外資系IT企業の過酷なIT現場を経た同期4人組(現在は研修講師)が執筆します!

第8話:“突然仕事が降ってきた!”の巻~メンバーへ仕事を割り振るとき(下)

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 新任リーダーの明日香のグループに、突然新しい仕事が降ってきた。明日香は、この仕事を、文句をいわずに何でも引き受けてそこそこに仕上げるサクラジマに、割り当てるつもりだった。しかし、同期の真紀子と草一郎に「それでいいの?」と思いがけず質問され、戸惑ってしまう。

草一郎「その人をプロジェクト・メンバーに選んで、本当にいいのか? という質問だよ」

 明日香は、しばらく黙って考えた。

真紀子「文句をいわずに何でもそこそこにこなす、って言ったけど、その人が最適な人材なの?」

 明日香は1人1人の顔を思い浮かべた。オフィスでみんなの横顔を眺めたときも、頭の中で同じ作業をしたつもりだったけれど……。

草一郎「これは全社のプロジェクトで、各部門から選ばれたメンバーが集まる仕事だ。クラウドのビジネスは、特定の最新技術さえ分かれば一発OK、というわけにはいかない。これまで発展してきたいろいろな技術が絡み合って、複雑な面も多い。それだけに、明日香のグループから来るメンバーに対して、周囲からの期待は大きいよ」

明日香「たしかに……」

草一郎「まあ、期待に応えられるような人物は、一番の中核にいるのが常だから。リーダーの明日香としては外に出せない、という判断も分かるけどね」

 (つまり、うちのグループでいえば、それはサイゴウさんだわ!……でも、サイゴウさんに頼むことは考えなかった……)

明日香「いま言われて気付いた。たしかに、もっと適任の人がいる。でも、全然気付かなかった。というか、考えもしなかったの。その人は気が強くて、振られる前に断るのが上手なの。だいたい私より5歳も年上だから、リーダーになったばかりの面談でも苦労したし。突然降ってきた、しかも負担の大きな仕事を、その人に頼むなんて相当に勇気がいる……。私はたぶん無意識で、その人を最初から選択肢に入れていなかったのね。とても頼めっこない、と思ったからだわ」

 真紀子は苦笑して、ちょっとため息をついた。

真紀子「でも、リーダーは、公平にグループを運営しながら、どのメンバーも育てていかなければならないのよ

草一郎「まあ、苦手な相手に頼みづらいのは、僕も同じだよ。それより、さっき明日香が“何でもそこそこにこなす人”をプロジェクトに割り当てる、と言ったのが気になる。実際のところ、明日香は、その人の仕事の質を信頼しているの? 技術面の専門的な知見や先見性など、いろんな期待に応えられる人なの?」

 明日香はドキッとした。サクラジマは何でも引き受けるが、仕事の質という観点で見ると、詰めは甘いが何とか終わらせる、という傾向がたしかにある。実は明日香も気づいていたのに、何かと仕事を頼んで、あとはつい任せきりで、出来具合も大目に見てしまっていたのだ

明日香「……今回選ぶのは、うちのグループの代表として全社共通の場に出す人、ということね。それをグループ内の都合、いえ、正直にいえば私の得手不得手だけで人選するなんて、考えが足りなかった……」

真紀子「でも、明日香の考えたその人をプロジェクトに割り当てるのは、その人を成長させるチャンス、と考えることもできるわ。社内に人脈も築けるし、大きなビジネスに関われる可能性もある。技術自体は基本的に既存の範囲で、組み合わせや利用のしかたが新しいだけだから、必死で取り組めばハードルは高くないし。もしかしたら、本人も気付いていない力を引き出すきっかけになる可能性だってあるわよ

明日香「すごい! そんなこと、思いもよらなかったわ」

草一郎「そのためには、割り当てる仕事の価値を本人が正しく認識できるように、明日香がしっかり伝えることが必要だよ。今度の仕事は、頼める人がいなくて頼むんじゃなくて、期待してお願いするんだから、最高の成果を出してきてほしい、とかね。リーダーに期待されているとはっきり感じると、メンバーは頑張ってくれるものだよ

明日香「ありがとう。2人は、リーダーとしてほんとに頼りになる先輩だわ! 率直に言ってくれて感謝します!」

草一郎「会社でも中堅になってくると、周りは注意したり助言したりしてくれなくなるからね。同期だから、気付いたことを思い切って伝え合える。これはお互いさまだから、こちらこそこれからもよろしく」

 翌日、明日香はサクラジマに声をかけた。10分だけ時間をもらい、2人で小会議室に行った。

明日香「じつはこれこれで、新プロジェクトが始まります。サクラジマさん、クラウドの方面に、もし少し関心をお持ちなら……」

サクラジマ「僕ですか? ……そのプロジェクトは、もう噂になっています。うちのグループでは、きっとサイゴウさんが選ばれるだろうと思っていました」

 サクラジマは、驚いている様子だ。そのときふと、明日香の耳の奥で、“リーダーに期待されているとはっきり感じると、メンバーは頑張ってくれる”という草一郎の言葉が響いた。

明日香「特別に難解な新テクノロジ分野ではないけれど、専門的知見というのかしら、社内的にはうちのグループからのメンバーはかなり期待されている面があります。ハードルはちょっと高いかもしれない。

 でも、こういうときいつもサイゴウさんばかりに頼るのではなくて、そろそろサクラジマさんがグループの代表として力を発揮できる時期が来ている、と私は思います。ぜひサクラジマさんに、このプロジェクトのメンバーになっていただきたいの」
 
 ちょっと面喰った表情を浮かべつつも、サクラジマの目は輝いていた。

サクラジマ「僕は、振られた仕事が断れなくていつも雑多な仕事をこなして、そこそこにこなす要領は身に付いたかもしれません。でも、目に見えるまとまったプロジェクト全体に、最初から関わったことがないんです。僕に務まるでしょうか?」

 (雑多な仕事をこなす毎日。それはリーダーの私がサクラジマさんの育成を考えてこなかったせいもあるわ。そろそろ、目に見えるもっと大きな仕事に関わる場を求めていたのね)

明日香「大丈夫、サクラジマさんなら務まる、と思うからお願いしているんですよ。もちろん、今回のプロジェクトに参加することで、サクラジマさんの負担は増えます。その点については、プロジェクトの仕事量を見極めたうえで、スケジュールの調整など相談に乗ります。

 これが初回打ち合わせの資料です。これを読んだうえで、私への状況報告のタイミングや方法も考えて、明日改めて相談に来てください。社長直轄の重要プロジェクトなんて、もちろん私も初めて。楽しみね!」

 サクラジマは、資料を受け取って軽く一礼すると、足取り軽く部屋を出て行った。未知の人たちと、これから大きな一つのことに取り組む、そのときのワクワクした気持ちは明日香にも何度も経験がある。明日香は、サクラジマの背中に、心からのエールを送った。

メンバーに仕事を割り振るときに注意していますか?(下)

□育成の観点を考えながら仕事を与えていますか?

□仕事の魅力や価値をメンバーに伝えていますか?

□仕事を頼んだ後、放任せずにモニタリングやフィードバックをしていますか?

~原案:株式会社エムズ・ネット・スクエア 講師 池田典子~ (文:吉川ともみ)

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