私がコラムを書き始めた一つの理由
長い間ここのような文章を書いていると、よく以前にも書いた内容をまた書いてしまったり、同じ話題なのですが違う結末となるような文章を書いてしまう事があります。書いている側としては、あまり意識せずに気楽に書き出しているので、後で振り返ると以前にも書いた話題だったとか、昔は違うことを言っていたとか色々と頭を抱えたくなることも多々起きてしまいます。
実際私の場合、ここエンジニアライフで書いている内容でも、同じような話題を定期的に繰り返してしまったりするのですが、書き出したタイミングでは結構そこに気づかず、書き上げて公開した後で悶えてしまうのが殆どです。
できるだけ過去の話題と被らないように、できるだけ新しい内容を扱うようにと考えてはいるものの、なかなかそれを実践できていないのが実態です。
これがブログであれば、基本的に新しい技術を扱っていることもあり、ほぼほぼ過去のネタと重複してしまうようなことはありません。大体は調べてわからなかったことがわかったりした場合に、ブログにまとめることが多いのもあり、昔自分でエントリを上げているにもかかわらず同じようなエントリをあげてしまうことは、ほぼほぼありません。
ですが、エンジニアライフのコラムのように、どちらかというと主義思想を扱う場では、結構な確率で悶える事態を迎えてしまいます。私のコラムでは意図的に技術ネタを避けるようにしているのも一つの要因ですが、大元の原因としては熱量が下がってしまうことがあるのだと感じています。
何事においても同様ですが、何か新しい事をし始めた時はものすごい熱量を内々に秘めていますので、短期間で数多くの文章を書き上げたりすることもできてしまいます。自分の過去を振り返ると、それは非常によくわかります。今では意識して月二回書くので精一杯なところですが、初期のころは月にその倍以上を書き上げていたこともありました。
私自身、ここで何かしらの文章を書いて公開することは、今でもなお楽しく思っているので継続できていますが、それでも自分自身の熱量低下はふとした時に感じてしまう事があります。むしろ、昔はなぜあそこまでのペースでできていたのかが不思議なほどです。ここ最近はコメントも返答できずに、大変申し訳ないと感じています......。
単純に年を取ったからだ、という見方もできるかもしれません。ですが技術ネタを扱うブログではそうではないことを考えると、やはり自分の中で何か熱を感じることが少なくなってきているのは事実でしょう。
元々ここでコラムを書いてみようと思った動機は、日頃感じる不満を原動力として、地方にいるからこそ感じる不満を吐き出してみようと思った、そういう点もあります。多くの人と知り合いになり、そこで感じることを表に出そうという点もあります。そう考えると 8 年以上続けてきた今、自分の置かれている状況が変わったり、周囲も大きく変化し、当初感じていたいきどころのない不満というのも、ほとんど姿を見なくなってしまったことはあります。
それでもまだ、自分はここで文章を書いているのは何故なんだろう、と思うことがあります。別に報酬をもらって書いているわけではありませんし、あくまでも自分自身が好きなように書いているのを、続けているだけに過ぎません。例え続けていなくても、別に何かしらの問題が起きるわけでもありません。でも、何だかんだ言いながらも、自分でここに定期的に文章を書き上げていくことを選択しています。
前回扱った承認欲求的なものに近いのですが、私は多分ここで文章を書いている事も、私という人間がいてこんな風に考えている、こんなことをやっているというのを知ってもらいたい、そういう気持ちが根強く自分自身の奥底に潜んでいるからなのかも知れません。どこか特定の誰かに対してではないこのコラムは、宛先を考えていなくても誰かに伝わればいいな、と思って書き続けているのかも、そんな気持ちがあります。
そう思うと、自分に対し半ば義務に近い形で、色々な制約を課している現状も納得がいくところが多いです。そのように意識して自分を表明し続ける事、それが本当に自分がやりたいことの一つなのだと感じます。
何かをやり続けている人というのは、私にとって尊敬の対象です。自分もそこに近づけたらいいなという希望のようなものが、昔感じた熱量にもつながっていくのかも知れません。あの時感じた熱量は、自分を表に出したかった気持ちがあったからこそ、熱を熱として感じることができたとも思えます。熱を感じることが少なくなったとしても、そこに眠る自分の願いがある限り、今と同じようにこういった文章を書き続けているのかな、と思えます。恐らくは、自分が本当に満たされるまでそれはずっと、続いていくのだとも。