言語の歴史は人類の歴史。そして人類はコンピュータを言語で動かすようになった。

無茶を聞いた時点で負け決定

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吉政忠志 さんのコラムを読んで、エンジニアの立場として似たような事例があったなと思い、コラムを書きました。吉政さんは「値引きには応じない」という姿勢ですが、私は「無茶な要求には応じない」という姿勢を通しています。安易に無茶を引き受けても炎上の勢いが増すだけです。無茶を乗り切ることで一時的な評価は上がりますが、しかし、無茶に答え続けることが求められてしまうので、結局は多くのものを失うことになります。

一般的には、無茶に応えることを「信頼」と表現する人を多く見かけます。お客さんの値引きに応じればこういう信頼を得ることはできるでしょう。しかし、吉政さんはコラムで「そういうお客様と付き合っても利益が出なくなる」と書いています。単純に、お金を払いたくない人の信頼を得てもビジネスとしては無益ということでしょう。信頼は、誰から得るかで大きく価値が変わるものだと思います。

同じことがプロジェクトに携わるエンジニアにも言えます。プロジェクトを遂行する技術力の無い人の無茶に応えても何の利益もありません。無茶を聞いても成果に結びつかないので、また別の無茶を振ってきます。無茶に答え続けることで「信頼」は得られますが、無茶に応えるぶんだけ労力と時間を浪費します。その結果、絆ばかりが深まって、時間と労力が損なわれてプロジェクトが炎上します。

では、無茶ぶりに対して「No!」と突き返せばいいのかといえば、そうではないです。吉政さんのコラムを読むと、値引きに応じる労力を仕事の充実させる労力に回しています。同様に、エンジニアであれば、応えても意味がない無茶ぶりより、プロジェクトを遂行できるだけのスキルの習得に回す方が賢いと言えます。本質はシンプルで、エンジニアならよりエンジニアとしての能力を充実させるということです。

無茶をする弊害ですが、応えれば応えるほど真実が見えなくなります。無茶を「正」と見ると、正常が「誤り」になります。具体的な仕事にこの状況を落とし込むと、無茶なロジックな実装を「正」と見て、技術的に正当な実装を「誤り」と見るようになります。これはエンジニアを続けていくにあたり致命的なダメージになります。エンジニアとして長く働きたいなら、無茶なものに対して「No!」を言う努力はした方がよさそうです。

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