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ロスト・スキーヤー現象とその悪用(2) ~混乱のかたち

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 随分間が空きましたが、「ロスト・スキーヤー現象」と呼ぶ論理の混乱パターンの解説の第2弾です。この現象が悪用されると経験の浅いIT技術者はいいように振り回されてしまいます。その原因とどう回避するかがテーマです。今回からあまり間をおかないように3週連続くらいを予定しています(第1弾はこちら)。

 なお、ご存じの方もいると思いますが、今回の元原稿はTwitterにて約1カ月半ほどかけて、50回ほどつぶやきながらまとめてきたものです(http://twitter.com/ko1hayashi です)。各回140字という制約の中で書いてきたこともあり、改めて全体の文章を見直してはいますが、今のところ大きく変更することなく使えそうです。これまで、コラムにまとめようとしてできなかったものが、Twitter連載のような形でまとめられたことには正直驚いていますが、それはともかく、本題に移ります。

 さて、前回から時間が経っているので、ごく簡単なまとめから始めます。「ロスト・スキーヤー現象」というのは、筆者が名付けた典型的な論理の混乱パターンのひとつで、いつの間にか課題解決のために当初想定していたのとは違う行動を選択してしまうというものです。基本の流れは、「結局やりたいのは××だよね」「じゃあ○○をやるべきだよ」というものです。この論理の転換は非常に強力なもので、知らなければいとも簡単に混乱の中に引きずり込まれてしまいます。

◆上司からの指導の落とし穴

 前回はコンサルティングの結果の例を示しましたが、今回はもう少し身近な課題解決の例を使って、次第に混乱していく様子を見ていきましょう。

 A君は入社2年目でシステム再構築にあたって業務改善の検討のタスクを手伝っています。その作業のひとつとして、業務改善の基礎データを集めるため、関係者にメールで調査票を配布して提出を依頼しています。しかし、提出してくれる人が少なく、裏付けとして十分なデータが揃わないないという状況になってしまいました。メールや電話で催促しても多忙を理由に提出してくれません。どうやったら提出してくれるか悩んでいます。

 いろいろ考えたあげく、A君は関係部門の責任者から調査票の提出を強制してもらうしかないと考えました。上司にそのための調整を依頼をしたところ、「その前にやることがあるだろう」と言われてしまいました。上司は続けます。

 「結局、やりたいことは調査票を提出してもらうことでなく、各項目への回答を得ることだろう」「各項目への回答を得たいのなら、調査票の提出を待つまでもなく、電話で聞けばいいじゃないか。調査票への記入は君がすればいいだろう。電話がつながらなければ、直接行って聞いてその場で調査票の記入をすればいいだろう」

 いかがでしょうか。確かにそうだと思われた方も多いのではないでしょうか。この上司の発言を分析してみます。一旦、今やろうとしている「調査票に記入してもらって回収する」という施策について、その目的である「調査項目への回答を得る」に戻った上で、目的達成をする別の施策として、「電話か口頭で話を聞く」方法を指示しています。施策の実施に行き詰まったときには、この目的に一旦戻って施策を見直す手法で突破口を見つけられることがあります。

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図 目的に戻って見直す

 このような一旦目的に立ち返った議論は、膠着状態では希望の光に見えます。ハッとして、「どうしてこのことに気付かなかったんだ!」という感動すら生みます。しかし、そこには落とし穴があります。冷静に考えると、この例で、上司の指示通りにやってうまくいくこともあれば、うまくいかないこともあります。続く話の流れとして、うまくいかないほうに事態が進むケースをみてみましょう。

 Aさんが調査の依頼先に電話で回答を聞いたところ次のように言われてしまいました。

 「あのねえ。この場ですぐ答えろと言われても、過去1年のデータを集計しないとすぐには答えられない質問だよ。その集計のための作業時間がとれずに提出できない状況だって分かってる?」

