デジタルネイティブとパーソナルナラティブ(5) デジタルなソクラテス 後編
理央さまはお尋ねになられました。「森の賢人は深き森の道を知るという」。賢者は、非デジタルな世界で何を思うのでしょうか。
哲学ネイティブのはがねのつるぎです。
■その2「何ができるのか」
デジタルネイティブたちは、友達さがしをしているわけではありません。目的を持って人をみつけるのです。何もできない人が選ばれることはありえません。
そう、「ただの人間に興味はない」のです。フラット化された世界では、周りの音にかき消されて自分が発する音さえ聞くことができません。
フラットとは音楽用語で半音下げるという意味です。半音だけ高い音をだすにはシャープという記号を使います。自分の音を確認する。そのために、人より高い音を鳴らすべきでしょう。自分自身を確かめるため、人はシャープになるのです。
■化合物=化学変化(自分、勉強)
年齢に驚いている時点ですでに非ネイティブなのでしょうか。よく考えれば、竹尾ゼネラルカンパニーでは小学生がCEOを勤めていました。
前回でも触れました。15歳のCEO、アンシュール・サマーくん。元素記号とカードゲームを組み合わせた教育型ゲームを開発。自分で会社を立ち上げた少年です。
元素記号から化学変化を起こす。そのルールを知る。ネットじゃなくても調べる方法はあったはずです。たとえば教科書。たとえば図書館。たとえば化学の先生。手段としてネットを選びました。
世界のどこか。ページを開かれることもなく、本棚の片隅でホコリをかぶり眠っているブリタニカがあります。テレビをみて、本を読んで、つぎの瞬間に内容を忘れている人もいます。情報に触れて、何も気づかずに時を過ごす人。デジタルネイティブの資質とは関係がありません。彼は、自分でテーマを設定し、自分で勉強ができるタイプの人間だったのです。
■オークションシステム
カードに使うキャラクターや風景。ロゴデザイン。取り扱い説明書。カードゲームを完成させるのにイラストが必要になりました。
そこで彼は、イラストが描ける人間をSNSからさがします。デザイナー専用SNSには5万人のデザイナーが登録されています。仕事を受注する側は自分のイラストを公開する。仕事を発注する側はその中で、もっともふさわしいと思える絵を描く人間を選択する。
分母は5万。星の数ほどいる、ただの人ではありません。星の数ほどいるデザイナーです。ジャストフィットするデザイナーをみつける。難しくはありません。ひとりひとりの作品をチェックする時間さえあれば。
天文ネイティブはネットよりも広大な宇宙とコネクトしています。肉眼で見える星は3000個程度といわれています。その奥にある、銀河に広がる星たちは1000億個も存在するのだとか。文字通り、星の数のなかからたったひとつの星を探し出しています。
ふさわしいデザイナーを検索する。それは、あたらしい星を発見するより簡単な行為ではないでしょうか。
そして次に、彼は有用な人をつなげるハブのような役割を演じます。
■アビリティーは増加する
アイザック・ニュートンの言うように、はるか彼方の遠くまで見えるのは、巨人の肩にのっているからです。技術の進歩、あるいは情報の無料化により、人間ひとりのできることが広がりました。ツールがアウトプットを拡大したのです。文字。音。絵。プログラム。アウトプットをカタチにできるものはすべて。
デジタルの恩恵で陥りがちなワナがひとつあります。できることが増えました。何もかも自分で作りたくなる危険性。1から100まで、すべてをひとりで作る必要はどこにもないのです。いくら時間があってもたりませんから。20、30は自分の手で作る。残りは他人にまかせてもよい。そういう割り切りのよさも必要です。
目的はカードゲームを高いクオリティで完成させること。過程を楽しむことではありません。いや、そうゆう他人をも巻き込む過程こそゆかいな道なのでしょう。
■ハブ電脳
カードゲームという「何か」を作り出せる能力を持っていました。つぎは、マネジメント能力が問われます。
コアをキチンと押さえる。不得意な分野は他人に任せる。得意な分野でも他人に任せる。彼は、軸として中心にいればいいのです。
彼自身。そして、彼が選んだデザイナーたち。すべて、ひとつの元素です。元素を集めて化学変化を起こす。化合物は完成されたカードゲーム。なんのことはない。自分が考えたルールを応用しただけではありませんか。
■リビルド
ひとつひとつの要素はまったくなかったわけではありません。自分のアイデアをもとに情報を整理、再構築したのです。
「(元素記号×化学変化×化合物)×カードゲーム」
組み合わせこそがオリジナリティです。より価値の高い情報が完成しました。ここでも、情報の再帰現象が起こっているのです。
日本では、「元素×萌え」という再構築を行った人がいました。最近、やたらと増えていますが。
デジタルによって組み合わせの相性が格段によくなりました。しかしフォーマットに枠がないのはデジタルだけの特権ではありません。いまや、音楽や映画だって何かと何かの組み合わせです。フラット化した世界の解は組み合わせにあるのかもしれません。
