攻撃に対して「ハックされにくい人間」に

デジタルの世界では、なぜ善意も悪意も増幅されるのか

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オンライン脱抑制効果から考える

対面では言えないことを、オンラインでは言えてしまう。

見知らぬ誰かに自分の弱さを打ち明けたり、困っている人に励ましの言葉を届けたりする。一方で、面と向かっては言わないような辛辣な言葉を投げつけ、集団で誰かを非難することもある。

なぜ、私たちはオンラインになると、普段とは違う行動を取るのだろうか。

心理学者のJohn Sulerは、この現象をオンライン脱抑制効果(online disinhibition effect)と呼んだ。

オンラインでは、対面で働いている社会的な抑制、いわば「心のブレーキ」が部分的に緩みやすくなる。Sulerは、その結果として生じる行動を、良性の脱抑制(benign disinhibition)有害な脱抑制(toxic disinhibition)の二方向に分けている。

良性の脱抑制には、自己開示、助けを求めること、共感、寛大さ、支援などが含まれる。

有害な脱抑制には、侮辱、脅迫、攻撃、嫌がらせ、過度な怒りの表出などが含まれる。

つまり、オンライン脱抑制は、単純に「人を悪くする現象」ではない。

人の中にあるものを、普段よりも表に出やすくする現象なのである。

なぜオンラインでは抑制が緩むのか

Sulerは、オンライン脱抑制効果を生み出す六つの要因を示している。

1.解離的匿名性

Dissociative anonymity

自分の発言と、現実の自分の身元が切り離されているように感じること。「誰が書いたか分からない」「現実の自分には影響しない」と感じると、発言への責任感が薄れやすくなる。

2.不可視性

Invisibility

相手から自分の姿や表情が見えず、自分にも相手の表情や反応が見えないこと。対面であれば、相手の困惑や痛みを見て言葉を止めることがある。しかしオンラインでは、その反応が見えないため、言葉の強さに気づきにくい。

3.非同期性

Asynchronicity

投稿と反応の間に時間差があり、相手の反応をその場で受け止めなくてもよいこと。書いた直後に画面を閉じ、その場から心理的に離れることもできる。一方で、非同期性には考え直す時間を与える面もあり、必ずしも有害な方向だけに働くわけではない。

4.独我論的取り込み

Solipsistic introjection

実際の相手ではなく、自分の頭の中で作り上げた相手と対話しているようになること。文字だけの交流では、相手の表情や声、背景が分からない。その空白を、自分の想像や感情で埋めてしまう。

5.解離的想像

Dissociative imagination

オンライン空間を、現実とは別の世界のように捉えること。「これはネット上だけのこと」「ゲームやSNSの中の自分は、現実の自分とは別」と感じることで、現実では取らない行動を正当化しやすくなる。

6.権威の矮小化

Minimization of authority

対面社会で感じる地位、肩書、権威、規則などの影響が弱く感じられること。オンラインでは、年齢や役職、社会的地位が見えにくい。そのことが自由な発言を促す一方、ルールや責任を軽視させる場合もある。ただし、Sulerは「匿名だから人は自動的に攻撃的になる」と主張しているわけではない。これらの要因は互いに作用し、さらに個人の性格、感情、価値観、置かれた状況などと組み合わさって、行動に影響する。

「オンラインでは抑制が下がる」を測定する

Sulerの理論は、長い間、オンライン行動を理解する重要な枠組みとして使われてきた。しかし、実際に人の抑制がどの程度下がっているのかを研究するには、測定方法が必要になる。

StuartとScottは2021年、オンライン環境における抑制の低下を測定するため、Measure of Online Disinhibition(MOD)を開発した。

MODは12項目から構成される尺度で、オンライン上で普段とは異なる行動を取りやすいと本人がどの程度認識しているかを測定する。この研究では、MODとオンライン上の肯定的・否定的行動、ソーシャルメディアの利用、ウェルビーイングとの統計的な関連が検討された。

これは重要な進展である。

「オンラインでは羽目を外しやすい」という感覚的な説明を、測定し、比較し、研究できる対象に変えたからだ。

ただし、関連が確認されたことは、直ちに因果関係を意味するわけではない。

オンライン利用が脱抑制を引き起こすのか、脱抑制しやすい人がオンラインを多く利用するのか、あるいは別の要因が双方に影響しているのかについては、慎重に考える必要がある。

有害な脱抑制は、どのようにサイバー加害につながるのか

2024年に発表されたWangらの系統的レビューは、青少年のオンライン脱抑制とサイバーいじめの関係を検討した15本の研究を分析している。

その結果、オンライン脱抑制が高いことは、サイバー加害を行う可能性の高さと、おおむね関連していた。

さらに、その間をつなぐ要因として、道徳的離脱(moral disengagement)と低い自己制御(low self-control)が複数の研究で示されている。

道徳的離脱とは、本来ならば「してはいけない」と考える行動を、自分の中で正当化する心理的過程である。

例えば、

「相手にも原因がある」

「みんなも書いている」

「冗談だった」

「ネット上のことだから大したことではない」

という考えによって、自分の攻撃的行動と道徳的な責任を切り離してしまう。

ここで重要なのは、匿名性だけでサイバー加害を説明することはできないという点である。

匿名性、不可視性、非同期性といったオンライン環境の特徴に加え、自己制御、道徳判断、文化、年齢、集団規範などが複雑に影響する。

問題は「ネットが悪い」「匿名が悪い」という単純なものではない。

人と環境の組み合わせによって、抑制がどちらの方向に緩むかが変わるのである。

誰でも、状況によっては「荒らす側」になり得る

オンライン上の攻撃性は、一部の「悪い人」だけが生み出しているのだろうか。

Chengらは2017年、オンライン討論を模した実験と、大規模なオンラインニュース・コメントコミュニティーの縦断データ分析を組み合わせ、荒らし行動を引き起こす状況的要因を調べた。

