ばーちゃんの百科事典
先日、ウチのばーちゃんが米寿を迎えた。お祝いに、ささやかながらお誕生日会を開く。サプライズなので本人には当日までナイショにしていた。
ばーちゃんの孫である、我が兄弟たち。みんな、それぞれがいい大人になった。協力して地デジ対応の液晶テレビをプレゼントをすることに決めた。最近の薄型テレビは梱包まで薄い。ラッピングをといて、ダンボールを開けて、テレビ本体にご対面するまで、それがテレビであるとなかなか気付いてくれない。「座布団か?」などとトボけたことを言う。
じっと画面を見つめているばーちゃんは涙ぐんでいた。やはり、地デジは映像がキレイだ。
■記憶
小学校への入学祝いに、ばーちゃんからプレゼントしてもらったものがある。小学生向けの百科事典。確か全部で15冊ぐらいだったと思う。本棚に納めていても自己主張が激しく、存在感のでかいシリーズだ。
当時は、ウチもあまり経済的な余裕がなかった。それでも、これからの時代は勉強せなあかんとムリしてくれたらしい。という話を聞いたのは大人になってからのことだ。
1冊1冊がとても分厚くて、全ページがカラー印刷で、使われている紙も上質だった。あまりにも上等すぎて、油断をすると指を切った。それでも、ページをめくるときはワクワクしていたように思う。目的もなくパラパラと眺めているだけで楽しかった。
■光景
小学生が自分で買う本といえば、マンガぐらいしか思いつかない。そもそも、子どものわたしには、勉強するために本を買うなんていう発想はどこにもなかった。教科書以外に勉強するための本があることすら想像できないでいた。授業で分からないことがあっても放置。先生に聞くなんてことは滅多にしない。
そんな態度でいたら、成績は下がるのは当然のこと。だんだんと勉強が分からなくて学校がつまらなくなっていく。楽しみは休み時間と給食の時間だけ。どこにでもいる典型的な小学生である。そうやって子どもの時間は過ぎていく。
偶然か、思うところがあったのかは覚えていない。分からないことにぶつかると、事典をめくるようになっていた。ページをたどっていくと必ず答えがそこにある。先生に聞くよりも分かりやすくて、わたしの疑問にトコトンまで付き合ってくれる。
ずっと続けていくと、分からないことなんてなくなる。成績もそれなりによくなった。授業がおもしろい。
■限界
心強い味方である百科事典。しかし、小学生向けの事典に英語なんてものはなかった。いつまでも、通用するわけでもなく、進学するにつれて苦しくなる。だんだんと、授業の内容も高度になり百科事典の範囲を超えていく。事典なんてものはそうそうカンタンにアップデートできないものだ。
中学生ぐらいまでは、勉強を続けていた貯金でなんとかやりくりができていた。さすがに高校になるともうキビシイ。まあ、結果はだいたいご想像のとおり。
そんなこんなで、大人になった。本は好きなほうだったが、勉強というものに無縁でいた。どうやって勉強したらいいかも分からないし、どうして勉強するのかも分からない。そもそも、勉強をするつもりがなかった。
バンドを続けていたので音楽のことだけはいろいろと勉強をしていた。理論も体系もなく、目に付いた音楽書を買っては読み漁っているだけの趣味の独学。目的もぼんやりとしているので、何のためにしているのかよく分からなかった。
■突破
しばらくして、パソコンを手に入れた。ネットにもつないだ。
初めて検索エンジンに入力した言葉は何だったのだろうか? 検索結果の一覧をみたときに昔の記憶が蘇える。「……ばーちゃんの事典だ」。
知識のアーカイブは世界を広げてくれる。自分の知らないことを知るためには、外に答えを求めるしかない。あのときの百科事典よりも広大な世界がインターネット上にあった。
ばーちゃんの事典から学んだこと。「分からないことは自分で調べる」。その習慣がわたしの人生を変えたのだと思う。エンジニアになれたのは自学自習の積み重ねの結果である。小学生のころと同じことをやっているだけである。
■無限
最近、日本語で書かれている文献にわたしが知りたいと思うことが少なくなってきた。技術的な文献は読み手にスキルを要求する。高度な文献は、前提となる基礎技術を理解していないと、まともに読むことすらできないように作られている。
しかし、世界を広げるための知識も同じ場所にある。情報がどこにもない、なんてことは言い訳にすらならない。ばーちゃんの事典が教えてくれたように、自分で欲しい情報を求めにいくのだ。いざゆかん、知識を求めて情報の海へ。
■追記
新しいテレビ、すごく気に入ってもらえた。興奮のあまり夜更かしして、ずっと見ていたみたいだ。次の朝、ありがとうと言ってくれたばーちゃんは寝不足の顔。深夜2時まで起きてたとか。誕生日おめでとう。
どこか遠くから長寿を祝うアラート音が鳴り響く……。
本日のスキル
- ばーちゃんのスキル:レベル88
コメント
組長
こんばんは。
おばあさま、お誕生日おめでとうございます。
現在、唯一存命中の祖母は、確かはがねさんのおばあさまと同世代ですが、明日をも知れぬ身、に近い状態で病院生活です。その祖母も非常に知的で、何か言うと「辞苑(=広辞苑とか辞書のことだと思います)、持っておいで」というのが口癖の人でした。よって、自然と私の母も同じような感じで。辞書+祖母or母の解説が分かりやすくて質問するのが面白かったです。なので、私もいつのまにか辞典&事典が好きな子になりました。調べるのって楽しいですよね。
なんだか、祖母を思い出して涙ぐんでしまいました……。はがねさんのおばあさまが、いつまでもお元気で夜更かしをエンジョイ出来ますように……。(じーじ&ばーばネタに非常ーーーに、弱い組長であります。笑)
はがねのつるぎ
>組長さん
コメント&お祝いの言葉ありがとうございます。
「調べるのが楽しい」って思えなければ、いままでやってこれなかったのは間違いないです。ばーちゃんから、もらったものはたくさんあるけど、全然お返しができてません 笑。
お互いに、祖母が自慢できる孫でありたいですね。
K.I
はじめまして。
お誕生日おめでとうございます。
なんだか、はがねのつるぎさんの優しさと
センスの良さが伝わってくる記事でしたので、
思わずコメントしてしまいました。
僕もインターネットで知識にふれる喜びを知りました。
はがねのつるぎ
>K.I.さん
コメントありがとうございます。
誉められて伸びる子なのでうれしいです。
世の中には頭のいい人がいっぱいいて、
知恵と知識に触れるたびに自分の未熟さと人の可能性を感じずにはいられないです。