 結局、上司が示した代替施策は実現不可能なものだったということです。

◆ロスト・スキーヤー現象

 目的のレベルを上下させた結果、元々やろうとしていたこととは別の施策を選んでしまうことをMALTでは「ロスト・スキーヤー現象」と呼びます。山頂までリフトで上に上ってしまった結果、元々下りる予定とは別の道を進んでしまったスキーヤーに例えています。目的に立ち返って施策を考えるときの落とし穴は、そのときに考えた代替施策がとても素晴らしく思えてしまうことです。スキー場でリフトで上に登って、眼下を見下ろすと今までいたところが小さく見えます。あんなところでぐずぐずしていたのかと思う感覚に似ています。

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図 ロスト・スキーヤー(lost skier)現象

 しかし、上から見下ろしたときには気付かなくても、いざ下に降りていくとそれまで気付かなかった障害にぶつかることがあります。代替施策を考えるとき、上位目的からの視点だけで、具体的な地に足が着いた検討をせずに採用すると、結局問題解決できないことがあります。これは上のようなケースで上司からもらう指示に従う場合にありがちで、それは上司といえども見通せない現場の様々な制約が残っていることが結構あるためです。

 A君の苦難は続きます。電話の相手から続けて次の指摘を受けます。

 「そうだ。業務分析のためのデータが揃えば良いんですよね。じゃあ、我々がデータ集計をするのを待つ必要ないですよ。結局、集計は誰がやっても同じですから、そっちで集計すればどうです? データはまだ手元に用意できていないですが、元データを管理している本社の管理部門に言えば、直接もらえるはずです」

 この議論では、「調査項目への回答を得る」というより高い目的である「業務分析のデータを得る」へのシフトが起きています。そして、「自分でデータを入手して集計する」という代替施策が提案されています。

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図 より上位の目的から見直す

 データさえもらえば自分で集計できることに気づいたA君は、管理部門にデータをもらいに行きました。そこで今度は次の指摘を受けました。

 「そのデータは確かにうちで管理していますが、個人情報も入っているので提供して良いのか現場で判断はできません。マネージャレベルでの調整が必要です。上司の人にそれをお願いしてもらえますか? イレギュラーなケースなので、ちょっと時間がかかると思いますよ。担当部門にやってもらったほうが早いと思いますけどね」

 A君は何だか、たらい回しされているような気分になってきました。

◆ゴール・ツリーを把握する

 この例では目的と施策の上下を繰り返す中でA君は右往左往していますが、そのことを除けばここで示している施策は別におかしなものではありません。様々な施策のアイデアが出てきていますが、これは目的のレベルが変化するときには普通に起きることです。より上位の目的から考えると代替施策の可能性はたくさん現れるからです。また、元々目的を共有していない相手の場合、自分が想定していたよりも上位の目的からの提案を受けることは珍しくありません。

 むしろ最初からよく考えておけば、施策を進める途中から人に言われて試行錯誤することもなく進められたかもしれません。そのためには、目的には階層があり、目的はより上位の目的達成のための手段となること、そして1つの目的を達成する手段は複数あるというゴール・ツリーの構造についての理解が必要になります。

 よく上司が若手に対して「目的の共有が大切」「目的の明確化が基本」「目的と手段と混同しない」という指導をしている場面をよく見かけます。これらはまったくそのとおりなのですが、そう簡単なことではないということがお分かりいただけると思います。異なるミッションを持つ部門にまたがって行う施策の場合には、目的のレベルが上下しないように気をつけておかないとすぐに混乱してしまいます。

◆◆

 さて「ロスト・スキーヤー現象」は通常、問題解決のための施策を実行しようとする際にちぐはぐな行動をとるという形で現れます。最初から全体のゴールツリーが見通せるに超したことはありませんが、進めてみないと分からない事情があることもあり、状況を理解して進めている限りは、特にこの現象自体に目くじらを立てることはありません。

 ところが、人によっては急場をしのぐテクニックとして、意識的あるいは無意識的にこの現象を使っていることがあります。悪用とまでは言えないにしても、その結果としてマネジメントが混乱し、重要な意志決定場面で適切でない施策を選択してしまったり、余計な施策の検討に時間を浪費してしまって着手が遅れてしまうといったことは十分起こり得ます。

 次回からは、いよいよ「悪用テクニック」の紹介です。

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