髪盛ってるから森姫

『アットマーク・マキアート物語』 第3話:渋谷マイク

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2009年9月19日~23日 毎日昼14時 O.A! 株式会社マキアートの新人が、コーヒー片手に旅したIT業界のお話。

★ ☆ ★

■第3話 渋谷マイク

 「カメラ1。カメラ2。カメラ3。センターカメラ。映像いかがでしょうか?」

 「OKでーす♪」

 文字にするなら語尾にいちいち「♪」マークがついてくるような実にかわいらしい口調の渋谷マイクの声がスピーカーから聞こえました。

 「じゃあ、戻ります」

 その日は眠気さましにモカを飲みました。午後8時。定時なんてとっくにすぎております。しかし帰れません。なぜならば、今回の納品先は昼に始まって深夜に終わるのです。

 「あぁ、眠いなぁ……」

 ふと外を見ると、パンクルックの男女がビルの入口にあつまってました。集まっているビルの看板を見ると「Lamama」と書いてありました。渋谷ラママ、数々のお笑い芸人やバンドがそこで公演をしています。今日はパンクバンドの公演があると渋谷マイクが言っていました。

 納品先はなぜか放送局でした。なんでも、放送局でもこのソフトは使われているようで……。

 納品作業は2、3日で終わりました。まぁ、もう慣れましたから……。それにプログラムについてつっこんでくる眼鏡もいないので。暇そうにしているわたしは、ちょいちょいその放送局の収録を見ておりました。

 「ふーん。君ってメディア志望だったんだ♪」

 渋谷マイクがあまりに話しやすい人だったのでぶっちゃけて話してしまいました……。実のこと言うとわたし、放送とか音楽とかそういう方面も目指していたんですよね。

 「じゃ、ちょっとは専門知識あるんでしょ♪ 手伝ってよ♪」

 「いや、ないです!! もう忘れました!! 『~になるには本」を読んだり楽器の練習したりしただけっす!!」

 「情報発信という意味ではにたようなもんでしょ♪ はい、これもって♪」

 手に渡されたのはマイク。

 「ちょっと現場まわってきて♪ こっちのモニターでみてるから、マイクチェックねー♪」

 マイクを渡してきたこの女性のことを今後、渋谷マイクと呼ぶことにする。

 「じゃ、説明したとおりに♪ メイン役者の動きに合わせてカメラかえるだけだから♪ ノイズが入ったら記録しておいてね♪」

 マイクの次に渡されたのはカメラ切り替えスイッチと紙とペン。一抹の不安と放送局にいるうれしさを抱えて

 「じゃ、本番いきまーす!!」

 収録が開始。メイン役者がとにかく動く。1カメにあわせていたのに、いつのまにか2カメの位置にいる!!

 「ほら、早く変えて!」

 「はい!!」

 「今、3カメだから!!」

 「はい!!」 

 キーン。

 「15分21秒、ノイズはいりました!!」

 収録は休憩なしの90分。神経は使うけど、やりがいを感じました。収録物はすぐにDVDになるからです。最初はこの技術を「すげぇ!!」と思いました。それにくらべて、なんだろ、自分が持ってきた納品ソフトって……。あーあ、この会社に転職したいなぁ……。それにわたし、メディア業界好きだし。

 そんな転職幻想をわたしは帰り道に渋谷マイクに話しました。

 「とりあえず就職しちゃったって感じよね♪ わたしもそうだけど……」

 「え? そうなんですか?」

 妥協して入れるのか、放送局って……。

 「渋谷で働きたくて、渋谷にいられるならなんでもよかった。ウェイトレスでもなんでも。たまたま通りかかったここで人材募集していたから入っただけ」

 「もっと熱い人ばかりなのかと思ってました」

 「両極端な世界だと思うよ♪ でも、ITもそうなんじゃない? って、どこの業界もそうだと思うけど。ま、でも、せっかく就職したんだから辞めずに熱くなってもいいんじゃないの? どんな仕事にも泥臭いところはあるんだから、そんなことでいちいちしょげてたら、本当に「とりあえず」としか生きていけないよ♪ 就職してすぐってそういうことで悩むのよねー。とりあえず就職したけどやっぱり憧れの職業に就きたいとかね♪」

 図星。

 「でも、いいもの作ろうっては思うけどね。せっかく就職したんだからその道を極めたいじゃない♪ ITとご縁があったんだから、それを活かしてみたら? わたしは渋谷を通じてメディアにご縁があったからそう思うよ♪」

 ITにご縁があったから……。

★ ☆ ★

 「ITに戻りたいです」

 「放送局楽しくないの?」

 「楽しいです。でも、せっかくITで就職したんだから、ITのことをしたいです」

 「今してるでしょ、保守作業。もしかして、収録業務で保守どうでもよくなってない?」

 図星。

 「すいません……」

 「しっかりやれよ、じゃね!!」

 がちゃん!!

