なぜエンジニアは勉強会で会社名を出せないのか
■勉強会で自社名を隠す人々
今年の2月に転職して以降、勉強会やカンファレンスでの発表資料に僕は会社名を書くようになった。
2010年9月にコミュニティで初めてのライトニングトークをして以降、今年の2月に転職するまで、僕は合計9回、ライトニングトークや、セッションで登壇している。そしてそのいずれも、会社名はあえて伏せていた。
そういった場面で名刺交換をする機会はあっても、僕は個人で作成した名刺を使い、会社の名刺を出すこともしていない。その当時、僕がなんという会社に勤務しているのか、おそらくほとんどの人は知らなかったはずだ。
転職以降も、こういった活動は続けているが、今は自己紹介で、どこの会社で、どういった仕事をしているか名乗るようになった。名刺交換でも、会社の名刺を出している。
勉強会やカンファレンスに行くと、様々な人と出会う。登壇者と仲良くなることもある。そういった人たちと話をしていると、「この人が勤めている会社を知らない」「この人が、職場でどういう技術領域に携わっている人か知らない」というパターンに、結構な割合で遭遇する事に気づいた。
彼らは、なぜ勉強会で自社の名前を出さないのか。僕はなぜ、前職時代に発表スライドに社名を書けなかったのか。
いろいろな事情がある複雑な問題だが、今回はこの問題の一部の側面を切り取って、考えてみたいと思う。
■社名を出せないいくつかの理由
僕がこのエンジニアライフでコラムを書くようになったのは二年前。審査を通過し、さあ、初めてのコラムを投稿しようというとき、僕は勤務先を公開しようと考えていた。別に、コラムを書いて、それを人事考課のプラスにしてもらおうとか、そういう考えがあったわけではない。自分が情報発信するにあたって、自分のバックボーンを明確にしたいと考えたためだ。あわよくば、僕のコラムが多くの人に読まれることで、会社のバリューが少しでも大きくなれば嬉しいな、くらいの事は考えていた。
審査に通過した旨や、アイティメディアさんから渡された執筆のガイドラインなどを上司に見せ、今度こういう活動をするのだが、社名を出しても良いか、と相談した。
答えは、NOだった。
この上司の判断を、僕は非難するつもりはない。個人活動と、会社業務はあくまで別であるし、会社の看板とか関係の無いところで、お前の自由にやった方がいいよ、というのが当時の上司の意見だった。僕もその意見には納得できたし、社外活動は会社と切り離して活動しようと思った。
会社名を出してはいけない、というよりも、会社に縛られて好きな事ができなくなることもあるから、それだったら自由にやれた方が良いだろう。それが当時の僕が自社名を出さなかった理由だ。特に社外活動に制限があるわけでもなく、僕は機嫌よく活動を楽しんでいた。
コラムだとか、ブログだとか、そういう大勢の人目に触れるところでは社名を出さなかったものの、活動自体を会社から反対されているわけではなかったので、この頃はまだ懇親会などでは普通に自社の名刺を配っていた。
人によると、世の中には社外活動を全面的に禁じている会社もあるらしい。
業務上知り得た知識を社外に公開するのは、職務規定違反だというのだ。
顧客情報や、売上の数字など、そういう社外秘な情報を公開して処罰されるのは理解できる。しかし、オープンソースなWebフレームワークについてのノウハウであったり、商用データベースのチューニング方法であったりといった情報が、「業務上知り得た知識」であるからといって公開不可能なものであるとは到底思えない。
しかし、そのような理由から、勉強会や社外活動で社名どころか、決して本名すら名乗らない人を僕は何人か知っている。
とても悲しいことだと思う。後述するが、このような制限はエンジニアに死ねと言っているのと同義だ。
■そして僕は、勉強会で名刺を配らなくなった
いくつかの勉強会でライトニングトークをしたり、30分ほどのセッションを担当させてもらったり、社外活動を楽しんでいたある日、社内で問題が起きた。
時折、Twitterやブログなどで「ウォーターフォールの問題点」であるとか、「ダメなマネジメント」などについて発言していたことを、組織批判であると見なされたのだ。
