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ロスト・スキーヤー現象とその悪用(3)言い訳と熱量型無茶振り

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 またも半年近く空きましたが、「ロスト・スキーヤー現象とその悪用」を再開します。が、その前にお知らせをひとつ。著者の本「ITエンジニアのロジカル・シンキング・テクニック」が「新装版」としてこの度、出版されることになりました。この本については、本コラムでも何度か紹介してきましたが、店頭の在庫がなくなり、ここしばらくは絶版状態になっていました。関心を持っていただいた方には申し訳ありませんでした。詳しいことは書籍のサイトをご覧ください。

 さて、本題ですが、第3回目の話題は、著者が「ロスト・スキーヤー現象」と呼んでいる論理の混乱現象の悪用について紹介していこうというものです。随分間が空いてしまったため、この現象について簡単に復習しておきましょう。

◆ロスト・スキーヤー現象とは

 「ロスト・スキーヤー現象」というのは、筆者が名付けた典型的な論理の混乱パターンのひとつで、いつの間にか課題解決のために当初想定していたのとは違う行動を選択してしまうというものです。基本の流れは、「結局やりたいのは××だよね」「じゃあ○○をやるべきだよ」というものです。この論理の転換は非常に強力なもので、知らなければいとも簡単に混乱の中に引きずり込まれてしまいます。

 この現象が起きるのは目的に階層構造があるためです。どんな行動にも目的があり、その目的にはさらに上位の目的が必ずあります。いったん、上位の目的に目を向けてしまうとそれを実現するための行動は元々考えていたもの以外にもいろいろあることに気付きます。そのため、目的のレベルを上下することによって、自分のやろうとしているのが、本当に正しいのかどうか自信を持てなくなってしまうのです。

 前回までは、この現象がどのように起きるのかを、実際にシステムに関連する検討の具体例を使って示してきました。今回は、この現象を意図的に使うことで、議論の流れをコントロールしたり、相手の主張を無力化する方法を説明します。

 悪用のパターンはいくつかあり、筆者はそのうちのいくつかに、「言い訳」「無茶振り」「居直り」「ちゃぶ台返し」という名前をつけています。今回から数回に分けて、それぞれのパターンについて具体例を使って紹介していきます。

◆言い訳パターン

 まず、「ロスト・スキーヤー現象を用いた言い訳」ですが、これはもっとも簡単で害の少ないパターンです。

 たとえば、要件定義書の作成が期限どおりに間に合わなくなったとします。「えーと、要件定義の目的は何だっけ? 設計工程に対して要件がちゃんと伝われば良いんだよな。じゃあ、要件定義のうち細かい部分は、自分が口頭で伝えることにして、記述を省けば時間短縮ができそうだな」と考えたとしたらどうでしょう。

 これが「ロスト・スキーヤー現象を用いた言い訳」です。一度、上位目的に立ち返ってやるべき作業を変更しているからです。もちろんこの言い訳は一歩間違えると後の工程に重大な支障を生じます。ドキュメントに残らないので、省略した内容を直接口頭で、必要な時に必要な人に漏れなく伝えなければならなくなります。これは不可能とは言えないまでも非常に困難です。

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図 言い訳のゴールツリー

 しかし、人間せっぱ詰まると、落ち着いて考えればとかえって面倒な状況を引き起こすとわかるような綱渡りであっても、選択してしまうことがあるので要注意です。特に「目的に立ち返る」ことは、一般に「よいこと」であると思われています。そのため、目的に立ち返ることをきっかけにした言い訳は、自分を納得させる意味でつい使ってしまいがちなのです。

◆無茶振りパターン≪熱量型≫

 次の「悪用」パターンである「無茶振り」の説明に移ります。このパターンは当初の想定外の仕事を納得してやってもらうのに使います。これは上司に使われるとなかなか迷惑なテクニックです。具体例として、担当者に他部門のマネージャが「ロスト・スキーヤー現象を用いた無茶振り」をする例を見てみましょう。

  • マネージャ 「私が見ているコールセンター部門のシステム検討のリーダーをお願いしたいのだが」
  • 担当 「ちょっと無理です。私が取り組んでいる商品配送部門の作業ミスを減らすためのシステム連携の活動が佳境で、今はこちらに集中したいのです」
  • マネージャ 「その活動には私も大賛成だ。ところでその配送業務のシステム連携は何のためにするんだい?」
  • 担当 「作業ミスをなくして効率化するためです」
  • マネージャ 「なるほど。じゃあそれをするのは何のため?」
  • 担当 「それはお客様に対して商品を間違いなく素早く届けるためです」
  • マネージャ 「じゃあ、お客様に対して商品を間違いなく素早く届けるのは何のため?」
  • 担当 「抽象的ですが、当社の製品を購入したお客様の満足度を高めるためではないでしょうか」
  • マネージャ 「そのとおり。サービスの満足度は製品自身の機能や品質だけでなく配送からサポートまでトータルで最大化するんだよな」
  • 担当 「本当にそうですね」
  • マネージャ 「当社製品は品質の評価は高いもののトータルなサービスという点で競合と見劣りする。私はそこをなんとかして変えたいと思うんだ。この意味で、君がやろうとしていること私がやろうとしていることは同じなんじゃないのか」
  • 担当 「おっしゃっていることはわかりますが…」
  • マネージャ 「君が今本当に大変なのは承知しているつもりだが、お客様の満足をより大きくするという目標のため、どんな形でもよいから君にも協力してもらいたいんだ」
  • 担当 「そこまで言われるのでしたら、リーダーは無理ですができる範囲で…」

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図 無茶振りのゴール・ツリー

 マネージャの熱意に押し切られて協力することになってしまいました。ゴールツリーを見てもらうとわかりますが、これは階層を何段も飛び越えるかなり強引なものです。しかし、なかなか上位目的というのは否定しにくいもので、知らないうちに説得されていたりすることがあります。このくらいなら、気をつけていれば断れるだろうと感じた方も多いかもしれませんが、これが同じ流れでもマネージャのキャラによっては抵抗困難になっていきます。

 今回はこのくらいにして、次回は肉食系マネージャに登場してもらうことにします(次回はそんなに間は空けません。きっと)。

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