研究では、主に二つの要因が確認された。

一つは、ネガティブな気分

もう一つは、先に投稿された荒らしコメントへの接触である。

実験では、否定的な気分の状態に置かれた参加者や、攻撃的なコメントを先に見た参加者ほど、その後に荒らし行動を取る確率が高くなった。両方の条件が重なると、その確率はさらに高まった。

この研究が示唆するのは、攻撃的なオンライン行動が、固定された人格だけでは説明できないということである。

疲れている。

腹が立っている。

嫌なことがあった。

すでに他の人が誰かを攻撃している。

そのような状況の中では、普段は攻撃的でない人でも、同じ行動に引き込まれる可能性がある。

攻撃性は、状況によって生まれ、周囲の行動を通じて伝播し、増幅され得る。

だからこそ、一つの攻撃的な投稿は、その一つだけでは終わらない。

それを見た人に「この場では、こう振る舞ってよい」という規範を示してしまうことがある。

では、善意も増幅されるのか

オンラインの研究では、攻撃、依存、誹謗中傷、サイバーいじめなど、負の側面が多く取り上げられてきた。

しかしオンラインでは、支援、慰め、励まし、情報共有、協力といった向社会行動(prosocial behavior)も生じている。

Lysenstøenらは2021年、青少年のソーシャルメディア利用とオンライン向社会行動の関係について系統的レビューを行った。

オンライン向社会行動とは、例えば、

  • 友人をオンラインで励ます

  • 苦しんでいる人を慰める

  • 必要な情報や資料を共有する

  • 困っている人を助ける

  • 他者との調和的な関係を促進する

といった、自発的に他者を支える行動を指す。

レビューに採用された定量研究は二本に限られており、著者ら自身も、現時点の証拠は少なく、研究の質にも限界があると慎重に結論づけている。

したがって、このレビューだけから「ソーシャルメディアは善意を増やす」と断定することはできない。

しかし、オンライン空間において、励まし、支援、慰め、情報共有などの向社会行動が実際に行われていることは確認されている。

この研究は、Sulerの良性の脱抑制を直接検証したものではない。

それでも、オンラインでは抑制の低下が有害な行動だけに向かうのではなく、弱さの開示、助けを求めること、他者を支援することにも向かい得るという議論を、隣接する研究領域から補完している。

オンラインだからこそ、対面では言えなかった「助けて」が言えることがある。

オンラインだからこそ、普段なら声をかけられない相手に「大丈夫ですか」と言えることもある。

善意もまた、画面を越えて広がる。

デジタルは、人を善人や悪人に変えるのではない

デジタルの世界は、人を善人や悪人に変えるわけではない。

ただ、対面で働いていた社会的な抑制を緩め、人の中にあるものを、表に出やすくする。

支援したい気持ち。

弱さを打ち明けたい気持ち。

怒り。

不安。

正義感。

承認されたい気持ち。

攻撃性。

さらに、周囲の反応、集団規範、プラットフォームの設計が加わることで、その行動は他者へ広がっていく。

オンラインでは、善意も悪意も増幅され得る。

ただし、それはオンライン脱抑制効果だけで説明できるものではない。

個人の状態、周囲の行動、集団規範、拡散の仕組み、プラットフォームの設計などが重なり合って、何が広がるかが決まる。

だから問うべきなのは、

「人は善いのか、悪いのか」

ではない。

私たちは、どちらが広がりやすい環境を作っているのか。

そして、

自分は今、何を増幅させようとしているのか。

ということではないだろうか。

投稿ボタンを押す前に、一度止まる。

画面の向こうにも、感情を持つ人間がいることを思い出す。

今の自分は、怒っていないか。

疲れていないか。

誰かの言葉に引きずられていないか。

その一瞬の「間」が、有害な反応の連鎖を止めることがある。

同時に、その一言が、誰かを支える善意の連鎖を始めることもある。

何を増幅させるかを選ぶ力。

それもまた、AI時代、デジタル時代に必要なサイバー判断力の一つなのだと思う。

次回は、個人の判断だけではなく、プラットフォームの設計、モデレーション、警告表示、投稿前の一時停止、ポジティブな行動を可視化する仕組みなど、善意が広がり、有害な行動が連鎖しにくいデジタル環境をどのように設計できるのかを考えたい。

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参考文献

  1. Suler, J. (2004). The online disinhibition effect. CyberPsychology & Behavior, 7(3), 321-326. DOI: 10.1089/1094931041291295

  2. Stuart, J., & Scott, R. (2021). The Measure of Online Disinhibition (MOD): Assessing perceptions of reductions in restraint in the online environment. Computers in Human Behavior, 114, 106534. DOI: 10.1016/j.chb.2020.106534

  3. Wang, L., Jiang, S., Zhou, Z., Fei, W., & Wang, W. (2024). Online disinhibition and adolescent cyberbullying: A systematic review. Children and Youth Services Review, 156, 107352. DOI: 10.1016/j.childyouth.2023.107352

  4. Cheng, J., Bernstein, M., Danescu-Niculescu-Mizil, C., & Leskovec, J. (2017). Anyone can become a troll: Causes of trolling behavior in online discussions. Proceedings of the 2017 ACM Conference on Computer Supported Cooperative Work and Social Computing, 1217-1230. DOI: 10.1145/2998181.2998213

  5. Lysenstøen, C., Bøe, T., Hjetland, G. J., & Skogen, J. C. (2021). A review of the relationship between social media use and online prosocial behavior among adolescents. Frontiers in Psychology, 12, 579347. DOI: 10.3389/fpsyg.2021.579347

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