僕はあくまでも一般論の範疇として、語っていたに過ぎない。たとえば、「int one = 1; みたいなコードってクソだよね」と発言したからといって、誰か特定個人を攻撃する意図など無い。しかし、こういったコードは、誰でも見たことがあるものだし、どの職場にもあったりする。そういう事例を捉えて、「自分たちを批判している」と受け止められても、それは僕としては納得はできない。
僕は自分の社外活動の結果を、社内での評価材料にしてほしいと思ったことは一度も無い。そもそも、スタートの段階で、上司から「好きに活動したいなら、会社とは切り離してやった方が良い」とのアドバイスを受けていたのだ。しかしマイナスの評価に対して、こういった社外活動を引き合いに出されたことは、ショックだった。
その日から、僕は勉強会で自社の名刺を配らなくなった。
社外活動で目立つようになると、いろいろなところで意図せず影響力が出てしまう。この問題が、「ウォーターフォール批判」ならまだしも、「飲酒運転なう」だったら僕は社会的に抹殺されただろうし、会社にも甚大な被害をもたらしていただろう。その意味で、僕がこういう形で社内で問題視されてしまった事に対して、ある程度理解はできる。
しかし、本当にこれでいいのだろうか?
■自己啓発と勉強会
僕たちエンジニアは、仕事とプライベートを完全に分離するようなドライな生活をするのは難しい。就業時間のみで得た知識でシステムを構築し、業務時間外は一切仕事に関連する事はしない、という生活は、ほとんど不可能だろう。
常に最新の技術トレンドを把握するためには、業務外の学習は必須だし、サーバがダウンすれば夜中に携帯電話が鳴ったりもする。
人事考課のシーズンになると、査定の項目に「自己啓発」というものを目にする。僕は今まで、IT系の会社を4社経験しているが、そのいずれの会社でも「自己啓発」は査定の評価項目だった。そして、ここで定義されている「自己啓発」とは、多くの場合において、業務外であなたはどういう鍛錬をしていますか、という事を問うものだった。つまり、会社は業務外の学習や鍛錬を僕たちに求めているということだ。
僕も、エンジニアは仕事とプライベートをウェットに捉え、それを楽しむ生き方をすべきだと考えている。
自宅で技術書を読んだり、勉強会で他社のノウハウを学んだりして、それを自分たちの現場へフィードバックする。そうしてより効率的な開発を実践したり、チームの技術力を高めていく。これを楽しめることが、エンジニアとしての人生の醍醐味だ。
逆に、そういった活動を禁止されてしまう事は、エンジニアに対しての死刑宣告といっていい。
僕はある人から、「君にとって、仕事と勉強会と、どっちが本業なんだ?」と聞かれたことがある。どこかで聞いたような質問。「仕事とワタシどっちが大事なの!」と言われたら、お前は恋人になんと答えるつもりだ、とクラクラするような質問だ。僕にとっては、どっちも本業だ。仕事で得たノウハウを勉強会でシェアし、フィードバックを貰う。あるいは、他社の事例や技術を学び、それを自社へフィードバックする。これがエンジニアとしての僕の仕事のスタイルだ。
■スライドに自社名を書く人はみんな楽しそうだ
勉強会で自社名を出せない人が多くいる反面、まったく逆の人々がいる。
彼らは、発表の冒頭で堂々と所属を名乗る。そういった場面で目にする社名は、業界では高い技術力を持っていることで名の知れた会社が多い。彼らが、社名とともに技術についてレベルの高い情報発信を繰り返していることが理由の一つなのだろう。こういった場で、あまり国内のITゼネコンの名前は目にしない。その理由も、なんとなくは分かる気がするが。
僕は転職する際、今の会社に入るにあたって、職務経歴書に社外活動を記載していたし、面接でもそういった話をしていた。同僚も、社外活動に積極的な人も多く、彼らは特に所属を伏せるということはしていない。僕も彼らにならって、発表スライドに社名を書くようになった。
