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クラウド的人間関係論 ―Twitterがつなぐ友情の行方―

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■オンラインから始まる出会い

 わたしたちが日常生活を営んでいて、それまで付き合いのなかった人と出会う瞬間というのは、大抵が顔を合わせたときだろう。しかし通信技術の発達に伴い、ファーストコンタクトが物理的接触ではない出会いというものもある。

 そうした遠隔間での出会いから始まる人間関係は、比較的歴史が古い。人類最古の事例がいつなのかは分からないけれども、文通などは相当昔からあるように思う。以前のコラムで紹介した郵便碁なども、遠隔間コミュニケーションといえるだろう。

 ほかにも、アマチュア無線、パソコン通信、インターネット……テクノロジーの進化によって媒体を変えてはいるが、「姿の見えない」人間関係はわりと昔から存在している。

 顔の見えない人間関係においてコミュケーションが深まると、「1度会ってみたい」と思うのが人情である。

 日本武道館の前でペンフレンドと出会う、というヒット曲(参照:爆風スランプ『大きな玉ねぎの下で』)があったように、「顔の見えない相手と会ってみたい」という思いは、文通の時代から存在している。

 アマチュア無線では「アイボールミーティング」、パソコン通信以降のネット世界では「オフラインミーティング(オフ会)」などと呼ばれる。

 先日、わたしはエンジニアライフのライトニングトーク大会に参加し、人生初のオフ会を経験した。

 今回はオフ会の経験をもとに、オンラインでの出会いとそうでない人間関係とに違いがあるのか否かを考察していきたいと思う。

■初顔合わせは不思議な感覚

 わたしは、エンジニアライフのコラムニストの方達何人かと、日常的にTwitterを通じてやりとりをしている。オンラインで技術的な問題や業界動向、とりとめもない茶飲み話など、ひんぱんに意見交換をしていると、中には「この人とはオフラインでも美味しいお酒が飲めるだろうな」と思うことがある。

 ライトニングトーク大会にてわたしが初めてお目にかかった方も、そんなTwitter仲間の1人だった。

 オンラインでのやりとりは、通常相手の顔は分からない。しかし、中にはTwitterのアイコンで素顔を公開されている人もいる。オフ会でわたしが生まれて初めてお目にかかった相手も、素顔を公開しているコラムニストの1人だった。

 ご存じのとおり、わたしも実名と素顔を公開してコラム活動を行っているので、初対面とはいえ、この出会いはある意味「顔見知り」であるわけだ。しかし、顔を合わせてから、実際に声をかけるまでは結構な勇気を振り絞る必要があった。

 いくらオンラインでやりとりがあるからとはいえ、人間同士の物理的な接触には抵抗感が生じるようだ。ただ、これはわたしの人見知りな性格が影響している可能性もあるので、一般論ではないかもしれない。

 待ち合わせ場所において、出会いから声をかけるまでにいくばくかの時間を過ごした後、ようやく相手と会話が始まった。いざ会話を始めてみるとなにやら不思議な感覚がある。初対面にもかかわらず、心の中では少し懐かしいような、うれしいような、言葉で表現するのが難しい「不思議な感覚」がよぎっている。

 これはいったいどういうことだろうか?

■コミュケーションのメカニズム

 ここで、人間関係においていかにコミュケーションが深まっていくのかを少し考察してみよう。

 コミュケーションスキルにおけるテクニックの1つに「傾聴(けいちょう)」というものがある。

 これは「相手の話を聞く」ための技術であり、コミュケーションを深めるために最も重要なテクニックである。「相手の話を聞く」ということがなぜ重要なのかはいうまでもない。円滑な会話を成立させるためには、相手のことをより深く知る必要があるからだ。

 会話相手の性格や嗜好(しこう)、何に喜び、何に怒るのか。こういったことを意識せずに一方的に話をし続けると、いわゆる「空気が読めない」という結果になる。

 会話相手のパーソナルな情報こそが、コミュケーションを深める絶対の前提条件である。

 つまり、お互いが共有するパーソナルな情報量が多くなり、相互理解が成立することが、いわゆる「仲が良くなる」ということである。

 コミュケーションの浅い相手とは、共有情報が少ないために、なにを話せばいいのか分からない、という状況になる。

■「不思議な感覚」の正体

 わたしが初対面のコラムニストさんに対して「不思議な感覚」を抱いた理由はここにあると考える。

 それは、初対面にもかかわらず、お互いに対するパーソナルな情報をある程度共有している、ということだ。

 通常の出会いでは、相手に対する完全な無知からコミュケーションが始まる。ところがオンラインでのやりとりを経由した出会いは、従来の出会いと異なった条件からコミュニケーションがスタートする。これが「不思議な感覚」の正体だ。「違和感」と表現してもよいかもしれない。

 オンラインとオフラインそれぞれからスタートする人間関係の差異は、すなわち開始時点における前提条件の差異といえるだろう。

■Twitterから始まる友情は成立するか?

 それでは、Twitterなどのオンラインから始まる友情は成立するか、という問題を考えてみよう。

 わたしは「成立する」と断言する。

 友情が成立するプロセスは、以下の流れが想定できる。

  1. 出会い。お互いのパーソナルな情報がゼロの状態から始まる。
  2. 会話をしたり、行動を共にしながら、お互いの情報を蓄積し、その理解を深める。
  3. 3-1. 蓄積された情報が「理解」なら友情成立
    3-2. 蓄積された情報が「不理解」なら友情不成立
  4. 4.上記3.の結果によって、お互いの距離感を調節しながら、人間関係が継続する。

 大ざっぱではあるが、大体このような流れとなるだろう。

 オフラインとオンラインの差異は、上記プロセスの1.の部分、この1点のみである。

 むしろ、オンラインにおいては、1.と2.のプロセスを出会う前にある程度たどっているといえるだろう。物理的な接触との違いは、相手の表情や声が分からないという情報量の違いでしかない。

 要するに、オンラインであろうと、オフラインであろうと、人間関係の形成に本質的な違いはない、と考えてよいだろう。

 ウマが合う相手とは友人になれる、そうでない場合は適度な距離感を保つか、断絶する。それだけのことだ。

 ただ、人間関係が成立するためには、まず「実在する人間」を「特定」する必要があるので、Twitterの相手がbotや、複数人で1つのアカウントを共有しているなどのパターンには注意が必要である。

 考察の結果に基づいてわたしも今後、今回お会いしたコラムニストの方々と友情を深めていきたい。

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