの解決策を即時に実施することで合意を得た。「ユーザー研修会兼質疑応答」についても、パッケージ会社と自社の開発チームから実施OKの返事をもらったウオヌマは、真紀子のところに報告に来た。
ウオヌマ「きちんと準備をしてあったので、経理部のヤマガタさんとも、それからパッケージ会社や開発チームとも、自信をもって打ち合わせに臨めました!これからも大事な打ち合わせや交渉の前には、用意周到に準備をしようと思います」
ちょっぴり胸をはったウオヌマを見て、真紀子は内心つぶやいた。
(次にちょっと大きな案件が来たら、ウオヌマくんをサブリーダーに抜擢してみようかな。メンバーが力をつけていく姿を見るって、こんなに嬉しいことなんだ。でも、今回はちょっと私から説明しすぎたかな……。これからは、もう少しコーチングの手法を活かして導くように、心がけてみよう)
メンバーの成長をしみじみ喜びながら、自らの接し方を振り返る真紀子。本人は意識していなくても、真紀子自身がリーダーとしてまさに、成長している最中なのだ。
効率的に交渉を進めるためには、どのような準備をするかがカギになります
□交渉相手と自分のお互いが満足するような解決策を提案していますか?
□解決策は複数提示していますか?
□提示した解決策を相手が受け入れない場合の対策(不調時対策)を考えていますか?
□自分の解決策に固執していませんか?他人のアドバイスを素直に受け入れていますか?
~原案:株式会社エムズ・ネット・スクエア 講師 津山元子~ (文:津山元子&吉川ともみ)