どちらがいいとか、悪いとかいうことでは無いかもしれない。社名を公開することで、伏せていた頃にはなかった責任やリスクが伴うこともあるだろう。ただ、一つだけ言えることは、社外活動を快く思わない会社にいるエンジニアは、みんなどことなく窮屈そうだ。そして、社名を公開して活動しているエンジニアは、みんな楽しそうだ。
コンプライアンスであるとか、企業ブランドとか、そういう様々な要因もともなって、個人活動と業務の関係性は非常に複雑である。いろいろな考え方もあると思う。しかし僕個人としては、エンジニアという仕事は、業務とプライベートはウェットであるし、会社と、個人と双方が幸せになれる関係性の中で、相互に活動していける社会であってほしい思う。
コメント
KOGGOLD
よくコンプライアンスがあるからあれもこれもだめという会社があるが
では、コンプライアンスはなんぞや問うところを理解せずまま、施行
されている。
自分も外部の勉強会に行って自社の名刺を出してます。
自社で知りえた技術は、独自のものでない限りは、基本オープンだと
思っているからです。
そういうことができる会社なのかというところを知ってもらうには
いい宣伝だと思います。
まさ
この手の問題は転職や有給取得ににてますね
結局、別に問題となる行為をしてなくても言って断れれば
できなくなります。気分的に
そして、これで面白いのはたいていの人が
客観的にはよい評価なのに主観的には悪い評価になります
雑誌に記事などを載せたり本を出発しても外部から会社の評価は上がります
しかし、大抵は勉強会や展示会の参加レベルが主であり
その主催側になることは控えてほしいというのが、
上司や会社側の本音ではないでしょうか
会社を差し置いて個人が役職に依存しない権限を得ていいほど懐がふかくなるというのはそれはそれで大変なことではないでしょうか
自分だって優秀な部下が自分の想像を超えた行動をしようとしたら、まず個人的な活動の範囲に押さえてくれと言ってしまうかもしれません
そもそもろん
普段行っている仕事を上司が把握しているわけではないので、どこまでが業務の範囲でどこからが個人的な活動なのかが区別出来ないと思います。おそらくどこの会社さんでもそうだから、この記事のようなことになるんじゃないかと思うのですが。
ばしくし
ああ、なるほど。
「勉強会で社名を披露できなくて残念」
というのは
「就活のGDで大学名を披露できなくて残念」
というのに似てますな。まるっきり同じです。
高学歴の人が学校名をひけらかしたいのと同じ感覚でしょうな。
勉強会というのは、技術の勉強会ですからね。
会社名を披露して「営業活動」をする場所ではないでしょ?
会社名など名乗らなくても、EC2とGAEを連携する技術的な方法をプレゼン・デモすることはできます。
会社名など名乗らなくても、JavaやObjCを使わずにJavaScriptだけでスマホアプリを開発する方法をプレゼン・デモすることはできます。
勉強会で共有したい事柄は「技術」なのであって「所属会社名」ではないはず。
あと、本名をインターネットへ公開することのリスク。そのことで人生棒に振ることだったてあり得ます。
誰にだってある黒歴史。これを封印できないんです。最悪ですね。
仕事上であるとはいえ、本名をネットに公開せざるを得ない立場の人が不憫でかわいそうです。
恐ろしい。
「能ある鷹は爪を隠す」んです。
まだまだ青いんですかね。
「慎み」という観念も覚えておいた方がいいと思います。
ばしくし
でもまあ社名なんか出したら、ライバル企業のスパイから見ると格好の餌食ですわな。
たとえば、Aさんが勉強会で社名を出して、技術的な事例を紹介したとします。
ある参加者Bさんが、そのしくみに脆弱性があることに気づいたと。
しかし、ライバル企業のエース級エンジニアであるBさんは、シリコンバレーの某大学を出た優秀なインド人です。
勉強会では、この脆弱性を指摘することなく持ち帰る。
そして、翌日出社後、あの会社のこのシステムにはこういう脆弱性があるから
ここをああやって突けば、データ不整合が起きてシステム障害になる。
彼らが障害で右往左往してる隙に、このサービスをリリースして一気にユーザを取り込もう!
なんてことも、こっそりできるわけですね。社名を公開すると。
なんと危ないことかとw