 「じゃね!!」と聞こえたら受話器から耳を話すことにしました。そういえば、最近してなかったな、保守作業。

 「もっとこのソフト使ってあげてください」

 「え? 使ってるじゃない?」

 「そうなんですけど、このソフトこういう機能もあって……」

 「あ、そうなんだ~♪ ごめんね、こっちのお仕事が本職なのよね」

 「暇そうにしていたわたしが悪いです」

 最後の1週間は収録業務をすることはありませんでした。忙しいときはマイクチェックをしましたが、主にソフトの監視をしていました。

 「なんかバイト扱いしちゃってごめんね♪」

 「働くことの幻想が打ち砕かれて楽しかったです」

 「熱くなれそう?」

 「まだわかりません……。でも、ITで生きて行く決意はできました」

 「よかったね♪」

 「よかったです♪」

 渋谷マイクも高円寺に住んでいたので帰りの電車は同じでした。マイクが何で渋谷にしがみつくのかはわからないですが、働く姿勢は素敵だと心から思いました。

 高円寺駅で降りて、お互い西口東口とわかれるところで渋谷マイクはわたしに聞きました。

 「君ってITでなんの仕事してるの?」

 「まだ、よくわかりません」

 今度の休みは渋谷のハチ公口方面を探索したい。

■次回予告:

 「チョットマッテテクダサイ」

 「ココマチガッテマス。シュウセイシテクダサイ」

 「す、すいません」

 飛び交う中国語!言葉の壁は音楽で越えてやる! ! 次回「御茶ノ水チャイナ」9月22日(火)昼14時放送!

Comment(5)

コメント

にゃん太郎

森姫さん、こんにちは。

 思い出しました。放送局でのバイト時代。私が師事していた人は地方放送局のエライさんで(後で知った)いろいろ勉強しました。芸能人の素顔も見てしまい、報道の現場はエグくて夢は持てませんでした(映画監督志望だったので)おまけに、仕事のキツさと(下っ端の)給与の安さはIT業界の比じゃなかったです。今はわかりません…20年以上も前の話なので。

森姫

にゃん太郎さん

こんにちは。
にゃん太郎さんは放送局でバイトしてたんですね!!
裏話であとからいろいろ書きますけど・・・仕事はめちゃくちゃきつかったのを覚えています。
特に朝型人間に夜仕事はつらいっす!!

組長

こんばんはー。

ああぁー!!この渋谷マイクさんのお話は、私も身につまされるものがあります。私も本当に「とりあえず」今の会社に就職して、「やむを得ず」エンジニアの道へ踏み出して今に至ってます。最近、ようやくこの道をもっと活かそうと思うようになりました。既に入社後9年が経過。遅すぎ!?笑

>言葉の壁は音楽で越えてやる! !
超楽しみです★

森姫

こんばんはです。

道を活かすのには全然遅くないと思いますよ。
せっかく就職したのだから、その道を活かそうって考えるだけでも
いいことなんじゃないかな?と思います。

音楽はフリーダム★
ロックはネバーダイです。

森姫

第三話解説
*このお話は全体的に実体験をもとにしたフィクションです。

一度だけですが、異業種に飛び込んだことがありまして。
まぁ、若気の至りですけど。
放送局ではないのですが、マイクはつかってました。
昼夜逆転の生活と
どこまでもアナログな生活に耐えられなくてまたITに戻っちゃったのです。
でも一度異業種をみたことで一回り大きくなれたことは確かです。
みんな「働く理由」「働きだした理由」って色々なのだなぁと。
この話は全体的にバランスをとって「箸休め」な感じで書きました。
実はこの話が一番書くのに苦労しました。
もう、相当前のお話をかなり脚色したので・・・。

余談ですが、ラママにはいったことがあります。

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