なめられないITスペシャリストになろう

民間療法としてのロジカル・シンキング

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昨日、私の記事「ロジカル・シンキングは考え方にあらず」が公開されました。それに対して「異議あり」的なコメントをいただいたこともあって、多少の補足が必要なところを解説した記事をブログ「MALT100%」のほうにUPしました。

私自身が「ロジカル・シンキング」という単語をタイトルに含む本を書いておいて、言うのもなんですが、ロジカル・シンキングは民間療法のようなものだなあ、と最近はつくづく思っています。ITエンジニアも、仕事のランクが少しずつ上がるに従って、どうしても議論をまとめたり交渉したりする場面が出てきます。そのために、できるだけ早くから論理を扱える力(リテラシー)を高めるのがよいのですが、なかなか身に付けにくい状況にあります。この状況をまとめた上で、正しく論理リテラシーをつけていくために有用な本を紹介したいと思います。

ロジカル・シンキングが民間療法だとなぜ悪いのか

ここで、ロジカル・シンキングと呼んでいるのは、MECE、ピラミッド・ツリー、ロジック・ツリーなどの外資系のコンサルティング会社由来の議論の構造化テクニックのことです。そして、民間療法に似ていると言っているのは、これらは次の2つの特徴を持つからです。ひとつは基盤となる理論が確固としていないこと、もうひとつは、属人的な要素が大きく、流儀が少しずつ違うテクニックがたくさんあるということです。この2つの特徴にはもちろん関係があります。しっかりした基盤となる理論があれば、そこを中心に流儀も統一できるからです。

あらかじめ断っておきたいことは、私は民間療法を決して低く見たり、ばかにしているわけではないということです。私自身、整形外科では治らなかった椎間板ヘルニア系の腰痛が、保険の効かない整体療法一発で治ったということを経験しています。西洋医学では説明のつかない、本当に使える療法があるのは間違いありません。ただその基礎となる理論が、科学的な臨床データを積み重ねて検証したものではないため、西洋医学と同列に見られないという人が少なくありません。また、個人のスキルの差が大きくいろいろな流派もあるようです。

ロジカル・シンキングもこれと同様の様相を示しています。ロジカル・シンキングは、コンサルタントが使って有用性があったテクニックの集合体です。役に立たないはずがありません。ただ、そこに付けられる理論が、現代的な論理学の緻密な積み重ねとは全く関係がなく、正規の学問の体系に組み入れることができません。そして、論者ごとの力量に負うところが大きく、使うツールも論者ごとにいろいろと違っています。基盤が確固としておらず、種類が多くなると何がいけないかというと、学習効率が悪くなるのです。何か正しいのか判断に迷うため、身に付けるのが大変になります。

私もロジカル・シンキングのの一論者ではあるのですが、できるだけ正規の学問体系である論理学に近づけ、また、属人化してしまう要素を小さくしていきたいと思っています。そのほうが学習効率をずっと高くできるからです。その現時点での成果がMALTというロジカル・シンキングの新しい体系になります。詳しくは私の本「ITエンジニアのロジカル・シンキング・テクニック〔新装版〕 」をご覧ください。

ロジカル・シンキングと論理学は無関係

今から思うとロジカル・シンキングと呼ぶのは誤解を招きやすいので、適切なネーミングではなかったのではないかと思っています。少なくとも、ロジカル・シンキングと論理学には関係がありません。ロジカル・シンキングからの流れで、論理学に興味をもって本屋に行って論理学の教科書を手にとって開くととても悲しい思いをします。

論理式がいっぱい並んでいて、まあ、普通の人はめまいがします(私だってそうです)。 数学によほど慣れている人でもなければ、はっきり言って、この時点で引きます。それでも気をとりなおして、時間をかけて追いかけていっても、やっぱりこりゃわからん、俺の頭じゃわからん、と思って投げ出すタイミングが来ます (私はしつこいので何度もトライしていますが、途中で投げ出すのもこれまた何度も経験しています) 。

ここで正当化の誘惑にかられることがあります。こんな分かりにくいのは説明が下手だからであって、自分の頭が悪いせいではない。よって、こんな理論はないものとして、誰にでもわかる範囲から説明を組立てるべきだ。この気持ちは本当に良くわかります。でも、正規の学問からはすでに忘れ去られているような古典論理学から、三段論法、演繹、帰納などの道具を持ち出してきて、それが基礎になっていると主張するのはあまりよいアプローチとは思えません。扱いきれないのなら「ロジカル」とか「論理」とか言わないほうがよいのに、と思います。

論理リテラシーを高めるために

一方で、論理学の方ももっと分かりやすい説明をしてくれてもよさそうなものです。私は心からそう思っているのですが、これについては、野矢茂樹先生がいくつか非常に良い本を書いて下さっています。ITエンジニアの論理リテラシーを高めて、民間療法のようなロジカル・シンキングの指針に振り回されないためにも、これらの本は非常に貴重なので、紹介しておきたいと思います。

■はじめて考えるときのように―「わかる」ための哲学的道案内 (PHP文庫)

薄くてとても読みやすい本です。考えるということや論理ということについて、実はあまりよく分かっていなかったということに気付かされ、自分から考えていくためのヒントのようなものを得ることができると思います。なにより良いのは、論理式が出てきませんから、誰にでも軽く読み進められるということです。

■新版 論理トレーニング (哲学教科書シリーズ)

この本はタイトルが「論理」で始まっていますが、基本的には文章の書き方の本です。この本における論理のとらえ方は広く、有機的なつながりをもった文章そのものまで含んでいるためです。良いドキュメントを作成するスキルの向上に直結します。こちらも論理式は出てきません。論証図と呼ぶ議論の構造を表す図は出てきますが理解するのは難しくありません。

論理学

論理学について基礎的なところだけでも理解しておきたいという方におすすめです。野矢先生と数百年前の二人の禅僧の仮想的な対話を通じて展開していくので、楽しく読めます。論理式も出てきますし、徐々に難しくなっていきますが、最初のほうはそれほど難解ではないので、わかるところまで読むだけでも論理リテラシーは上がると思います。

これからますますグローバル化が進むにつれて、日本だけでなく海外でも通用する論理的なコミュニケーションスキルが重要になります。ぜひ、将来をになっていくITエンジニアの皆さんには、正しい論理リテラシーを身につけて欲しいと願っています。

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