■情報は無料、ふたたび
少し前の話にもどりましょう。
元素記号という情報は無料です。化学変化という情報も無料です。デザイナーの書いた情報は有料です。カードゲームは有料です。そう、再構築した情報はプライスレスではないのです。
■あれば使う、なければ作る
カードゲームの開発にベンチャー支援の公的資金を導入することができました。デザイナーに支払う報酬を調達できたのです。これは、インドのお国柄でしょうか。幸運に恵まれただけなのでしょうか。違います。彼は、きちんと自分のアイデアをプレゼンする力を持っていました。
もし、日本でなら成立しないのでしょうか。違います。彼ならきっと、別の道でお金を用意することでしょう。それは、ベンチャー支援というカタチではないかもしれません。アルバイトという方法もあります。あるいは無料で協力してもらえる人物をみつけたかもしれません。
彼は与えられた環境の中で実行可能な答えをみつけました。デジタルネイティブという属性はいっさい関係ありません。彼自身が賢い人物だったからです。彼だからこそ、公的資金を導入できたのです。
「お金さえあれば」ではなく「どうやったらお金を作ることができるのか」と問い続けた結果なのでしょう。金持ち父さんの教えを守ったのです。
その資質はデジタルネイティブというよりもアントレプレナーです。デジタルネイティブが起業したのではなく、起業家がたまたまデジタルネイティブだったのでしょう。
■唯才のみ
年齢・肩書き・所属を重視しないということは、年齢・肩書き・所属が理由にならないということです。お金がないとか人材が集まらないとか。もう言い訳はできません。「何もできない」は「何もしていない」と同じ意味になってしまったのです。「何もできない」とは、無能さを暴露しているのに等しいことなのでしょう。「できない」なんてことはない。カタチになるまで努力しないとそれは努力とは呼ばれなくなりました。
「賢人を推挙せよ、才能のみが推挙の基準である」
たとえ敵の武将であれど、才ある人物を曹操は登用します。
才能はスキルと言い換えてもよいでしょう。スキルは努力が実ったものです。結果をだせるまで努力した人。がんばった人を大切にするということです。属性は関係ありません。能力を正当に評価するのです。
下手な絵なら公開しなければいい。未熟な腕なら披露しなくていい。有能な人間だけが重視される。がんばっています、では足りません。成果主義のリスクを踏まえつつも、努力が評価されないよりは、されたほうがいい。
■フラット化する世界、シャープ化する人
そして、社会的属性はフラットになりました。もう、自分ではどうしようもない部分で左右されることはありません。現実世界の属性をそのまま取り込もうすると失敗します。
才能こそ自分の意思でシャープ化可能な属性です。ネットの属性をみずからの手で作り上げていきましょう。ブログの文体。プロフィールの画像。公開する作品。すべては自分の選択です。
■デジタルな属性
「何ができるのか」の中でもっとも重要なのが「コミュニケーション」です。しかし、こうしてみると、「コミュニケーション」のひとことでは片付けられないでしょう。会話上手なだけではありません。広い意味での「コミュニケーション」。道具の使い方、プレゼンやマネジメントまで包括されているのです。
より正確にはプラスアルファが必要です。
「何かができる」+「コミュニケション」
いえ、演算子は足し算ではありません。ほんとうは掛け算です。
「何かができる」×「コミュニケション」
片方がゼロであれば、何をかけても答えはゼロです。「何もできない」+「コミュニケション」ではありません。
「自分のできることを、どうみせるか」
何も生み出さない生き方から一歩だけ踏み出せば、目の前にソクラテスの仲間たちが待っています。いえ、踏み出したものこそがソクラテスです。
■次回予告
森の賢人が知るという、深き森の道とは、けもの道です。
高速道路の出口付近の渋滞につかまり、誰もがけもの道を目指すようになりました。けもの道は踏み荒らされ、ここでもまた、渋滞がはじまっているのです。
遠くからレベルアップを告げるアラート音が聞こえてきました。
【本日のスキル】
- コラムニストスキル:レベル13
- デジタルネイティブスキル:レベル5
- 哲学スキル:レベル2
- フラット化スキル:レベル2
- シャープ化スキル:レベル1
- ITスキル:レベル100
- コミュニケーションスキル:レベル5
- マネジメントスキル:レベル1
- 何かを成し遂げるスキル:レベル9
- プレゼンスキル:レベル6
- 再帰スキル:レベル2
- 自己紹介スキル:レベル0
【「デジタルネイティブとパーソナルナラティブ」バックナンバー】
・デジタルネイティブとパーソナルナラティブ(4) デジタルなソクラテス 前編
・デジタルネイティブとパーソナルナラティブ(3) 情報の錬金術師
・デジタルネイティブとパーソナルナラティブ(2) Dear friend
・デジタルネイティブとパーソナルナラティブ(1) Born to be Digital